ep.8-4・騒動の末路(4)
吟遊詩人は古き良き広報である一方でプロパガンダの手段にもなる。
数多いる吟遊詩人たちが揃いも揃って醜い色恋沙汰をさえずるときは、国政が混乱するような出来事が裏で起こっているかもしれないのだ。
それを覆い隠すために
いわゆる情報通なら、皇太子と“神子”と悪役令嬢をめぐる言説が同じ時期に、しかもこんなにも大量に展開されたことに疑問を覚えていることだろう。
吟遊詩人の伝えるニュースがこれ一色になり、他の政治的な話や噂話がさっぱり入ってこない。
さらに現在流布しているこの言説の数々も、「〜らしい」と内容が少しふわっとしていて、悪役令嬢のその後だとか彼女が邪法を使っている証拠だとかははっきりと言及されない。
つまり非常に怪しいのである。
ではこの怪しい言説に、思いもよらない事実がトッピングされたらどうなるか。
特大ゴシップの完成だ。
そして情報通たちがこんなゴシップに食いつかないはずがない。
そして「実は……」と訳知り顔で
これで
誰の言葉が正しいのか。
真に混乱をもたらしたのは誰だったのか。
それを人々が知ることでセレスティナの悪評を
「ということだから、よろしく」
ディートヴェルデがそう言うと、セレスティナも
「わたくしからもよろしくお願い致します」
表情は澄ましていたものの、その頬に紅が差していたのは言うまでもない。
「あらあら、まあまあ、とっても楽しみねぇ」
ミレーヌが
何せミレーヌが産んだのは男の子二人だけ。
パーティーを開いたって礼服と靴だけで準備が済んでしまうのだ。
その礼服もモーニングとテールコートのような似通った形のものしかないし、装飾だってカフスか花を挿すブートニア程度。ボタンやタイやハンカチで遊び心を出そうにも限度がある。
正直に言うと、ちょっと味気なさを感じていたのだ。
だが、もしも女の子がいたとしたら、パーティーの準備はとても楽しいものになっただろう。
ドレスの形は、素材は、模様にどんなモチーフを入れようか、装飾には何を使おうか……一つ作り上げるまでに多くの要素にこだわることができる。
必要なのはドレスだけではない。装飾品の選択も重要だ。
宝石に何を使うのか。特に色選びにはセンスが問われる。
身に着ける本人の髪や瞳の色なら文句なしに調和するだろう。逆に対象的な色を身に着けて自身の色を際立たせることもできる。
パートナーもしくは主催者と同じ色を身に着ければ、友好的な関係にあることを演出できるだろう。
それからドレスや装飾品、そして何よりも自分の顔に合う化粧を施し、髪型を作ることだってとても大切だ。
そう、ミレーヌはずっと女の子の準備を手伝ってみたかったのである。
セレスティナを見つめるその瞳は期待にきらきらと輝いていた。
「セレスティナさん、婚約披露パーティーの準備は是非わたしと……」
「それはダメだ」
高揚するミレーヌの言葉をハッケネスが遮った。
「婚約披露パーティーの主役はセレスティナ嬢とディートだ。我々が世話を焼いては意味がない。そうだろう?」
「それは……そうかもしれないけどぉ……」
ミレーヌがしょんぼりと肩を落とす。
その様を見てハッケネスは苦渋の表情を見せる。けじめはつけないといけないとはいえ、妻の悲しむ顔を見るのは辛いのだ。
「…………仕立て屋と宝石商の紹介、それからドレスと宝飾品の貸出までなら許す」
「本当!?」
ミレーヌの表情が一転、晴れやかなものに変わる。椅子を蹴り倒さんばかりの勢いで立ち上がると、一歩下がって
「ごめんなさい、わたしはお先に失礼するわ。そうと決まればクローゼットを確認しに行かなくちゃ! それじゃあねぇ♪」
うきうきを隠せない様子で部屋を出ていってしまう。これから自分の部屋をひっくり返してありったけのドレスや装飾品を引っ張りだすつもりだろう。
まるで気ままな少女のような母の姿にディートヴェルデは呆れと笑いの混じった息を吐き、それからちらりとセレスティナの方を見やった。
セレスティナは苦笑——というより、どこか微笑ましいという表情を浮かべており、その眼差しはどこか温かい。
「お義母様は本当に若々しくて可憐なお方ですわね」
「落ち着きがないって言ってもいいかもな」
「でも、いつまでも無邪気でいるのはとても難しくてよ。わたくしもお義母様のようにいつまでも若々しくいられたらと憧れずにはいられませんわ」
「そういうもんかなぁ……ティナはそのままで良いと思うけどな。まだまだ若いんだし」
ディートヴェルデがそう言うと、セレスティナは「まあ」とくすくす笑う。
そんなセレスティナとディートヴェルデの様子を、ハッケネスはなんとも言えない顔で眺めていたが、ふと我に返り、席を立った。
「それではこちらも失礼しよう。ディート、セレスティナ嬢、ここはこのまま相談の場に使っていいぞ。イングヴァーに言って資料でも持って来させるか」
ハッケネスの提案を喜んで受け入れ、ディートヴェルデとセレスティナはお茶会のテーブルをそのまま会議テーブルとした。
気を利かせた執事たち——辺境伯ハッケネス専属の執事であるイングヴァーとディートヴェルデの専属であるディルが少しテーブルの上を片付けてくれたおかげでスペースも空く。
そこへ招待客候補のリストや会場にする広間の間取り図、過去のパーティーの記録なんかを広げて、婚約披露パーティーの計画を練ることにした。
とはいえ、簡単な概要については、実は領都へ出かけた日にある程度まとめていたので、これからするのは詳細の詰め込み作業である。
「招待状を出してからパーティーまで期間を考えても、招待客は人数を絞って身内だけでのパーティーにしようと思うが、どう思う?」
「良いのではなくて? 人数が少ないのなら、寂しい印象にならないよう料理や会場の装飾に費用を回してはいかがかしら」
「いいな。それなら……」
ぽんぽんと話が弾み、メモ用に広げていた紙も余白が少なくなっていく。
相手の話を聞いて、きちんと返答する。
会話をする上で当たり前のことだけれど、ディートヴェルデもセレスティナも、長らくその“当たり前”に触れられなかった。
皇都では田舎者だと馬鹿にされてまともに話を聞いてもらえなかったディートヴェルデ。
だからこそ打てば響くこのやりとりが心地よかった。
ディートヴェルデからもセレスティナからも、自然と笑みがこぼれる。
仲睦まじく言葉を交わす息子とその婚約者の様子を、細く開いたドアの隙間から眺めていた辺境伯ハッケネスは、そっと懐にしまった手紙を撫でる。
皇太子が起こした騒動の詫びとして、望むものを何でも与えるという魅力的な言葉が書かれていたあの手紙だ。
ハッケネスは褒美の内容に悩んでいた。
辺境伯の権威を取るか、辺境伯領の利益を取るか、はたまたそのどちらとも関係ないただの富を取るか……考えを巡らせれば巡らせるほどに何を得るべきか分からなくなり迷っていたのだ。
だが、息子たちの様子を見てハッケネスの脳裏に電流が走ったのである。
皇帝に願い出る褒美は、決まった。
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