第5話 洞窟の朝

翌朝、和哉はギルランスが起きた気配で目が覚めた。

洞窟の外を見ると、まだ日は昇りきってはいないようだが既に明るくなろうとしていた。


「あ、おはようございます……」


和哉は掛布の中からもぞもぞと目を擦りながらギルランスに声を掛けた。


「……ああ」


寝起きのせいで機嫌が悪いのか、彼は昨日よりも更に不機嫌そうな顔で和哉に目をくれることもなく返事をすると、ゆっくり立ち上がり白く燃え尽きて灰になりかけている焚き火の前に腰を下ろした。


(あれ……? なんかめちゃくちゃ機嫌悪そう……? もしかして昨夜(ゆうべ)僕が寝た後に何かあったのかな……?)


気になった和哉は、苦虫を嚙み潰したような表情で火を熾しているギルランスへ恐る恐る声を掛けてみた。


「あ、あのー……何か怒ってます?」


その声にギルランスはピタリと作業の手を止めると、ギロリ……と和哉を睨み返してきた。


「……あ”?」


凄みを利かせたその迫力に、和哉は思わず反射的にガバッと掛布を頭まで被り隠れてしまう。


(ひぃぃぃ! やっぱり怒ってる!!なんで!?僕なんかしちゃった!?寝相悪くて蹴っちゃったりとか!?)


一人慌てる和哉は、冷や汗をかきながらそっと掛布から顔を出して様子を窺う――。


「あの……ギルランスさん?」


「……」


しかし、呼び掛けても彼からの返答は無く、ギルランスはそのまま暫く無言で焚き火に新しい薪をくべたりしていた――が、やがて大きな溜め息を吐くとボソリと言った。


「……お前のせいで寝不足なんだよ」


「えっ!やっぱり僕、寝てる間になんかしちゃいました!??」


ギルランスの言葉に和哉は慌ててガバッと飛び起きた。


「いや、そうじゃね――!?」


言いながら和哉の方へ振り向くギルランスだったが、その途端そのまま目を見開き固まってしまった――かと思うと次の瞬間には唐突にクッと笑い出したのだ。


「ククッ……お、おま……クヒッ、その頭……」


笑いを堪えているのか、体が小刻みに震えて顔が引きつっている。


(え? なに? 頭がどうしたって?――ハッ!!まさか!?)


和哉は慌てて頭に手をやり確認してみた――そこで初めてとんでもない寝ぐせが付いてしまっていた事に気付いた。

元々は癖のない髪質の和哉なのだが、今朝に限っては髪束が四方八方に跳ね上がり、爆発しているかの如くそれはひどい有様だった。


「うわっ!これはひどいっ!!」


恥ずかしさに顔が熱くなるのを感じながらも慌てて手櫛で直そうとするが、手を離すとまたぴょん!と跳ね上がる始末だ。


(ひぇぇ! ちょっ――どうしたらいいんだよ、これ!?)


焦ってワタワタする和哉が余程可笑しかったのか、それを見たギルランスは更に込み上げる笑いを耐えるかのように顔を背け肩を揺らした。


「……っふ!……ッククッ!」


(うわぁぁ恥ずかしい……!!めっちゃ笑われてる……!)


焦る和哉をよそにギルランスはひとしきり笑った後、ようやく落ち着いたようで、再びこちらを振り向くが、その口元はまだ笑っているように見えた。

そんなギルランスの様子にさすがに今度はこちらがムッとしてしまい、和哉は熱い顔のままジト目で彼を睨むと文句を言い放つ。


「そんなに笑わなくてもいいじゃないですか!」


「あーわりわりい、ついな」


そう言いながらも未だにニヤニヤしているので完全に面白がっているのが分かる。


(もう! 何なんだよ、この人は……!)


和哉が内心で悪態を吐きつつ、口を尖らせた剝れ顔で髪を押さえていると、ギルランスは「ちょっと待ってろ」と言い、洞窟を出て行ってしまった。

しばらくして戻って来た時には手に木の器と櫛を持っていた。


「ほらよ」


ギルランスは手にしていたそれらを和哉の目の前に置くと、そのまま再び焚き火の方へと戻って行ってしまった。

その器には水が張られており、櫛はギルランスが使う物を貸してくれたようだった。


(これは……つまり……この櫛で寝ぐせを直せ、という事かな……?)


「……えっと……ありがとうございます……?」


お礼を言って受け取ると和哉は早速水と櫛を使い髪を整え始めた。

鏡などが無いので苦労したが、なんとかあちこちに跳ねていた髪を整え、ついでに顔も洗った。


「ふぅ……」


スッキリした気分で顔を上げると、和哉の目の前で湯気の立った器を持ったまま立ちじっとこちらを見下ろしていたギルランスと目があった。


「――!?」


まさかこんな傍に立っているとは思っておらず、一瞬驚く和哉だったが、すぐに我に返りペコリと頭を下げた。


「あ……すみません、ありがとうございます」


そんな和哉の鼻先にギルランスは無言のまま手にしていた器をずいっと差し出して来た。

どうやら和哉の朝食を用意してくれたようだ。

その器には温かなスープが注がれていて、美味しそうな匂いが和哉の鼻をくすぐった。


「うわぁ美味しそう! いただきます!――って、あれ? いない」


和哉が喜んで器を受け取り満面の笑みで再度顔を上げた時には、ギルランスはもうそこには居らず、既に焚き火のほうに戻って自分の分を食べ始めていた。

その様子を見て和哉はクスリと笑うと、自分も早速頂くことにした。

スープをひとくち口に運ぶと温かな温もりが体に染み渡る――野菜や茸が入ったコンソメ風のシンプルな味付けだが素朴で優しい味がした。

それは和哉の身体だけでなく心までをも癒してくれるかのような味だった。


「おいしい……」


思わず声が漏れる。その和哉の素直な呟きを聞いたギルランスは少しだけその表情を柔らかくした。


「そうか」


だが、それだけ言うとまた黙ってしまう――。


(う~ん、ちょっと怖いんだけど、やっぱり悪い人じゃないんだよなぁ)


そう思いながら和哉はチラリとギルランスの横顔を盗み見る。


(ギルランスさんにはきっと小説では書かれていない何かがあるんだろうな……なんとなくだけどそんな気がするな……)


そんな事を思いながら朝食を済ませ、出発の準備をする――と、いっても和哉には荷物も何もなく手ぶらなのだが――。

準備が終わるとギルランスに続き洞窟を後にして歩き出した。

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