第10話 最高神への挨拶
「アタシが最高神リベランディーよ! よろしくねぇ~~!」
落ち着いた低音の声。濃いめの化粧。露出度の高いドレス。キラキラしたアクセサリーを纏った、筋肉隆々の美形の大男。それが最高神の姿だ。
波打つ黄金の髪に深い紫の瞳、透き通るような白い肌をした、とてつもない美男である。……まあ、派手な女装と言葉遣いに意識を持っていかれて、顔の造りとか割とどうでもいいと思わされているが。
(漫画で先に知っていたのに、それでも驚きというか、衝撃はあるな)
私は息をゆっくりと吐いて、気持ちを落ち着かせた。
アヴィーに案内されて、拠点内にあった転移魔法陣に乗り、豪華絢爛な城の内部に付いた。そうしてこの部屋まで辿り着いたところだ。
最高神との謁見というから、玉座がある謁見の間にでも通されるのかと思ったが、ついたのは豪華ではあるが、実用的な執務室だった。正面にある大きな窓から明るい日差しが差し込んで、室内を照らしている。
「よろしくお願いします」
これからは私の直属の上司になる存在だ。丁寧に頭を下げる。礼儀作法など詳しくは知らないが、一応はそれらしく。
「あらあ、そんなに堅苦しくなくていいのよぉ。もっと気軽に話してちょうだい! 敬語とかいらないわぁ」
大きな宝石のついた指輪を嵌めた手で、親指、人差し指、小指を立ち上げ、それを顎の近くでビシッと決めた、謎のポーズを披露された。なんだろうこれ。
座ってちょうだいと勧められ、最高神と対面でソファーに座る。ここまで付き添ってきたアヴィーは手早くお茶を用意して、その後は話に加わらず、部屋の隅で黙って立っている。
「他の子もみんな、歳や立場に関係なく、気軽に話すって決まりにしてるのよぉ。それが地の喋り方ならそれでもいいけど、そうじゃないならもっと気軽に、普段通りの話し方で話してちょうだい?」
「そうなのか。……なら、そうさせてもらう」
誰が相手でも敬語がいらないのは助かる。私にはあまり教養がないから、礼儀作法が怪しいのだ。前世は大学院の途中で途切れ、社会人としての経験もないし。
「お名前はなんていうの?」
「セイレという名にした」
ここではあえて、元の名前ではないとわかるように名乗る。
「りょ~かいっ! セイレちゃんね!」
細かいニュアンスは気にならないのか、最高神はうふふ~と嬉しそうに微笑むのみだ。どうやら、本名を名乗らない事への咎めはないようだ。
「アタシからセイレちゃんにお話しておかなきゃいけない事は、主に二つかしら。他は疑問に思った事ができたら、その都度アヴィーに聞いてくれればいいし、それでもわからない事があれば、アタシに直接聞きに来てくれてもいいわよぉ」
最高神リベランディーは気安くそう言って、ざっくばらんに本題に入った。
「まず一つ目ねぇ。アルトリウスは最強格と呼ばれているだけあって、他の魔法神よりも魔法の威力や魔力保有量が頭抜けてるの~。だからもし困った事が起きて、それがアナタの力でないと解決できないようだったら、緊急依頼が入る可能性があるわぁ」
早速、アヴィーから聞いていた話になった。
「緊急依頼や強制依頼については、ある程度聞いている。それは、どうしてもアルトリウスでなければ解決できない場合に限って、なんだな?」
私は軽い牽制も込めて、そう答える。仕事漬けは避けたいところだ。
「そうよぉ。いくらなんでも誰でもできるお仕事に、不慣れな新人ちゃんを呼び出したりはしないわぁ。その代わり、ど~~~しても必要な時は、諦めてお仕事してねぇ?」
「……わかった」
肯定しているようで、逆にきっちり念押しされた。ここは頷くしなかさそうだ。
「その場合はセイレちゃんがこっちに慣れてなくても強制になるから、そこは覚悟しておいて~? 例えば魔王城ダンジョンなんて~、魔王討伐メンバーじゃなきゃ、おちおち様子見にも行けないしねぇ」
いきなりとんでもない例えを出されてギョッとする。
「……私は転生してきたばかりで、戦闘経験もない素人なんだが? それを魔王城とかいう、明らかに最難関らしきダンジョンに潜らせるとか、無茶振りにも程がある」
思わず、真っ向から強く拒否していた。
レベル1の状態でラストダンジョンに直行しろとか、理不尽な王様でも言わないんじゃないか?
「別に、今すぐ行けとは言わないわよぉ。でも、先代のロゥナちゃんが魔王討伐メンバーだった関係で、セイレちゃんもダンジョン最奥まで階層ゲートで潜れるメンバーとして登録されてるの。そんであそこは、数年に一度は様子見にいかないと、外に魔物が溢れちゃってヤバいのよぉ」
最高神は肩を竦めて、多少は申し訳なさそうな表情をしつつも、決して言い分を取り下げようとはしなかった。
あの漫画の本編に関する話題がこんなふうに出て来て、私に直に関わってくるとは思わなかった。そして、物語の中だけでなくこの世界でも、魔王討伐は実際にあった出来事だと確定したようだ。
「だからと言って、私にこなせるとは思えないのだが」
「今はもう魔王がいない分、昔よりはマシよぉ? まあでも、ダンジョンの中にはまだ手強い魔物や魔族がいっぱいいて、下手な人員は派遣できないんだけどねぇ。だから、数年以内に最難関ダンジョンに行けるくらいに、日頃からよ~く魔法の訓練をしておいてねぇ~~」
果たして、彼の言う「下手な人員」の中には、「実践不足の新人」は入らないのだろうか。……入らないんだろうな、この様子だと。
アルトリウスとそれ以外の魔法神の能力は、そこまで隔絶しているのだろうか。
「……わかった。努力はする」
この謁見が終わったらできるだけ早く、魔法の訓練を始めよう。それで何とかなるかは不明だが。
(実際に魔王城に行く時には、おそらく討伐メンバーが集まるんだろうな。となれば、初恋相手や主人公と同行する事になるのか……)
できるだけ避けたいと思っていた彼らと、いずれ会う事が確定した。心中複雑だ。ファンであるからこそ、ストーカー行為は避けたいとか、戦闘で足を引っ張りたくないとか、色々と思うところがあるのだが……。
転生先が他のモブの立ち位置だったなら、もっと気楽にこの世界を楽しめただろうに。残念だが、こればかりはどうしようもない。
「それで二つ目は、守るべき法律と、それを破った場合の処置ねぇ。アタシの決めた法律って大まかには、『同族同士で極力ケンカしない』とか、『他種族に迷惑掛けない』とか、『男女平等』とか、そんな平和な感じなの~。詳しくは拠点の書庫に、法律に関する簡易まとめ本と、正式な法典全書の両方があるから~、簡易の方だけでも、目を通しておいてねぇ~」
納得の行かぬこちらを置いて、最高神はさっさと次の話題に移った。これもまた、来たばかりの私にとって、聞いておかねばならない大事な話である。
「わかった」
法律に関する本は、本拠地の書斎に備えられていたようだ。帰ったら早めに読んでおこう。詳細はともかく、基本だけは頭に入れておきたい。
「それでもし目に余るようなら、アタシが直々にオシオキするわぁ。最悪の場合は該当者から源創換器を奪って、当代を消滅させて解決する可能性もあるから、そこは承知しておいてねぇ」
良い笑顔で言い切られ、ゾッとする。帝神系列の神々はすべて、彼に生殺与奪の権利を握られているようだ。
だが抑止力は必要なのだろう。それがなければ神々の気まぐれで、世界を滅茶苦茶にされてしまう。
「アタシの権能で、配下のみんなから源創換器を一方的に奪えるように、予め仕掛けが施してあるの。アタシとしても、できればそんな手段取りたくないんだけど、……やり過ぎちゃった子には、どうしてもねぇ?」
「わかった。留意しておく」
あの漫画で読んで想像していたよりもずっと、最高神は物騒な側面があるようだ。多分、敵に回さなければ平和主義だというのは事実だろうが、敵に回した場合が厄介すぎる。
私は最初から法律違反するつもりなどなかったが、それでも改めて、身を正そうと思わされた。これも彼の狙い通りだろう。
「そうしてちょうだい。アタシもできれば平和にいきたいのよぉ。悪い子がいなきゃ、こんな脅しもしないで済むんだけどぉ。配下にはやんちゃな子もいるから、困っちゃってぇ」
うふふふ、と柔らかく微笑む最高神が、得体の知れない存在に見えた。
思えば彼は、一つの世界を統べる存在なのだ。ただの気のいいオネエである訳がなかった。
「今回は顔見せだけだから、他に聞きたい事がなければ、もう下がっていいわよぉ。まだ来たばっかりで慣れないでしょ~? 無理せずゆっくり、こちらに馴染んでいってちょうだい~」
思ったよりも短い時間で、顔見せは無事に終わった。
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