【第一章:ノブレス・オブリージュ⑨】
目を覚ますと、九時三十五分だった。痺れた足を起こす。そうだ、昨日は窓辺に座り込んだまま、寝てしまっていたのか。おかげで首も背中も、不調を示しているようだった。
これは困った。今日の授業は午後からの体育、場所はゴルフ場だった気がする。準備は余裕で間に合うけれど、体の不調は良くなりそうにない。
早速、憂鬱な気分でキッチンへ向かう。冷徹な艶を示す冷凍庫から、雑に保存してある八枚切りの食パンを取り出す。特に味付けもなしにトースターに並べ、ダイヤルを三分強に合わせた。
焼き上がるのを待つ時間でテレビをつける。たまに今日の天気予報を見逃してしまうから、今日は注意深く見ておこう。朝から晴れ、夕方からは雨が降るかもしれない、とのことだった。わざわざレインコートはいらないだろうけど、折りたたみ傘くらいは持っていこうか。
昨日の夜はふて寝をしてしまったので、部屋が散らかったままだった。机の上には中途半端に削られた材が置かれたままで、荷物も足元に散らばっている。
「あれ?」
僕は朝食を食べるために、机の上を片付けようとした。しかし、どこか変だった。この彫刻、昨日の記憶よりもずっと綺麗に研磨されている。結局やすりで処理する前に、僕はたしか彼女から電話をかけられて…。
ちーん。
僕はキッチンへ向かい、トースターの中を伺った。ほどよく黒色が見えていた。食パンは少し焦げているくらいが、ちょうどよく美味しい。最近は節約しているから使っていないけど、バターがあるとなおさら良い。
皿を準備するのが面倒だったけど、ティッシュを敷くとパンとくっつく。仕方がないのでちょうど干してあった大皿を一枚選んだ。布越しに熱いトーストを移し、皿を運んで準備完了だ。
「いただきます」
これも体裁だった。だけど、これが体裁であることを意識することで、本来この言葉が持つ意味を思い出すことができる。
ありがとう食パン。
テレビの報道は、昨日のSNSとさほど変わらない内容を伝えていた。どれもこれもデジャヴ、といった感じだ。
すると、聞きなれた電子音が聞こえた。電話だ。
相手は、瑛摩 から。
スリーコール以内で食パンを飲み込んで応答した。
「もしもし」
「もしもし、おはよう」
「最近の夜、何かおかしなことがあった?」
「おかしなこと?」
おかしなこと、と言われてもピンとこない。でも、彼女の異様に張り詰めた声色と繋がる出来事といえば、一つの星に名前をつけたこと。
あれはただの民俗だろう…でも、それだけに恐怖が込み上げてきた。
「いや、特におかしなことはなかったけど」
「質問を変える。何かおかしなことをした?」
「僕が?」
「そう」
「いや、特に。帰ってぐっすり寝たよ」
「そう。それならいい」
それだけ言うと、さよならの合図もなく電話を切った。こんなに緊張した彼女は、はじめてだったかもしれない。
僕は二枚目の食パンにかぶりついた。時間はまだ十時前、昨日やり残した課題をやる時間も十分にある。その前に、部屋の掃除からはじめておきたいけど。
僕は食パンを頬張りながら、様子の変わった材木を眺めた。あまりにも切断面が綺麗すぎる、なぜか角もしっかり取られている。まるでもう、これが完成品ですとでも主張しているかのようだった。ただこれではただの、角が取れた綺麗な材木だ。しっかり形にしたいという僕の欲望が、これで収まるわけじゃない。
さて、掃除をするか、課題をするか、彫刻を続けるか。あと二時間ほどの時間を上手に使って、僕は何をしようか。
朝食が終わるまでの時間で、ゆっくり考えようと思っていた。しかしそれを妨害するような一報が、僕のスマホ宛に届いていた。
僕はすっかり失念していたのだ。今日からクオーターが変わるということ。
つまり、今日から時間割が変わるということだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます