第2話 世の中は金

(冷静に考えれば、不都合はないはずだ。例え今すぐ元の世界に戻れると言われても、あちらでは既に私は死んでいるんだ。神になるのもこの世界に初恋相手がいるのも、好都合であっても不都合はない……はずだ)

 そんなふうに、自分に強く言い聞かせる。これでも自分なりに冷静になろうと、必死に努力しているのだ。

 いつまでも現実逃避していても仕方ないのもわかっている。いい加減、これが夢ではないと仮定して、事態を把握しなければ。

 それには目の前のいる相手から詳しく話を聞くのが一番手っ取り早い。捻られた頬は痛いが、いつまでも鏡と睨めっこをして、現実逃避していた私も悪い。ここらで気持ちを切り替えて、本格的な情報収集をすべきだろう。


「まず、この世界が地球の平行世界だって言っていたか?」

 謎の青年に向き合う。

 現実逃避で聞き流していた、彼が語った内容を思い出しながら、気になる部分を訊ねてみる。

 ファンタジーやSFの創作物で良くある平行世界の設定は、何らかのきっかけで本来の歴史とは異なる出来事が起こると、世界そのものが分岐して、そこから違う世界として、独立して増えていく感じだったろうか?

「はい。この世界の成り立ちの起源は地球であると、最高神様が仰っておられます。また、次代の神として転生してくる魂もすべて、地球もしくはその平行世界の出身であるとの事ですな。……貴方の暮らしていた世界が、この世界の元となった地球と同一かどうかはわかりませんが。平行世界は沢山あり、似通っていて区別が付かない世界も多いとの事ですので」

 肝心の説明は、「最高神のお言葉は絶対」的な返答で、ざっくりと済まされてしまった。

「うーん。最高神の言葉ならば、疑う余地はない、か……」

 まあ、詳しい理論を説明されても私に理解できたかわからないし、疑問は他にも沢山あるのだから、それだけに拘っていられないか。




「少し落ち着かれたようですので、改めて自己紹介をさせて頂きます。私の名はアヴィー。魔法神アルトリウスの眷属です」

 今更と言えば今更だが、目の前の青年が改めて、優雅な一礼と共に自己紹介をしてきた。

 ……そういえばここに来た当初は混乱していて、その名前すらまともに聞いていなかった。

 彼、アヴィーは魔法神アルトリウス眷属として執事をしているそうだ。また、私達が今いる石造りの洋館(アルトリウスの拠点だそうだ)の管理もしているという。

 そこで改めて、相手の姿をまじまじと眺めた。

 彼は淡い青の髪に澄んだ青の瞳と白い肌をした、長身の青年だった。服装は黒の燕尾服。白いワイシャツに黒いズボン、銀灰色のベスト、黒銀のネクタイに青い宝石のタイピン、黒の革靴、白手袋。

 とても高級そうな服の、如何にも執事っぽい恰好だ。そしてそれが似合う美形である。


(そういえば、漫画にも脇役として、少しだけ登場していたか)

 彼がアルトリウスの眷属として、漫画に出ていたのを思い出す。二次元のイラストと三次元の生身の違いもあって、すぐには気づけなかった。

 それにしても、私のいた世界にあの漫画が存在した理由がわからない。多分、この世界の住人は、漫画の事を知らないのでは? もし知っていたなら、真っ先に言及しただろうし。

(アヴィーも言っていたが、私のいた地球と、この世界の元になった地球は違うのか? あるいは最高神が漫画を元にして、この世界を作った?)

 推論しようにも、情報が少なすぎてわからない事だらけだ。漫画の事をアヴィーに伝えるべきか迷ったが、結局は言わずにおいた。自分のプライベートな情報を、知り合ったばかりの相手に渡すのは躊躇われたのだ。


「貴方の先代に当たられる方の名は、ロゥナ・アルトリウス様と申します。八百年程の期間、神として存在しておられました。ロゥナ様は魔法神の中で最強格の実力の持ち主でしたな」

 実は魔法神アルトリウスは、漫画でも魔王討伐メンバーの一人だった。つまり主要キャラの一人だったので、私も良く覚えている。白い髪に白い髭、銀の瞳の老人の姿をしていた。

 そういえば彼は漫画の中で、永く生きるのに疲れたと発言していた。ストーリーの終わり辺りで、「そろそろ次代に権能を引き継ぎたい」という台詞もあった。

 私が今この世界にいるのは、その代替わりが行われた結果なのだろう。……という事は、これからは私が、当代の魔法神アルトリウスという事になるのか……? まるで実感が湧かないな。



「ロゥナ様は魔道具作り、魔法薬作り、錬金術などの様々な分野に精通されておりましたので、それらの品物を作る事で多大な現金収入を得ておりました」

「現金収入? え、もしかして神でも、金がないと生きていけないのか?」

 その言葉に、私はつい落胆してしまった。

(漫画では魔王討伐がメインで、神々がどうやって生活しているか、細かい描写はなかったからな……。まさか神なのに働かなければならないとは。予想外だ)

 どうせなら悠々自適に暮らしたかったのだが、それは叶わぬ願いのようだ。

「そうですな。生活に必要な物の殆どは、神力で自作できるでしょう。ただし食料は、自然に作られたものの方が味が良く、神力の回復も早くなりますので、これだけは神力で作ったものは、避けた方がよろしいかと。また他にも、魔道具や魔法薬などを作る時に、特殊な素材が必要となる場合もございます」

「大抵の物ならば、神力で自作できる?」

 どうやら神力というのは、随分と便利な力なようだ。本当にそんな不思議な力を、自分が使えるようになっているのだろうか。


「今いる館は最高神様から代々のアルトリウスに与えられたものなので、存在を固定されておりますが、箱庭内にはこの館の他にも、ロゥナ様の手で倉庫や別荘などが創られ、今も残されております。貴方も望めばご自身の手で、好みの住居を作成可能です」

「箱庭というのは?」

 聞き慣れない単語が出てきた。漫画にはそんな名称は出てこなかった気がする。

「最高神様から神々に個別に与えられる、結界内の所領です。結界内部の空間を大きくしたり、建物や庭や畑などの様々な施設を個人の好みに応じて整えられる、特殊な空間となります」

 アヴィーの説明によると、神々は随分とチートかつ優雅な暮らしをしているようだ。自由に作り込む事のできる空間を個別に与えられ、食物や特殊素材以外のものは大体が、自力で作成可能らしい。

 つまり私も、食事代+α程度の金額さえ稼げれば問題ないという事か? それなら意外と、快適な生活が送れそうな気がする。

 その食料だって、自分の箱庭内に畑を作れば、ある程度の自給自足も可能だろう。……まあ畑仕事なんて手間が掛かって面倒臭そうだから、他に金を稼ぐ当てがあるならば、自分ではわざわざやらなさそうではあるが。


「ところで、どうやって金を稼げばいいんだ? 私は先代と違って専門知識もないし、物覚えも良くないぞ。それに手先も不器用で、取り柄などないんだが」

 先代のロゥナ氏はとても多才だったようだが、私は違うのだ。金を稼ぐ才能などない。異世界転生物の小説だと大抵は、主人公が何らかの特技や取り柄を持っていて、それを使って活躍するものだが、……生憎と私には、それらしい特技など、まるで思い当たらない。

「先代の遺産が残っておりますので、贅沢をしなければ千年程は、問題なく過ごせるかと」

 とりあえず当面の生活費は問題ないと知って、一気に肩の荷が下りた。別に贅沢できなくても、普通に暮らせればいいのだ。

「そうなのか。それは良かった。……とはいえ、先代の遺産を食い潰すだけというのも申し訳ないか。それに資産は有限なのだから、いつかは尽きる。私も自分の食い扶持くらいは稼げるようにならないとな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る