俺のショートショート

鼻唄工房

爆弾処理

「くそう、隊長、どうしましょう。赤を切ればいいのか、青を切ればいいのか分かりません」

「う~ん、俺も分からないなあ」


 デパートの地下。爆弾が発見されたと通報を受け、久々に出動した。意気揚々と現場に向かった私と部下たちであったが、残るは線を切るだけという段階で、どうすればいいのか分からなくなってしまったのだ。


「隊長、あと一時間しか残されていませんよ」


 今回のターゲットはどうやら時限爆弾のようだった。取り付けられたモニターは、59:45と赤く光っている。


「なに言ってる。あと一時間もあるんだ。みんなで考えよう」

「そうですね」


 そして深い黙考に入ろうとしたそのとき、後ろの新人が私に言った。


「隊長、この近くに爆弾処理のエキスパートを育成している施設があると聞いたことがあります」

「なんだそれは。我々はエキスパートではないと言うのかね」

「私たちよりももっとエキスパートらしいのであります」

「そうか。正直このまま考えていても分かりそうにないしなあ。しょうがない。私が行ってこよう」


 現場は部下たちに任せ、私はその施設へ行ってみることにした。都合のいいことに、このデパートの隣にあるらしい。


 部下によると、そこは精神疾患を持っている人間の更正施設らしかった。その中で記憶力が優れているものを集め、爆弾処理の心得を教えているようだ。彼らは探究心もすごいらしく、凡人の私たちでは敵わないほどの知識を有しているらしい。


 隣の施設に入ると、一人の女性が現れ、要件を尋ねてきた。私は後頭部を掻きながら言った。


「私は爆弾処理班のリーダーをやっておりましてね、いやあ、お恥ずかしい限りなのですが、どっちのコードを切ればいいのかとんと分からなくなってしまったのですよ。ですから、ここの人に一つ助力を願えないかと」


 すると、女性はにこやかな笑顔を浮かべた。


「ええ。ええ。あなたのような方はよくいらっしゃいます。ここに来たからには安心してください。最高の人材を紹介しますから」


 なんと、私のような人間がよく来るらしい。全く、物騒な世の中である。


 女性の案内についていくと、待合室に通された。大人しく出されたお茶を啜って待っていると、二人の男性が現れた。どちらも私服で、長身の方は眼鏡を掛けており、もう一人のほうは髪がボサボサである。


 眼鏡の方が、ボサボサ頭の肩を持って言った。


「さあ、この方が施設随一の能力を誇る爆弾マスターです。この人に聞けば一発ですよ」

「ああ、ありがとう」


 ボサボサ頭が私の向かいに座った。


「しかし、一つ注意点があります」


 眼鏡が人差し指を立てて言った。


「この方は全てを逆に言ってしまうという疾患を持っているのです。ですから、『赤を切れ』と言えばそれは『青を切れ』ということですし、反対に『青を切れ』と言えば、それは『赤を切れ』ということなのです」

「ははあ、それはなんとも、ややこしいですな」


 了解した、と告げると、長身は一礼して部屋から出て行った。


 私は早速無線を繋ぎ、部下たちと連絡を取った。


「お前たち、いま私の近くにエキスパートがいるから、どんな爆弾かこの人に言いなさい」

『了解です』


 私はボサボサ頭に無線を渡した。部下たちの説明を数分聞き、ふんふんと何度か頷くと、彼は自信ありげに言った。


「赤だ」


 その瞬間、私は無線を取り上げ、部下に補足を入れる。


「彼は全てを逆に言ってしまう精神疾患らしい。だから青を切りなさい」

『了解しました』


 ふう。これで一件落着だ。


 とそのとき、部屋に慌てた様子の職員が飛び込んできた。白衣に身を包み、しっかりと身分を証明する名刺を首にぶら下げている。


「すみません、ここに長身の眼鏡を掛けた人は来ませんでしたか。ここの患者なんですが、逃げ出してしまって」

「ああ、来ましたよ。すぐ出て行ったけれども」

「何も言われませんでしたか? 実は彼、とんでもないでね。意味の分からない嘘ばかりつく」

「いや、なにも……あ」


 何かに気付いたような顔でボサボサ頭を見つめた私に、職員は笑って言った。


「はは、彼は大丈夫です。疾患でちょっと無口なところはあるけれど、とっても正直者ですよ」


 私は肝を冷やした。


 次の瞬間、とんでもない爆音が無線から聞こえた。

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