第8話 みんな、丸太は持ったか?
「せやねん。なんかいつもとちゃう匂いがしてきたら、いつも、現れるねん。」
「トチャウ匂い?」
「違うだろ。」
「そういう意味とチャウよ。」
「そういう意味、トチャウ?」
「オイ!」
トチャウ? とちゃう? とちゅう? とチュウ! ああ、そういうことか!
「なるほど! チュウしたいほど気になったと?」
「お前、聞き込み捜査から退場させるぞ!」
「それはナイっすよ、ボスぅ~!?」
「誰がボスだ!」
いいじゃないか。そこはボスということにしてくれないと。俺はただの助手もしくは部下。今は勇者ではないのよ。あくまでアホアホ捜査官ロアなんですよ!
「はっはっは! ええコンビやな、あんたら! ボケとツッコミの合いの手がうまいこと噛みおうてるわ! コメディアン・グランプリに出たら優勝できるんちゃうか?」
「いやあ、それほどでも。」
「それ褒められてるうちに入っているのか? 冗談はよしてくれ。」
バリカタさんは俺らの名コンビぶりを褒めてくれている。コメディアン・グランプリというのはなんだろう? それはともかく大武会で優勝しているので名コンビなのは間違いないだろう。
「話戻すけど、チュウしたくなるほど男前やったのは事実やな。うちが言うんやから間違いないで。」
「この娘はな、他種族の男には目がないねん。あの、なんとか言う人もエルフやし。」
「お父ちゃん、そういうこと人前で言うのやめてや。恥ずかしいやん。」
この子が面食いなのは良くわかった。とりあえず、黒犬はイケメンという特徴があるのは押さえておこう。しかも、何度かこの子の前に現れている。これで複数犯説の線は薄まった。だが同時にタニシが変装したぐらいでは似ない可能性が出てきた。アイツはカッコいいというより、可愛いよりの顔つきだから。そのせいで他種族の女性や犬好きには大人気ではある。ちょっと囮作戦に不都合な事実が出てきたな。
「他に特徴は? どんな服を着てたとか? 何か持ってなかった?」
「う~ん、せやなぁ……。なんかこう、左目のところにこう、縦に傷跡があったと思うわ。目は潰れてるワケではなさそうやった。あくまで顔に傷だけなんやと思う。」
パイタンは自分の左目に右手の平で縦にスッとなぞるようなジェスチャーをした。イケメンで顔に傷か。ワイルドなカッコよさを醸し出しているということか。変装させるならなんとかそれも再現しとかないとな。ドンドン情報が発覚する度に難易度が上がっていってるような……。
「……あとな、いつもっていうわけやないけど、手になんか武器みたいな物持ってたわ。」
「武器? どんな物?」
「なんか丸太? いや、アレは木、その物っちゅうか、なんて言うたらいいんやろ? うちは武器とかに詳しくないから、ようわからへんわ。」
丸太のような木、その物みたいな武器を持っていた? なんだろう? そんな武器聞いたことない。武器と言っていいんだろうか? 戦ってる姿を見ないことには何とも言えない。謎だ。とりあえずそういう物を持っていた事があると認識しておこう。
「まあ、あれだな。ありがちな山賊、野盗が持っている得物という感じだな。木を加工した棍棒とかの類いかもしれんな。」
「でも、武器なんやろか? あの人の背丈の倍ぐらいの大きさやったで。振り回すどころか、逆に振り回されそうな感じやったわ。」
「なるほど、見た目以上の膂力の持ち主の可能性もあるわけか。それが本当なら、余程の手練れなのかもしれんな。」
タニシくらいの背丈で、ブッこ抜いた木のような棒を武器にしている? 脅威だな。それを使いこなせる程の実力なら只者ではない。山賊、野盗のレベルではないかもしれない。タニシのことを思い返すと、アイツはフレイルですらまともに扱えていないのだ。タニシどころか俺らよりも腕力があるかもしれない。
「これで大体の特徴は掴めたな。あとは幽霊説もあるから、他の目撃者も当たって検証してみるとしよう。」
「幽霊説? うちは違うと思うけどな。だって、うち、幽霊とか見たことあらへんし。足もちゃんと見えとったで?」
「なるほど。とはいえ、他の証言も聞かないといけないし……、」
と、その途中で鋭い殺気を感じた。まるで投げナイフを投げつけられたかのような錯覚を覚えた。それを感じた方向を見ると……犯人は特定できそうになかった。見る直前で殺気が消えたし、酒場の客が大勢いるせいで誰も彼もが怪しく思えてくる。人相の悪い人もポツポツいるので判別できない。
《感じたか? 勘付いていない様に振る舞っておけ。》
ファルが思念波を飛ばしてきた。ファルも殺気を感じたようだ。ヤツは気付いてないような素振りを見せながら、パイタンと会話している。
(俺達を試しているのか? それとも監視をしているのか?)
背中に冷や汗が流れるのを感じた。正体不明の殺気が何を意味しているかはわからない。何か俺らの活動を快く思っていない人間がいるのかもしれない。ほのぼのとした田舎でのありきたりな事件に、殺伐とした物が見え隠れし始め、緊張感を感じずにはいられなくなってきた。
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