面倒臭がりの魔法神は、それでも恋をしている

アリカ

第1話 一方通行の恋

 その人の事ばかりが頭に浮かび、その人と恋ができたならと、ひたすらに夢想する。

 それが、私が初めて経験した「恋」だった。


 残念ながら、自覚したと同時に失恋したも同然である。何故ならその相手は漫画の登場人物だったのだ。

 架空のキャラである上に、性別が私と同じ男である。

 初恋の自覚と同時に、自分が同性愛者である可能性を突き付けられた。当時は混乱したものだ。

 結局は、家族にも友達にも打ち明けられず、秘匿した。そうして、他の誰かに新たな恋をする事もないままに時は流れ、二十代半ばで、私は独り身のままで、短い生涯を終えた。

 ……普通ならそこで話は終わる。だが奇妙な事に、私の意識にはその続きが存在した。

 異世界に、神として生まれ変わったのである。

 そしてその世界に何故か、前世で恋をした相手が実在しているらしいというオチがついた。


 ……これは普通なら嬉しいだろう。狂喜乱舞するかもしれない。

 ただ待って欲しい。生憎と私は内向的な性格なので、性別の壁を超えてまで恋を叶えようとする程の、情熱なんか持ち合わせていない。

 そもそも他人と恋をして、相手を幸せにできるような甲斐性がない。一人でいる方が気楽で、友達と遊びに出掛けるのも億劫に感じるような出不精だったのだ。

 それに取り柄もないし、何の面白味もない性格の私に、最愛の推しの恋人になる資格などない。(我ながら色々と拗らせているな)

 それに、こちらが一方的に存じ上げているだけで、彼は私の事など知りもしないのだ。これではストーカーではないか。


(前世から好きでしたとか、絶対に頭がおかしいと思われる)

 遠目にこっそり眺められるならそれだけで幸せなのだが、その行為も下手すればアウトである。なのでできるだけ、関わらない方針で行きたい。

 そもそも彼については漫画で読んだ情報しか知らないのだから、私の中で相手を勝手に偶像化している気がする。

 それに、恋の寿命は三年程度と聞いた事もある。他の誰かを好きになれなかっただけで、私の中でこの思いは、とっくに風化している可能性もある。

 むしろ、そうであって欲しい。恋愛なんて本で読むならともかく、生身で体験するのは面倒臭いのだ。


 ……そういった事情から、この世界にいる彼の姿を拝みに行って、自分の気持ちを確かめようなどとは思っていない。なにより私は、今それどころではない。

 天災で死んだと思ったら、いきなり漫画の世界に転生していたのだ。この世界で生きる為に覚えなければならない事が多すぎて、恋だの愛だのといった些事に煩わされている暇などないのである。…………ない、はずである。







 艶やかに煌めく銀の髪は、結ぶ程でないがやや長めのサラサラのストレート。吊り上がった大きな瞳は明るい水色をしており、宝石のように輝いている。肌は透き通るように白く、シミもホクロもシワも一つとしてない。

 まるで精巧な人形のように整った顔立ちの少年だ。中性的な容姿なので、人によっては性別を見間違えるかもしれない。

 服装は白いワイシャツに濃灰色のズボン、水色のベストに藍色の細いリボンネクタイ。足首まである長い白のローブとその上に纏った同色のマントには、金糸銀糸で豪華な模様が細やかに刺繍されている。ちなみにローブは両脇にスリットが入っており、動きを阻害しない仕様になっている。

 靴はクリーム色の革のショートブーツ。耳に雫型の青い宝石の小さなピアス、胸元には大きめの青い宝玉のペンダント。全体的に高品質で豪華そうな印象の衣装である。


 私は改めて、目の前の大きな鏡に映るその姿をじっくりと眺める。

(文句の付けようがない完成度だな)

 鏡に映る自分に見惚れるなんて、ナルシストのようだ。だがこればかりは断じて違う。これは単なる確認作業だ。自分が一体どんな姿に変化したのか、客観的に確かめているだけだ。

 正直、今の姿は美しすぎて、まるで自分とは思えない。もう少し地味な容姿で良かったのだが。

 しかしおそらくは、ここではこれが平均的な容姿なのだろう。逆にこれ以下では、悪い意味で目立ってしまいかねないのか。


(目立つのは嫌いだ。人付き合いも苦手だ。一人でいる方がよっぽど気楽だ)

 私はかなり、陰気で自分本位な性格をしている。そしてそれを自覚していて、特に変えるつもりもない。

 今もちらりと背後に控える存在に鏡越しに目をやって、またすぐに逸らす。実は同じ室内に、姿勢の良い立ち姿の青年が、ずっと控えているのである。それを徹底的に無視していたのだ。

(私の心が落ち着くまで、部屋に一人にしてくれればいいのに)

 心の中のモヤモヤが、溜息となって零れ落ちる。


 死んだと自覚した直後に別世界に転生したと言われても、普通ならパニックになって、まともに話が出来ないと思う。現に私だって、自分の死をすぐには受け入れられず、最初は夢かと思ったものだ。

 そんな私の混乱を無視するように、背後に控えている存在は淡々と、この世界の事を説明してくる。


 この世界は地球から派生した平行世界の一つ。「幻想界オクノーラ」。世界は違えど元は同じ星なので、この星は暦や時間が地球と同じになっている。

 この世界には人族の他に、神、精霊、魔族、魔物、妖精など、地球では架空の存在とされている様々な種族が暮らしている。

 そんな多様な種族の中でも神は特殊な存在で、通常の生物のような繁殖を行わない。

 不老不死の神に子は生まれない。代わりに神の権能を受け継ぐのは、素質を持った存在である。最高神リベランディーが、その時最も強い素質を持つ者を、平行世界の中から選び出し、その魂を呼び寄せるのだ。


(幻想界オクノーラ、最高神リベランディー。なんだか覚えのある名詞が出たな)

 雑音として聞き流していた青年の一方的な語りの中から、既視感のある単語が耳に残った。

 まさかまさかと思いながらも問いかける。

「……ちなみに、私の前に代替わりした神は?」

「十三年程前に、戦神アストラルタ様が代替わりしておりますな」

(うわ、マジか)

 その説明を聞いて、大好きだった漫画の名称だと気づいた。

 戦神アストラルタとは、漫画『空色戦線』の主人公だ。あの漫画は日本で平凡に暮らしていた主人公が、ある日いきなり転生させられ、戦神として魔王と戦えと言われるところから始まるのだ。

 私があの漫画を読み始めたのは、連載が開始した十三歳の頃だった。確か三年程は連載していたと思う。そして作中でも約三年が経過して、十二巻で魔王を倒して完結している。

 作中でも現実でも、あれから約十年が経っていると考えると、時間軸も大体一致するような気がしないでもない。

 だが、私はそれを聞いてますます、「これは夢だな」との確信を持った。

 よりによって初恋の人が出てくる漫画に転生するとか、都合が良すぎて現実味がなさすぎる。有り得ない。


「夢でももう少しリアリティーが欲しいな」

 あるいはいっそ、初恋の彼を目の前に出して欲しかった。そうしたら、思う存分愛でられるのに。

 私の声に応えてか、そこで容赦なく、こちらの頬を手袋をした指でギリギリと捻られた。とても痛い。

「夢の中でも痛い気分になる時はあるが、これは明確に痛すぎる」

 体を捻って手を払い、何とか青年から自分の頬を取り返す。頬を自分の手で抑える。やはり痛い。

「夢ではございませんので」

 ずっと冷徹な表情だった青年が、そこで初めて皮肉げに口元を歪め、微笑みのようなものを浮かべた。

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