第9話 眷属創造 4

 アヴィーから声を掛けられ、私は顔を上げた。

 部屋の隅にあった半透明のホログラムが、透けていない、実体を伴った青年に変わっていた。内側の力を感じ取るのに集中していて過程を見逃してしまった。

 青年の見た目は、先程まで表示されていたホログラムと同じだった。ただ服装だけはタンクトップとズボンから、執事服へと変わっていた。この服が男性眷属の初期装備なのだろう。

 私とアヴィーが凝視していると、その青年はゆっくりと瞬きし、私の方に向き直った。

「おまえの名は山茶花だ」

「……よろしく、お願い、します」

 私が声を掛けると、ぎこちない言動でゆっくりと礼をする。

「ああ。これからよろしく頼む。おまえの役目は、主に料理となる」

「役目を、果たせるよう、努めます」

 山茶花はゆっくりと頭を上げた後も、目を伏せたまま静かに佇んでいる。そこに表情はない。感情が表に出ないというよりは、どう顔を動かしたらいいかわからず固まっているように見える。

「……喋り方や動作がぎこちないな」

 こんな状態で働けるのか、不安になる。

「創られたばかりなので、まだ体に馴染んでいないのでしょう」

「そうなのか」

 すぐに次の創造に移りたかったのだが、山茶花の様子があまりにも頼りないので、もう少し話をしながら様子見する。


「彼はアヴィー。山茶花の先輩に当たる。これからは彼に習いながら、仕事を覚えていってもらう事になる」

「はい」

「アヴィーです。よろしくお願いします、山茶花くん」

「私は、山茶花、です」

 自己紹介が終わり、その後はこれから料理していく上での参考にと、私の好きな食べ物や苦手な食べ物、よく食べる料理のレシピの話などをする。だがすぐに、これ以上何を話せばいいか詰まってしまった。私は対人スキルが低いのだ。

「……他に何か、私やアヴィーに質問はあるか?」

 そこで、山茶花からの質問を募ってみる事に。

「主の、お名前、は?」

 少しの間黙って考え込んでいた山茶花が、手を挙げて発言した。

(そういえば、自己紹介をしていなかったな)

「私はアルトリウスだ」


「……あの、主。アルトリウスの名称は、代々受け継ぐ苗字のようなものです。個人名は、別に必要となります」

 私の名乗りに対して、アヴィーからとても微妙な表情で注釈が入った。

「そういえば、先代はロゥナ・アルトリウスだったな」

 私とアヴィーはお互いを見た。何故今まで名前の話が出なかったのかと、二人して首を捻る。

「主がいらした当初はかなり混乱されておられましたので、私の方でも名を訊ねる手順を飛ばして、強引にこちらの説明に入ったのでした。……そしてそのまま、うっかりしていたようですな」

 本当に今更な話だが、私はアヴィーに一度も名乗っていなかったようだ。

 アヴィーの方も、アルトリウスや主呼びで事足りていたので、私の名を知らないままだという事を忘れていたらしい。


「名前……、名前か」

 私は自分につける新しい名前を、しばし黙考する。地球での名を名乗る気はない。ならばアルトリウスに合いそうな、カタカナの名がいいだろうか。

「では、私の名前はセイレとする」

 特に意味はなく、響きのイメージだけで決めた。

「かしこまりました。その名前で登録しておきます」

 こうして、私のこちらでの名前は、「セイレ・アルトリウス」となった。




「私は山茶花くんを連れて、夕食の準備をしてこようかと思います」

 アヴィーが腕時計を確認してそう発言した。

 私もつられて、コンソールにある時刻表示を見る。いつのまにか、午後6時を過ぎていた。途中でクッキーを食べたからか、あれこれと集中してやっていたからか、時間経過に気づかなかったな。

「私はここで、次の眷属を創造する」

「かしこまりました。では、お食事の準備が済みましたら、念話にてお知らせ致します」

「念話?」

 唐突に聞き覚えのない単語が出た。

〔これが念話です〕

「は!?」

 いきなり脳内にアヴィーの声が響いてきて、とても驚いて声が出た。

〔神々やその眷属は、緊急時には念話で連絡を取り合う場合が多いです〕

 アヴィーの口元は動いていないのに、脳内に直接声が届いている。これはあれか。テレパシーというやつか。

「……声に出さずに私に話しかけてきているのか?」

 内心の動揺を抑えつつ、本人に確認した。

「はい。主に念話で話しかけております。相手を指定して念話で返事をしようと思えば、すぐに繋がると思います」


〔……こう、か? これで繋がっているか?〕

 そんな簡単にできるかと疑ったが、実際にやってみたらできてしまった。一度体験したからか、思いのほかすんなりといけた。

 使っている力は……魔力? いや、これは神力でもいけるのか? 意識して力を切り替えてみると、どうやらどの力でも念話できるとわかった。一種類しか力が使えなくとも問題のない仕様か。

〔はい。正常に繋がっております。何かございましたら、いつでもこれでご連絡下さい〕

「では行きましょうか、山茶花くん」

「はい」

 アヴィーが山茶花を連れて部屋を出て行く。



 一人きりになった管理部屋で、先程と同じ手順で次の眷属を創っていく。一度創って手順が飲み込めたので、次からは早い。

 二人目は、やわらかな癖のある長く白い髪に薄い紫の目、白い肌の少年にした。連結式で、力の割合は魔力7、神力3だ。

 彼は特記事項に、私と同じ歳で、同じ体型になるよう記載した。その結果14歳になったので、私の今の体の見た目は14歳のようだ。

 創ってみると、私より柔らかめな雰囲気の、儚げな雰囲気の少年に仕上がった。彼も男性眷属の標準装備である執事服を着ている。

「おまえの名は『白鷺しらさぎ』。白鷺の役割は、服飾係と洗濯係だ」

「……了解、です」


 三人目は女性にする。サラサラの黒髪を肩の辺りで切り揃えた髪型で、切れ長の目は灰色。黄色人種系で、やや色白の肌をしている。年齢は17歳に設定した。

 万が一ここで女手がいるような事態に備えて、女性の眷属も創ったのだ。女性のスタイルを設定するのは気まずかったが、仕方がないと割り切った。

 こちらも連結式で、力の割合は魔力9、神力1だ。

 彼女のイメージは、日本美人の代名詞である大和撫子にした。その影響か、お淑やかながら、どこか凛とした雰囲気に仕上がった。

 彼女はロングスカートのスタンダードなメイド服を着用していた。これが女性眷属の標準装備のようだ。

「おまえの名は『みやこ』だ。役割は掃除係だな」

「かしこまり、ました」

 今はまだ二人とも言動がぎこちないが、これからここでの生活に慣れてくれば、個性も出てくるだろう。


 

 二人を創り終えてすぐ夕食に呼ばれたので、食堂に移動する。

 用意された食事の内容は、私が先に語った好物を中心にしたものだった。人数分あったので、皆で一緒に食べた。普通なら主と使用人の食事時間や食事内容は別に分けるものだろうが、ここではどちらも一緒だ。客が居ればちゃんと形式通りにするけれど、普段はこれでいい。

 そんな中アヴィーから、明日の午前中に、謁見の予約が取れたと言われた。

「随分早いな」

「最高神様は、配下の代替わりは優先して対応されますので」

 そんな訳で、明日は最高神に挨拶する事に決まった。


 その後は、広すぎて落ち着かない大きさの風呂に一人で入った。着替え用に、既製品のパジャマがいつの間にか用意されていた。

 寝る前にアヴィーにトイレの場所を聞いたら、「人族が訪れた時の為にトイレは設置してありますが、神は食べたものすべて体内で源素に変換されますので、排泄の必要はありません」と言われ、驚いたり。

(そういえば、こちらに来てから、一度もトイレに行きたいと思わなかったが。身体がそういう仕組みに変わっていたのか)

 地味ながらも、これまでで一番、自分が人間でなくなった事に実感を持った出来事だった。

 和風建築はまだ用意できていないので、今日は最初の部屋にある、天蓋つきのベッドで休む。

 やらなければならない事はまだまだあるが、それらはすべて明日以降だ。

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