Lost World.

フェイジ

プロローグ「久遠からの招待」

 ・・・どこだ。ここは。

 いつのまにか知らない場所に立っている。

 真っ暗闇で明かりのひとつもない空間。

 足先から伝わる感触的にどこか地面の上へは立っているらしい。

 ここは一体・・・再び心の中でそう己に問いかけようとした時。


「お目覚めになられたようですねぇ」


 思いがけぬ返答に一瞬、体が強張こわばってしまう。

 様々な考えが瞬く間に浮かんでは消えていき、頭が混乱しそうになる。


「まぁまぁそう緊張なさらずに。こちらへどうぞ」


 パチンッと何かを鳴らすような小気味良い音が響くと、それまで見えていなかったものが目に映った。


 真っ白なテーブルとそれに合わせてこしらえられたようなイスがふたつ。

 うちのひとつには肩まで伸びた黒い長髪の人物が腰掛けており、テーブルの上でティーセットらしきものに触れていた。


 先の声はおそらくテーブルに着いている者からだろう。

 色々とまだ疑問はあるが、このままここに立っていても何もわからないままだ。

 そうして恐る恐る、先客が腰掛けている席へと同席する。


「紅茶でよろしいですかな?」


 小さく首を縦に振る。


「それは上々」


 先程までは少し混乱していてわからなかったが、目の前にいる人物はその低い声色から男性であるらしかった。

 よく見ると肩幅もそれなりに広く、顔にはレトロな装飾デザインの眼鏡がかけられている。

 服装は仕立ての良い白を基調としたスーツを着こなしており、男女問わずに好印象を与えてきそうな魅力ある人物だと初見であれば思うことだっただろう。


 こういうよくわからない状況でなければ・・・だが。


 そうこう彼を観察してる間にティーカップの中身がふたつ、色をつけていた。

 そしてそのうち、ひとつのカップがこちらへと差し出される。

 白無地で華美な装飾のないシンプルな見た目だが、安物には見えない。

 そう感じながら差し出されたカップを受け取ろうと手を伸ばした瞬間。


「あー失敬」

わたくしとしたことがミルクも砂糖も切らしていたことを失念しておりました」

「まことに失敬失敬」


 そうして彼はわざとらしく手を額に当てて、天を仰ぐように「しまった」というポーズを取っている。

 こちらからするとその程度のことかと気が抜けそうになってしまったが、逆に少し気を落ち着けるきっかけにはなってくれた。


 差し出されたカップを改めて受け取ると、中には薄いオレンジ色の液体を通して己の姿が映し出されている。

 顔まで覆うように深く、ボロボロのローブを被っている自分。

 こんなものを自分は身に着けていたか?いや、そんなことよりも自分は姿だったか?これは一体なんなんだ?

 ようやく落ち着けたと思ったのも束の間、再び浮かんだ疑問符に頭が埋め尽くされそうになる。


「うーむ・・・やはりまだ混乱されているようですねぇ」

「まぁそれを解消するためにわたくしがいる訳ですが」

「まぁ、なんにしても一度、紅茶それに手をつけて落ち着かれてみては?」


 そうだ。確かに色々と聞きたいことが山ほどある。

 まずはここがどこなのか聞くべきだ、そう問いを投げようとして。


「あー・・・だからまずは落ち着いて落ち着いて。紅茶も冷めると不味いですから」

わたくしは軽薄な男ではありますが、紅茶の腕にはそれなりに自身がありましてねぇ」

「ただ、こんな場所で他に友人の一人もおりませんから、どれだけ美味い紅茶を淹れても飲んでくれるのは自分一人だけ」

「寂しいものでしょう?貴方のように誰かがここへいる時間というものはとても得難いものなのですよ」

「ゆえに一杯。色々と聞きたいことを聞く前に紅茶の感想でも飲んで聞かせてください」

「なぁに美味いか不味いかその程度の感想で十分ですよ。凝った評は別に要りません」

「それに・・・」


 それまで饒舌に、流水のように止め処なく一人語っていた彼がこれまたわざとらしく咳払いをする。


転送フライトが本格的に始まるまではまだまだ時間的に猶予もあります」

「それまでにじっくりと、貴方の今の状況とこれから何をすべきかをお伝えして参りますから」


 そう呟いた彼の口元は緩やかな半月型に弧を描いており、視線は不自然な眼鏡の反射光によってよく見えずに輝いていた。


 少し不穏な表情の変化に内心、不安を覚える。


「あーあーそんなそんなご心配なさらずに」

「なにも難しいこと・・・ではまぁありますが、していただきたいこと、それ自体は至って単純シンプルですので」


 一体、何をさせるというのか?

 それ以前に何を言い出すつもりなのだろうか。


「なに、というやつですよ」

「貴方にはこれから異世界であろう地へ渡っていただいて、そこで、あるいは世界を直していただきたいのですよ」


 ・・・なにを言っているのだろうか?


「・・・ふむ。そういう反応リアクションになるだろうとは予測しておりました」

「別に聞き流していただいて構いませんよ。どうせ

「一応は案内役として説明義務がありますので、お伝えしているまで」

転送フライトが終われば嫌でも彼の地へ向かうこととなるのですから」

 

 ・・・こちらの反応は予測していたらしいが、当の説明されている本人は何もわからずじまいだ。

 要はという程度の話にも聞こえる。

 世界の再生とかなんとか言っていたが、それを自分にさせるつもり・・・なのだろうか?

 話の主語、それの規模が大きすぎてまったくついていけない。

 夢でも見ているような感覚だ。


「・・・ああっとお伝えし忘れるところでした」

「重要な点が2点ほど」

「ひとつはを見つけること」

「もうひとつはを見つけること」

「これがまぁ世界再生のカギだそうで。そのあたりの見極めに関しては貴方に全て担っていただくこととなります」


 話半分に聞き流しながら、ティーカップを口元へ運び傾ける。

 ほんのりと口全体に花の香りが広がり、熱い液体が心地よく喉元を過ぎてゆく。

 ・・・少し安心したせいか眠気を覚える。

 このまま瞼を閉じてしまいたい気分になってくる。


「フフフ、構いませんよ。起こさないでおきますので」


 その言葉に甘え、完全に瞼を閉じて意識を手放す。

 椅子に座った状態だというのに、まるでやわらかいベッドで横になっているかのような気分だ。

 夢でも見ているような・・・


「えぇえぇ起こしませんとも」

「完全に転送フライトが終わってからも、ね・・・」


 そう長髪の男が呟くと同時に。

 暗闇の中にあった空間が光で溢れ、埋め尽くされて消失していった。


 そうして始まるのだ。

 ただただ、落ちゆく絶望から始まる再生の旅が。




───

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