第2話 非モテ男は秒で惚れる

 部員募集にまさかの返信が来た日の放課後。

 俺は部屋の掃除をしながらそのときを待っていた。


 人などこの部屋に招いたことがない。

 返信をくれたのはあの一人だけであったため、このワンルームの部屋でも問題ないと思う。


 このぼろアパートは高校に入学すると同時に借りた。

 入居者が俺しかいないという、事故物件を疑いたくなる建物だ。

 調べたところ、そういった不穏な事象はないようではある。


 借りるにあたって親からの援助はあるが、それは就職後に返すことになっている。

 バイトは週三で入っており、生活費の足しにしていた。


 まだ未成年ということで遅くまでシフトに入ることができず、満足に稼げないが仕方がない。

 もっとシフト日数を増やそうにも、他のみんなも入りたがっていたためになかなか言い出せなかった。


 掃除がひと通り終わり、俺は腰を下ろす。

 そしてこれまたオンボロの小さいテレビを点ける。


 アニメ以外を観ることは少ないが、ニュースは賑やかしの意味も兼ねて見ていた。


 いつも夕方に見ているニュースが流れる。


「というわけでですね、本日は民法第七百三十二条ですか。こちらが改正されて、ですね、えー……俗に重婚と呼ばれるものが認められるようになって五年が経過しようとしておりますけれども……」


 キャスターはそう前フリをしながら専門家に話を聞いていた。


 少子高齢化どころか少子高齢社会が極まり続けた結果、日本の人口は恐ろしいまでに減っているらしい。

 大家のおばちゃんいわく、昔はこのアパートも下宿生で賑わっていたようだ。

 そこらじゅうの学校が廃校しており、俺の通っている北條第一高等学校も元は第三まであったらしいが今では第一のみになっていた。


 単なるデータ上のものではなく、肌で人がいなくなっている感覚をおぼえ、やっとのことで危機感を抱き出したのだ。


 このままいけば誇張ではなく国民が消滅することを危惧した政府は、倫理観と国家存亡の危機を天秤にかけた結果、重婚を推進するようになったのだった。


 テレビを見ながら俺はぼやく。


「そういえばあったな、こんな法律。でも……全然重婚した人なんて聞かないけど」


 金を持っているであろう著名人でも、まだ重婚したという報告はなかった。

 支援金を出してはいるようだが、そんな一時的なもので一生を決められるはずもない。


 当初は改正に反発の声が大きかったものの、そもそも誰も重婚などする余裕もなく、次第に収まっていったのだ。


「やっぱ金だよなぁ……」


 そんなことを言っていると、インターホンが鳴る。

 反射的に俺はテレビを消した。


「来たっ!」


 もちろんモニターなどないため、声を聞くか表に出るしか確かめる術はない。


 時間的にもメッセージをくれた人であろうと、俺はそのまま玄関に走る。

 髪の毛を気持ち程度整え、咳払いをして喉のコンディションも確認した。


 そしてドアを開ける。


 だがその向こうにいたのは、俺の予想していないであった。


「こ、こんにちは! よっ、よろしく……!」


 俺の家を訪ねてきたのは女子であったのだ。

 その子は俺よりだいぶ小さく、綺麗な黒のミディアムヘアが目にかかっている。

 彼女は俯きながらも、自分の中で精一杯の声で挨拶してくれたようだ。


 なんとなく男子が来るのだろうと思っていた俺は静止するが、黙っていてはいけないと思い挨拶を返す。


「……や、やぁ!」


 俺の中での精一杯の声はこれだ。

 手を挙げるも、指の先まで伸ばしきれていない。

 ロクに女の子と話したこともない、なんなら男とも話したことが少ない男の挙動丸出しだ。


 第一印象を危惧する俺だが、視線を上げるとさらに驚いてしまう。


「えっと……他の人は……これは一体……」


 挨拶してくれた彼女の他に、四人の女子がこちらを見て……見てはいなかった。

 人見知りばかりなのか、全員が目を合わせてくれていないが、それはこちらもお互い様だ。


 混乱する俺に、挨拶してくれた子が反応する。


「ご、ごめんなさい! さきに言っておけばよかったねっ……落書き部に入部したいって考えてるのは……私を含めて五人なのっ」


 てっきり一人だけだと思っていた俺は、嬉しさ以上に驚きで頭がいっぱいになる。

 だが玄関先でいつまでも立たせるわけにもいかない。


「そっか……じゃあとりあえず……その、中に入ってもらえる?」


 女子を部屋に上げたことのない男が、五人の女子を招き入れることになった。

 制服は全員同じものであるが、どこの高校かは詳しくないためわからない。


 ドアを開けて中に入ってもらうと、全員が下を向いて会釈をしてきた。

 ボソボソと何か言ってくれた子もいたが、おそらくはお邪魔しますとでも言ったのだろう。


 ドアを閉めて振り返る。

 ワンルームは見事にぎゅうぎゅう詰めになっていた。


「あぁ……ごめん。ちょっと……いやだいぶ狭いけど」

「確かに狭いかもっ、ぐひひっ……」

「ちょっと! 失礼なことを言うんじゃないわよっ」


 ボサボサヘアの子が発した言葉を、眼鏡をかけた真面目そうな子が小声で注意をした。

 それに俺は愛想笑いをする。


 息を吸えば女の子の匂いが漂い、緊張で胸が潰れてしまいそうだ。

 ただ彼女らも不慣れなようで、部屋をキョロキョロと見渡している。

 バレていないつもりなのかもしれないが、俺にはバレバレだ。


「座布団とかなくて悪いんだけど……その辺に座ってもらって。その……嫌じゃなかったらベッドのほうにも座っていいから」


 俺がそう言うと、あのボサボサヘアの子がまたはしゃぐ。


「ちょとちょっと! ベッドだってさ……ぐひひっ。いいのかな本当に」


 それを眼鏡の子がジェスチャーで窘め、座らせる。


 全員が座ったところで俺も座り、心を落ち着かせて話し始める。


「えーっと……今日は来てくれてありがとう! まさか五人も来てくれるなんて思ってなくて……あははっ」


 その俺の言葉に返してくれる人はいなかった。

 どうやら皆が皆、話し出すタイミングを探っているようである。

 うんうんと頷いてはいるので、俺は気にせずに進めることにした。


「そ、そうだ……まずは自己紹介だよな~! 俺は神瀬 遊里って言います……えーっと……まぁとりあえず名前だけも覚えて帰ってもらえれば」


 破滅的な自己紹介。

 何も考えていなかったわけではなく、緊張で頭が真っ白になってしまったのだ。

 名前しか覚えていないのは俺のほうだ。


 引きつった笑顔を浮かべていた俺を、最初に挨拶してくれた子が拍手する。

 するとそれにつられて皆がまばらに拍手しだした。

 恐ろしく恥ずかしいがありがたい。


 続けてその子が口を開く。


「わたっ、私は……江東 涼海えとう すずか。絵を描くのが好きです……よ、よろしく!」

「あっ、よろしく……!」


 俺も絵を描くのが好きだと言いたかった。

 でもその言葉は出ず、ありきたりな言葉で返してしまう。


 江東さんはSNSでアイコンをウサギにしていたが、実物はそれ以上の小動物感がある。

 大人しめの印象ではあるが、明らかに可愛い。

 最初に話しかけてくれたこともあり、もうすでに俺の中で江東さんへの好感度はストップ高だ。


 俺が会釈をして笑顔のつもりのニヤニヤ笑いをすると、自己紹介が次の子に切り替わる。


「じゃ、じゃあ次は私ですね。犬鳴 杏愛いぬなき くれあと言います。絵は正直上手ではありませんが、生け花と書道が得意です……」

「おぉ、すごい……」

「いえいえ、そんな……」


 犬鳴さんはこの中でも抜群に背が高い。

 167センチの俺より下手すれば15センチぐらいは高そうだ。

 背だけではなくありとあらゆる身体のパーツが大きい。

 手入れがされている感じのあるロングヘアで、言葉遣いからもすごく優しそうな雰囲気を感じる。

 優しくされる前、優しそうという雰囲気でもうすでに俺は好きになりかけた。


「次……わ、私? コホンっ……私の名前は芝崎 鏡子しばざき きょうこよ。男子一人に女子五人なわけだけど……くれぐれも変な気は起こさないように!」

「だ、大丈夫だって!」


 眼鏡をかけた子は芝崎さんというらしい。

 おさげで眉も太めな彼女は見た目からも真面目さが伝わってくる。

 スケベなことをしないか警戒しているようだが、大きな胸をブルンブルンと揺らして言われると厳しいものがある。

 割とズバズバと言うタイプっぽいのが俺にとってはありがたい存在かもしれない。

 女慣れしていない俺は、そういう一面にもときめいてしまった。


「ほんじゃ次ボクね。あー……ボクは川名 恵人かわな けいと。他に言うことはー……特にないや」

「えっと、川名さんね。よろしく!」


 ショートヘアの川名さん。

 唯一、髪の毛を染めており青のメッシュが入っている。

 一人称がボクということだが、そういうキャラなのだろうか。

 ピアス……のようなイヤーカフをしている。

 ダウナー系で一緒にいても疲れなさそうな感じだ。

 そういう距離の近い女友だちにも憧れてしまい、俺はドキリとしてしまう。


「わっ、私が最後かぁ~! はいはいいつも私は最後ですよ、ぐひひっ! 名前言えばいいんだっけ? んえー、夜凪 君江やなぎ きみえですっ。か、神瀬くん……よろしくね」

「よろしく、夜凪さん」


 ボサボサヘアから恥ずかしそうに目を見せたのは夜凪さん。

 変わった笑い方をする彼女だが、その笑顔は普通に可愛い。

 目の下には寝不足なのかクマができている。

 俺のベッドに座ったときから口数がやけに減ったが、実はかなり恥ずかしがり屋なのかも。

 オタクっぽさがあるからか、話も合いそうだ。当然、俺は好きになりかける。


 自己紹介が終わり、わかったことがある。


 モテない男は少し女子と話すだけで好きになるというが、あれはどうやら本当らしい。


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