3話 ようこそヘウンデウンへ③



 3話 ようこそヘウンデウンへ③



「大怪我した時ゃ、何時でも来いよ。俺は手術が大好きなんだ」と、大口を開けて笑う鮫男のDr.ジョーズに別れを告げた僕達は、建物の外に出た。


 最初に目覚めた時と違い、高いビルに囲まれた都市部の病院にいたようだ。


 二人に着いていくと、Kは一台の車に近付き、ドアを開けた。



 ハンドル、サイドミラー、ルームミラー、ヘッドライト、シート。



 車の免許を持っていないので、細かい事までは分からないけれど、どうやらこの世界の車の構造は元の世界とあまり変わらないように見える。


「移動するから乗れよ」


「は、はい」


 運転席にK、助手席にノノが座ったので、僕は後部座席のドアを開けた。ドアを開けると、芳香剤なのか香水なのかは分からないけれど、人工的な花の香りが頬をかすめた。

 腰を下ろし、シートベルトを締めようと手を伸ばしたその時、身体を持っていかれるような強烈な加速と共に、車が勢い良く発進した。

 僕は盛大にガラスに頭をぶつけたが、加速時の轟音によって、二人は気がついていないようだった。


 せっかく治療したのに、また治療が必要になるのでは?


 痛む頭を手で擦りながら、シートベルトを装着したタイミングでノノが口を開いた。


「別の世界から来たのはともかく、どういう経緯で”ヘウンデウン”なんかに来たの? ”やまみあ”みたいなのがこんな街に来たら、最初に会ったのが私達じゃなくても、拉致られて売られるのは当たり前」


「へ、へうんでん?」



「此処は”ヘウンデウン”。金と暴力、全ての夢と欲望が集まる、この世界で最も治安が悪い、最低で最高の街」



 え?

 僕はそんな所に来ちゃったの?

 展開がずっと物騒なのはそのせい?



「いや、その、この街に来た理由も何も、この世界に来た理由すら分かってないんです」


「何があったわけ?」



 僕は、ノノとKにこれまでの経緯をした。

 てっきり、茶化されるかと思っていたけれど、二人は最後まで黙って聞いていた。



「というわけで、気が付いたら蜂頭の人達に銃を突き付けられていたんですけど、Kさんが助けてくれたんです」


「”さん”はいらねぇ!」と、Kが僕の言葉に被せるように怒鳴った。


「す、すみません」


「赤の他人ならともかく、仲間になったんだからよそよそしいのはやめろ。不愉快だ」



 そんなこと言われても、僕は会って数時間の相手にタメ口で話せるような陽キャではない。



 ルームミラーの向きを変えて、目元をチェックしていたノノがポツリと呟いた。


「アイツ等如きが異世界から”商品(にんげん)”を連れて来るなんて出来ないはずだけど」


「え? 魔法がある世界なのに、異世界との行き来は難しいものなのですか?」



 魔法の世界といえば、何でも出来て当たり前というイメージだったけれど、実際は違うのか?



「病院でも説明したけど、別の世界に自由に行き来出来るのなんて、”天使長(アークエンジェル)”以上の奴等と、ほぼ全ての”上位者”、そして、ほんの一握りの魔法使いだけ。

 蟲人間みたいな魔法のセンスのない人種には出来るわけが無い」


「魔法の才能は人種で違うんですか?」


 ノノは「そんな事も知らないの?」と言いたげな長めの溜め息をついた。


「全然違う。蜂頭の蟲人間だとか、Kみたいな獣人だとか、Dr.ジョーズみたいな魚人。

 そういった人間と動物が混じった人達、いわゆる”亜人”と呼ばれる人達は、生命エネルギーの総量は”純人間”より多いけど、脳の構造的に魔力の書込や放出は不得意なの。

 稀に才能のある”亜人”もいるけれど、才能のある”純人間”には及ばない」



「なるほど」と相槌を打ってみたものの、理解したわけではない。


 話の流れから察するに、魔力は沢山あっても使えるかどうかは別ということなのだろうか?



「えっと、異世界に行けるのは限られた存在ってのは分かったのですが、異世界なんたらシャトルっていうのは?」


 ノノはドリンクホルダーからミネラルウォーターと思われるペットボトルを取り、一口飲んでから答えた。


「異世界行って帰ってくるだけの金持ちの道楽ツアーのこと。途中下船は可能だけど、一度降りたら再乗船出来ない。

 だから、余程の物好きと異世界で死にたい奴等ぐらいしか途中下車しない」


「”やままや”。仮にオメェの世界行きのシャトルが無かったとしても、異世界を行き来することが出来るほんの一握りの魔法使いの一人が、今此処にいるノノ様ってわけだ。感謝しろよ」


 ノノは「馬鹿にするな」と言いながら、運転しているKの肩に躊躇なくパンチを入れた。

 その拍子に、車は大きく右に揺れ、街灯とぶつかるギリギリの所で何とか躱した。


「さっきは思い付かなかったけど、”まやあや”をこの世界に連れてきた奴をぶちのめして、元の世界に転送させるって選択肢もあるわね」



 そうか。

 誰かが僕をこの世界に引きずり込んだのなら、その誰かなら、逆の事も出来るはずだ。


 でも、何故僕が狙われたんだ?


 いや、その辺りの事は、犯人を捕まえない限り判明しないだろう。


 僕は思考を止め、意識を会話に戻した。



「それ良いじゃん。超高等魔法が使えるって事は、ソイツは強ぇんだろ?」


 Kは嬉しそうに言ったが、対するノノは冷めた返事をする。


「そうとも限らない。戦闘魔法と技術魔法はジャンルが違うから、強さとはまた別の話」


「分かんねぇだろ? スゲェ魔法が使えるんだから、強ぇ魔法も使えるはずだろ」


 Kはそう言いながら、ラジオの下の隙間に突っ込んである煙草を取りだそうとしたが、ノノに煙草の箱を奪われてしまい、宙を掴んだ手はハンドルに戻っていった。


「そういえば、いくつか質問があるんですけど」


 そう告げると、ノノはルームミラー越しに視線を合わせてきた。


「何?」


「今は何処に向かっているんですか?」


「言わなかったっけ? 今向かってるのは”メリー商会”。一言で言えば武器屋ね。

 ”ややみあ”の魔法補助具ってのは、必要最低限の魔力しか生成しないし放出しないから、戦闘力は赤子同然のまま。

 だから、自分の身を守れる程度の最低限の武器を買ってもらう」


「武器って、そんな」


「アタシ等は仲間であって、オメェの部下じゃねぇ。自分の身は自分で守れるようにしろって話」


 Kがクラクションを鳴らして前の車を煽りながら言った。


「でも、武器なんかあっても、元いた世界では武器なんか握った事無いんですよ? 戦力にならないです」


「ハァ。オメェが細けぇ事をゴチャゴチャ気にしなくて良いんだよ。その辺は”メリーさん”が上手いことやってくれる」


「め、”メリーさん”?」


「”メリーさん”はメリー商会のボス。ヘウンデウンで一番の武器商人」


「武器商人、ですか」



 武器商人なんて言葉は、漫画と映画でしか聞いたことがない。

 元いた世界ならワクワクしたのだろうけど、こんな物騒な世界だとワクワクよりも不安が勝る。



「それで、他に質問は?」



 その時、視界の端で空飛ぶ巨大なエイがビルに突っ込んでいるのが見えた。



「いや、それより、あの、ビルに空飛ぶ巨大なエイが!?」



 僕の慌てぶりに、ノノは視線を外に向けた。



「あんなの日常茶飯事。空飛ぶ生物が建物に突っ込むこともあるし、”天使達(エンジェルズ)”が街の一区画を焼き尽くすこともあるし、”解放軍”と”上位者”の戦闘で血の雨が降ることだってある。此処はそういう街なの」

 


 なるほど。

 この街は全てが滅茶苦茶だ。

 この世界に長くいたら、僕もこの非日常を軽く受け流すぐらいには感覚が麻痺してしまうのだろうか?



「それで、質問は?」


 ノノは外を見ながら、Kがいつの間にか咥えていた煙草を口から抜き取り、窓の外に捨てた。

 煙草を捨てられたKは、腹いせにクラクションを2回鳴らした。


「あ、はい。えっと、2人は何をしているのかなって」



 車内が沈黙に包まれた。



「それは、仕事の話?」


「えっと、はい。何か仕事を受けて報酬を貰うってのは聞きましたけど、具体的には何屋なんですか?」


 ノノは外を見たまましばらく黙り、僕がもう一度聞き返そうとしたタイミングで話し始めた。


「私達は、”私達の夢”を叶えるために”何でも”やる。そういう集まり」


「な、何でも?」


「そう。それが夢を叶えるために必要ならば”何でも”やる」



 再び、ノノとミラー越しに目が合った。

 透き通るように澄んだ瞳は、揺るぎ無い覚悟と信念を宿らせていた。


 それは、『夢を叶えるために何でもやる』という言葉に嘘偽りが無いことを強調するかのように。



「夢、というのは?」


 僕が訊ねると、Kは舌を3回鳴らした。


「”まやみあ”、そういうのは酒の席で話すもんだろ」



 いや、僕は未成年です。



「話すのは構わないけど、話すのに適したタイミングがあるでしょ? って話。

 その辺は、”リスピー”も交えてした方が良いと思うから」



 病院でも出てきた名前だったような。

 此処にいないだけで、ノノやKの仲間なのだろうか?



「”リスピー”さんって人も仲間なんですか? 姿を見ていないんですけど」


「あぁ、そうだ。お前と同じで戦闘力はゼロに等しいが、”電脳”と”工作”関係の専門家で頼もしい奴だ。

 アイツは基本部屋に籠もっていて、”脳内会話”と”電脳”でサポートに徹してる。拠点に戻ったら紹介してやるよ」


「そうなんですね」


「だいぶ変わってるけどね」



 いや、それを言う貴女も結構変わってますよ。


 と、ツッコミを入れたくなったが、そんな勇気は無いので喉元で何とか抑え込んだ。




 その後、さらに3回。


 生命の危機を感じるデス・ドライビングの果てに「はい、到着!」とKが叫んだ。


 急ブレーキのせいでシートベルトが身体に食い込み、前の席のヘッドレストに頭突きをしてしまった。


「イテテ」



 こんな車に毎日乗ってたら、いつか死ぬだろうし、確実に首なり何なりを怪我するに決まってる。


 帰りはKでは無くノノに運転して欲しい。


 心からそう思った。



「良い忘れてたけど、Kの運転荒いから」


 何事も無かったかのようにシートベルトを外したノノは、一足先に車から降りた。


「それは、もう少し早く聞きたかったです」




 車から降りると「メリー商会」とデカデカと書かれた看板を掲げたお店が目に入った。

 魔法補助具による自動翻訳は、どうやら書かれた文字も翻訳してくれるらしい。


「そうだ、”まあみみ”。今から会う”メリーさん”は全員に”メリーさん”と呼んでほしいと思ってる人だ。

 ”メリー様”でも”メリー商会長”でも”武器商人メリー”でもなく、”メリーさん”と呼べよ。

 そんな長い名前じゃないんだ。覚えられるよな?」



 まぁ、そのぐらいなら覚えられます。


 では、アナタはいつになったら”メリーさん”と同じ文字数の僕の名前を覚えてくれるのですか?


 僕の名前は雨宮です。

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