【第一章:ノブレス・オブリージュ㉑】

「これで、高校一年生の夏が終わるわけだ」



 そんな総括を聞きながら、僕は注文したハンバーグのプレートの上、どこから手を出そうか考えていた。



「好きなものから食べるタイプ?」



「特に考えたことはない」



「それじゃあ、これを機に考えてみるといい」



 一方で彼女はというと、セットメニューのパンを千切って、一口ずつ食べていた。



「これからの委員会の仕事は覚えてる?」



「覚えてるよ。次は文化祭でしょ、あと二か月」



「企画から何からやらなければいけない。そっちも忙しくなるな」



 僕たち以外にも、ファミレスには打ち上げにやってきた高校生たちがわんさかいた。



 周りは周りで盛り上がっているので、こんなに粛々とご飯を食べにきた二人に視線は集まらない。



「君、意外と勝利にこだわるんだね」



「意外?」



「普段は無気力そうに見えるから」



「そんなことない。委員会の仕事だって進んでやってるよ」



「でもそれは義務的に見える。進んでやらなければいけない、そう思ってる」



「そうかな。それに、それは から も同じでしょ」



「私は無気力に見える?」



「僕と同じ。義務的なんじゃないの?」



「さあね」



 パンを一口食べた。



 ただ、僕はあの瞬間でさえ、瑛摩から が本気だったようには見えなかった。彼女はまだ余力を残していた。



 僕は彼女の本気を、まだ見たことがない。



「から」



「どうした?」



「将来、何をしたい?」



 自分でも、突然こんな質問をしようとは思わなかった。



 でも、僕は知りたいと願った。もう少しだけでも、彼女の在り方を。



「私は今を生きている。私は常に頭を動かして、手を動かして、そうやって生活している。思考は代謝の一部とも思える。だから私には、将来を考える余地はない。今を生きた連続が、自ずから将来になる」



「じゃあ、夢とか目標はないんだ」



「目的ならある」



 ごちそうさま、とパンを食べ終えて両手を拭くと、未練がましくもなく席から立ちあがった。支払いは現金一括。












 日はちょうど落ちていた。



「目的ならある」



 彼女は店から出て少し歩いたところで切り出した。



「目的」



「それは、私が何を思考しているかの指標、または対象。相手もなく考えることはできないから」



「委員会のこととかじゃなくて?」



「もっと違うこと。それはきっと、この世界で最も大切なこと」



 彼女は自分のリュックを漁り、何かを取り出した。



 鈍い赤色の瞳が、その視線が僕を貫く。



 彼女の手は、僕に差し出されていた。



 細くて、この暗闇の中でも白だと分かるくらいに綺麗な指が、支えていたもの。



「ラブレター、というやつかな」



 彼女は笑った。



 でもそれはにわかにも、ラブレターとは程遠く。



 目を通すのには、覚悟が要りそうだ。そんな僕をからかって、彼女は笑った。



 高校一年生、体育祭の思い出である。


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