【第二章:偉大なる探求者③】

 大学生の夏は、とても短い。



「いつの間にか秋学期だね」



「まったくだ。にしても、課題が無いだけ楽だけど」



「そうかも」



 僕たちの生活は似ている。なにせ同じことをしているから。



 彼女の持ち寄ってきた文書に目を通して、一日がおしまい。



 そんな日も嫌ではなかった。僕はいつの間にか、盲目になってしまったのかな。



「ロマンスだね」



「そう?」



 疑問符に最大級のアクセントをつけて答える。



「ひとりぼっち同士、仲良くしよう」



 そう言って、エナジードリンクを一服。



「から はさ」



「どうした?」



「いつからそんなにカフェイン取るようになったの?」



「私がひとりになったときから」



「どうして?」



「恋してるから」



 つい眉間に皺を寄せる。なんと不健康な恋なんだろうか。



「効果を保証してくれる恋なんて、素晴らしいと思わないか?」



「恋の効果って何さ」



「それは、人による」



 君はどうだろう、とわざわざ尋ねてくる。この質問は、もう少し前に予測して会話を逸らしておくべきだったな。



「心の支え、とかなんじゃない?」



「とか、というのは?」



「僕はそうは思わない」



「私は君の意見が聞きたくて質問した」



「安心のためだよ」



 安心か、と彼女が呟く。



「僕らはずっと孤独だったから」



「から?」



「求める安心なんてない。僕らはどう足掻いたって孤独なまま」



「そうか」



 そう言って、エナジードリンクを一服。



「もうすぐ文化祭だね」



「出し物の予定はあるの?」



「タコ焼きとか」



「私の苦手な」



「そうなんだ」



 才人にも食の得意不得意があるんだ。



「当たり前だ」



 夏休みを終えれば、次は文化祭。そしてそのあとは、冬休み。



 僕の大学生活はその程度の解像度だ。特別勉強熱心なわけでも、サークルに打ち込んでいるわけでもない。僕の人生にこれといった指標はないから、淡々と生きていくしかない。



 それに比べれば彼女は立派だ。しっかりとした目標がある。



 これが凡人と天才の差である。



「さて、そういえばなんだけど」



 彼女は咳払いして仰々しく言う。



「今度私の家に来ないか?」



「わざわざですか?」



 なんとなく面倒ごとに巻き込まれそうになって、それらしい口調になってしまった。



「資料を自宅から君に届けるのが面倒になってきた」



「ちゃんと、面倒になってきた、って言い方をするんだ」



「非効率だとは言わないよ。それはちょっと主観的すぎるから」



 続けて、



「客観的であるかのように振舞うことほどに、暴力的な主観はない。人間の意見程度が、自然の事実を写し取れるはずがないわけだからね」



「言い訳を許さないタイプ、ってことね」



「そう」



 満足そうに、彼女は歩くペースを速める。



「君って、特別な趣味はないの?」



「趣味?」



「普段何もしてないように感じる」



「ひどい。ちゃんとあるよ。家に彫刻用の木材とナイフがあるの、見てるでしょ?」



「ああ、そうか。あれが趣味か」



「ひどいひどい」



 そんなに貧相な趣味かな、彫刻。僕はとても素敵だと思うけど。



「彫刻は素晴らしいんだけど、君がそういうことをしているのは意外」



「あんまり自信はないけどね」



 彼女が彫刻を始めたら、三時間くらいで実力を抜かれる気はする。



「私も何か、始めてみようかな」



「そんな時間はおありで?」



「考えるだけ得なんだよ、こういうことは」



 空を見上げ、風を感じる。段々と、秋の肌寒い空気がこの地に流れ込んでくるのを感じる。



「詩でも読もうか。いつか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る