世界のカケラ5〜精霊復活編
henopon
第1話 剣
ヒルダルに会わなければ。フィリとグレイシアがいて、ヒルダルに合わないわけにはいかないだろう。
帆船がブスレシピ港に入港して十数日、僕たちは船から降りることを禁じられていた。語弊がある。僕とレイは何日も同じようなことを聞かれては答え、前回と違うことを話していると追及された。しかも二人は会わせてはくれずに、食べるときも風呂も何もかも別々にされた。
たまに頭に重いものがのしかかるようで、おそらく術をかけられて考えていることを覗こうとしているのだろうことは理解したが、覗かれているのかはわからなかった。
そして事故は起きた。
僕が教会の衛兵に枝を編み込んだ鞭で打たれた。軽く脅す気で頬を打たれたのだが、すぐレイのいる別室から断末魔の悲鳴が聞こえた。
同時に保管していたカンパとフィリの剣から発火し、瞬く間にガレオン船の火薬庫を吹き飛ばした。
らしい。
遠くにいたからわからない。
船全体が混乱する中、椅子に腰を掛けていた僕のところに二振りの剣が飛び込んできて、僕を尋問していた二人の青年に突き刺さった。
「……」
もはや剣が己の意思で僕のところに来るようになった。捨てるとか弔うとか譲るとか考えていた頃が懐かしい。僕は両手に剣を持ち、廊下に出ると、そこには不機嫌な眼のレイが立っていた。額の眼にも機嫌があるんだな。金髪を手ぐしで掻き上げると、白い額には深紅の眼が妖しく揺らめいていた。彼女は僕の頬の傷に指を添えて血を拭うと、
「誰がやったの」
部屋の扉を蹴飛ばした。
「死んでるんだよ」
「関係ない。どっち?」
「右」
髪を掴んで廊下を引きずるようにして歩いて、階段を駆け降りてきた水兵に投げつけて皆殺しにした。
「レイ、聞いてる?僕はヒルダルに会おうかと思うんだけど」
港内で起きた爆発は他の商船まで巻き込んで、しばらく狭くはないブスレシピ港を使用不可能にした。
「教会も潰してやる。ふざけるんじゃないわよ。おまえら、わたしのシンに何かしてロハで済むと思うな」
品がない。
僕たちはタラップを降りると、埠頭に並んだ倉庫街を抜けた。誰かに追われるかなと考えたが、レイはすべて殺すから同じだと言いのけた。
「まったくウラカの嘘つき」
「ヒルダルの館は遠いのかな」
港に面した街は海上からの侵入を防ぐ要塞になっていた。船を降りたとしても、市門を通るときには剣を持っている者は止められた。市街地に入ってしまえば、それこそ探すのに難儀するはずだが、どうやって入るか考えたが、港の爆発で門が閉じられようとしていたところ群衆に紛れてなだれ込むことができた。
「よく発見されずに入れた」
「何人か殺したわ」
「マジかよ」
「何なら皆殺しにして二人だけで入ることも考えたけど」
耳から蛇を入れたらしい。想像するだけでゾッとする。
「剣は隠しようがないからな」
「へし折るというのはどう?」
「この剣、一応ヒルダルの友だちなんだよ、レイ、ひとまず何か食べて落ち着こう。腹空いてるからだ」
僕は広場でポケットから小銭を取り出した。何か食べるものでも買えるかなと。魚のオイル漬けを挟んだパンを買い、何か味付けが取らないねと食べながらなだらかな坂道を上がった。塩気が足らないんだな。
「レイの鞭みたいにせめて使うときだけ現れてくれたらなあ」
「確かに。念じてみたら?」
「イメージしてみる」
パンを口にくわえて、左手にカンパ、右にフィリの剣を持った。
すっと剣が消えた。
「まひか(マジか)」
「シン、凄いわね」と言いつつ「ちょっと首見せて。何もない」
「これで持ち運びやすくなる」
「戻せるの?」
「ん?」
剣の姿をイメージしたが、剣は消えたまま戻らなかった。路地に入り込んで、必死で試せば試すほどわからなくなってきた。
「壊れたんじゃないの?」
「精神統一する」
深呼吸をして、地面から湧き上がる力が体の芯を抜けて脳天から抜けるようにイメージした。一部を両手の剣に与えて振ってみた。勢いよく剣が現れて踏み固められた路地が地響きとともに裂けた。揺れを感じた住人が顔を覗かせたので、僕たちは慌てて別のところへ移動した。
「滅茶苦茶焦った」
レイはカラカラ笑った。剣がなくてもハンドアックスもあるしどうにかなる。それにしても僕の焦った様子がおかしかったらしい。
「今夜どうする?」
「安くても宿だね。野宿するにしても誰に狙われてるかわからん」
僕たちは塔の街で初めて泊まったところを思わせる場末の宿に落ち着いた。これから冬になるし、ここは塔の街くらい寒くなる気もする。
結局僕は剣を帆布に巻いておくことにした。いつ消えたままになるのかわからないのは不安だ。
僕たちは一つのベッドで寝ることにした。とにかく明日、旅支度を整えようということだ。レイはくっついて寝るのは久々だと喜んでいたが、僕は意識しているせいで無邪気になれなかった。しかし寝相の悪さは同じで、床に蹴落とされた。
不意にレイが起きた。
「どうした?」
「敵」
ベッドの上で両腕を指揮者のように扉に振るった。今回はなかなかのやり手だ。結界で防がれ、僕が帆布から抜いた剣で押し込んだ。女王の剣で上段から打ち下ろし、国ノ王の剣で脇腹を払うフリをして喉に突き入れようとした。相手は手甲で滑らせて逃れようとした寸前、レイが放った鞭が剣を停めた。
「ダメ」とレイ。
「ラナイじゃないか」
「てめえ」血走った目で「後でケリつけようぜ」と呻いた。
「わ、わたしもいるわよ」
結界ごと吹き飛ばされたウラカが残骸から姿を現した。月夜に照らされた彼女の髪はほどけていて、お洒落な上下は埃塗れになっていた。
ようやく白銀の狼が窓を打ち破って飛び込んできた。少年に似た女の子が部屋の壁に跳ね飛ばされた。
「痛たた……」
ズミが頭を抱えていた。モッシは飛び込むのが遅いし、ズミは放り出されるし。この聖獣と精霊は会うたびに劣化していないか。
「せっかく寝てたのに」
「何て破廉恥なの」ウラカがレイのいるベッドを二度叩いた。「二人が一緒に寝るなんて許されない」
「何もしてないよ」と僕。
「何も?何のことなの?あなたは何のことを話そうとしてるの?」
「ウラカ様」とラナイ。「まずこの騒ぎから逃げないと」
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