第11話



燈に名前で呼ぶように頼んでから数日経った。ちなみに、この名前呼びは由良に仲良しアピールをする為に始めたことだ。その効果はもう抜群で、俺の予想を超えるくらいに効いていた。登校している時に燈に名前を呼ばれたのだが、ちょうど由良もいて俺の名前を燈が呼んだ瞬間、ものすごい勢いでこちらを凝視してきたので勝ち誇ったように由良を見て笑ってやった。すると、由良は恨めしそうな顔をしていて気分がよかった。愉悦とはこういうことか。

でも、楽しいことばかりではなかった。

名前を呼ばれるのなんてアイや結城に呼ばれ慣れているから、燈に呼ばれても平気だろうと思っていた。だけど、俺の名前を燈が口にする度に、悪寒に極めて似た何かが身体中を駆け巡る。でも、決して不快感とかそういう悪い感覚とかは一切含まれていないその見覚えない感覚に困っていた。

けれども、これから何度も呼ばれるから徐々に慣れていくだろうと楽観的にも考えていた。今はまだちょっと呼ばれ慣れてないだけだと。



「一輝。これさ……」


「「一輝!?」」


「まぁ!あらやだ聞きましたぁ?ハル子さん?」


「シマ子さん、聞きましたわ!」


「……何そのテンション……」


「な、なんだよ……」


「オレらが知らないとこで、ぐぅっと!!距離を!!詰められたようで!」


「友達なら、普通だろ?」


「え?オレ達は友達じゃないと?」


「そうなの?」


「名前を呼ぶくらい好きにしたらいいのに……」


「……」


「何か言いたげにこっちを見るな、燈」


「え?何?なんのこと?」


「いや、なんでも……」


「まぁた仲間外れ!!」


「ホントに気にしなくてもいいことだから。とりあえず、落ち着け二人とも」



燈の口から俺の名前が呼ばれた瞬間の二人はリアルに飛び上がりながら驚いていた。

そんなに驚かれると思っていなかったし、それに対して羨ましがられるとも思ってもいなかったから別に名前呼びくらい好きにしたらとそう伝えた。燈は何故か不満そうな顔をしていたが、特に何かを言ってくることはなくて代わりにお菓子を要求された。

鞄から燈が好きなお菓子を出して渡すと途端に上機嫌になり食べ始めた。その変わり身の速さが面白くてまた別のお菓子を渡した。



「一輝!」


「ん?何?ミハル」


「別に呼んでみただけ!」


「バカップルか」


「よく考えなくても一人だけ苗字呼びだったからね!」


「あれ?オレは?」


「シマは……呼び慣れちゃったから!」


「んふ。シマ呼び継続?」


「継続!」


「まぁ、確かにシマは見た目からシマって見た目してるよね」


「……、いやぁ?」


「出たよ。お……一輝の謎理論!理由のない根拠もないよくわからんヤツ!」


「シマ顔って、何?」



そのタイミングでチャイムが鳴った。

燈とミハルは自分達の席へと戻っていき、シマは「シマ顔ってどゆこと?」と言いながら前を向いた。

暫くして、担任が数分遅れてやってきて授業が始まった。頬杖をついて早く休み時間にならないかと意識を何処かに飛ばしかけた時だ。



「今日は勉強はしないぞ!そのかわりに体育祭について話し合うぞ!」


「よし!」


「おい、そこ喜ぶな!」


「喜んでないっすよ、気のせいっすよ」


「そうか?それならいいが。じゃ、お前らは初めての体育祭だから色々説明するからよく聞いとけよ。体育祭は三日にわたり行われる!ウチの高校の体育祭はクラス対抗のスポーツ大会だ!様々なスポーツをトーナメント方式で対戦する!どのクラスと対戦するかは体育祭当日までわからないからな!一年同士が対戦することもあるし、上級生とも対戦することもあるが遠慮はいらんからな!何故なら優勝したらご褒美もあるから気合いいれろ!ま、聞いた通りかなり大変だが、程々に頑張れ!」


「……めんど」


「ゲームしてようぜ」


「いいね」


「体育祭で行う競技はバレー、サッカー、バスケ、綱引きだ!これから、誰がどの競技に出るのか今から話し合って決めてもらう!あ、綱引きは体育祭最終日に全員強制参加だからな!あとはクラスTシャツもどういうデザインがいいのか決めてもらうぞ。ってことで、ここからの進行は委員長に任せた!」


「全部生徒任せか……」


「クラスTシャツは姉ちゃんから聞いた時あるわ。Tシャツに好きな数字と文字を入れられるって」


「でも、デザインはクラスのみんなで決めるんだろ?」


「みんなって言うか……クラスで権力持ってる奴らが、な……」


「言い忘れてたことがあったな!バスケ部がバスケに出ちゃ駄目とかってルールはないから自分が得意な競技を自由に選んでくれてかまわないからな!」



そうは言われてもどのスポーツもやりたくないし補欠要員として登録されたい。

そして、あわよくば教室でサボっていたい。

前の席にいるシマもそう思っていたのか、当日何のゲームを持ってきて遊ぶかと言ってきた。持つべきものはゲーム仲間だなと思っていると、俺達の思惑に気づいたらしい担任にご褒美と言う名の人参を垂らされた。



「ちなみに、さっき言ったご褒美は俺が購買で奢る。一人一個までだけど。先生のお財布と相談したらこれが限界だから許せ!」


「それは……ちょっと、揺らぐな」


「一輝?揺らいじゃうの?嘘だろ……」


「購買にあるパンで普段は高くて買えないパンがあるんだ」


「いつものメロンパンじゃダメなん?」


「ダメじゃない。メロンパンも美味いし何一つ悪いとこない最高のパンだ。でも、あのパンは……」


「ちなみにどれのこと?」


「ギンギラギンに輝いてるパン」


「……あー!あれね。確かに高い。あれなんであんな高いの?」


「パンの周りをチョコでコーティングしててさらにパンの中には生クリームが入ってるから高い」


「うぇ……聞いただけで吐き気が……」


「なんでさ。美味いのに」


「一輝は甘党だからわからんだろ。そりゃ、高いわ」


「ん」



毎日、購買で買って食べてる人間から見たらそのパンはなかなかに手を出しづらい値段をしている。

だけど、担任が奢ってくれるなら遠慮なく二度目の実食をさせていただこう。

少しだけやる気が出てきた俺を見たシマも「じゃ、オレもちょっと頑張ろっかな」とサッカーに立候補していた。

中学でサッカー部だったシマがサッカーを選んだということがどういう意味か瞬時に理解したミハルはバスケを選んでいた。

さて、俺はどれにしようかと悩んでいたら進行役の委員長に「及川くんはバスケね」と言われた。



「え?なんで?」


「ゆきくんが」


「結城が?」


「一輝はバスケにしてって言われたから」


「アイツ、いつの間に……まぁ、それでいいや」


「りょーかい」



中学の時は結城が部活ない日とか一緒にバスケをしていたから他の競技より出来ると言えば出来る。結城の勝手さと無駄にある行動力に呆れながら、あとで文句を言いにいこうと決めた。

ちょうどその時に燈もバスケを選んだ声が聞こえてそっちを見ると目があった。



「……?(ど、し、た?)」


「……」



音に出すことなく口の動きだけでそう聞くも燈はジッと俺を見るだけで特に何も反応しなかった。数十秒の見つ合いをしてから燈は前を向いてしまった。後で燈に聞けばいいかと俺も委員長の話を真面目に聞く。

順調に誰がどの競技に出るのか決まっていって、今はクラスTシャツをどれにするかを話し合いになっていたが、俺とシマはその輪に入らずに別の話題で盛り上がっていた。



「いやー、まさかマグマに落ちたあのキャラが生きてるとはね、誰も思わんよね」


「そもそも、あのキャラにそこまでの力があったなんて誰が想像出来た?俺は出来なかった。喋り方とか噛ませ犬みたいなキャラだったじゃん」


「な!しかも、作中最強だったとか……ズリーよ!先生!」


「でも、今思えば伏線はいっぱいあった」


「あったか?オレ的には急に設定を追加された感があってあれなんだけど」


「あったけど、あのキャラの噛ませっぽい雰囲気のせいで説得力がなかっただけで……」


「ちょっとそこの二人ー!話し合いに参加して!」


「オレは赤だったらなんでもいいです!」

「前に同じ」


「もう!そういうことじゃないんだけどな……足並みを揃えるのも大事だし……それに単行本派の僕のことも考えて話して話して欲しいな……。それ、今週の本誌の内容じゃない?」


「あ……それはごめん」


「ネタバレしちゃったか」


「ネタバレしちゃったな……」


「お!そうだ!言い忘れてたけど、もし先輩方とクラスTシャツのデザインが被ったら先輩方に譲らなきゃいけないからな」


「ずっり!」


「まぁまぁ、仕方ない!だから、被ったらまた選び直しだからデザインの候補に何個か選んどいたらいいぞ!」



時間いっぱい話し合った結果、ドギツイ蛍光ピンクのTシャツが第一候補となった。

俺とシマは先輩達と被れと必死に祈った。

何故なら、第二候補は真っ赤なTシャツで第一候補より好みだったからだ。

明日になれば、先輩達と被っていたのかいないのかわかるらしい。

シマと二人でピンク回避してたらいいなと言いながら、次の授業の準備を始めた。












午前中の授業は終わり昼食の時間となった。

俺達はみんな弁当は持って来ない派の集まりだから、購買で買って食べるから教室では食べずに購買がある二階の広いホールでいつも昼食を食べていた。定位置となった窓際の席を確保した後に購買に行き、人がギチギチといる中でお気に入りのメロンパンをどうにか確保して定位置へと戻った。俺が座って待っているとすぐに他の三人もご飯を確保して戻ってきた。

けれども、何故か三人は少し元気が無くなっていた。



「購買、混みすぎー!」


「それな!」


「しょうがないべ。購買のおばちゃんは一人しかいないんだし」


「それはマジ感謝してるけども!」


「カレー食べたかった!」


「今日も取られた?」


「柔道部のガタイいい人に取られた……」


「この世は弱肉強食だな……」


「世は無情よ……」


「二人はいつも通りだね!」


「ん。メロンパンとミルクティー」


「ん~、甘ーい!」


「せめて、どっちかは甘くなくしない?」


「やだ」


「!!んんッ!」


「大丈夫?燈?」


「だい、じょうぶ……」


「燈もクリームパンに抹茶ラテ……」


「ここら辺、甘い匂いですごいんだけど」


「それはすまん」


「これがホントの飯テロ」


「オレにとってはガチでテロだわ」



30分以上ある昼休みをぐだぐだと話しながら食べる時間に費やした。

シマとミハルは早々に食い終わり、ゲームをし始めていたから、食べるのが遅い俺と燈はアドバイスやら茶々を入れながら見ていた。

食べ終わると四人で対戦を始めて、時間を忘れて楽しんだ。

あれだけ人がいたホールが、気づけば人が疎になっていた。



「そろそろ戻るか」


「だね!」


「次、国語やん!午後一の国語寝るんだが!」


「寝るな。だから、テストで50点になるんだよ……」


「55点に言われたくないし」


「は?」


「じゃ、俺が言おうか?」


「うっ、一輝はッ……!光り輝く98点が背後に見えるッ……」


「常日頃から真面目に授業受けて勉強したら誰だってこの点数になる」


「うぇ……」


「それに、俺が教えるの少し楽になるから」


「頑張りまーす!」


「はい!先生!」


「それはそう。でも、善処します」


「返事はいいな。燈のその返事は頑張る気ないだろ」



話しながら教室に向かって歩いていたらいつの間にか教室の前に来ていた。

先頭にいた俺が先に教室へと視線を向けると見たくもない光景が目に入った。

それを見た瞬間、これは燈には見せてはいけないと思って、くるりと身を翻して後ろを向き燈と向き合った。

シマとミハルは俺を見てすぐに教室の中を確認していた。教室の中を見た2人は大量のカメムシを見た時と一緒の顔していた。多分、俺も同じ顔をしていたと思う。

燈も見ようとしていたが、俺自身が壁となり立ちはだかって邪魔をした。すると、燈は仲間外れにされたと思ったのか顔がムスッと剥れてしまった。そんな燈の両肩を掴んで教室を見ようと動き回るのを無理矢理やめさせた。真正面から見つめ合う形になった途端に、人と目を合わせることが苦手な燈は顔を赤くして挙動が不審になった。

その反応に申し訳なく思いながらも、これは燈を傷つけない為だとそのままの体勢で話し始めた。



「燈」


「え、なになに?真顔だし、怖いし近い……」


「付き合ってくれない?」


「……へ」


「購買まで」



あれだけ騒ついていた廊下は俺が話し出した途端に静かになった、ような気がした。

でも、それを確認している時間すら惜しいと燈の返事を聞かずに手を掴んで来た道を戻る。

早くこの場から離れないといけない。

じゃないと、好きな人が彼女と乳繰り合っているのを燈が目撃してしまう。……恋人がいて舞い上がるのはわかるがTPOは弁えてほしいものだ。そんなの見たくもない光景一位になるくらい嫌なものだろう。由良やリナのことを好いてはいない俺が見てもダメージが入ったから燈が見たら……

これ以上傷つく燈を見たくない一心で購買に急いだ。

それしか、頭にない俺は燈がどんな表情をしているのかなんて確認することなく階段を降りる。抵抗されないのを不思議に思っていると、さっきまで握られているだけだった燈の手に力が入って握り返された。

その時に気づいた。

いつも低体温な燈の手が驚くほど暖かくなっていた。

だけど、そうなる理由には心当たりがある。

せっかく教室まで来たのにすぐに引き返して購買のある二階まで戻ることになり、普段動かない燈にとってはこれはもう運動と言っても過言ではない筈だ。それで身体が熱くなってしまったのだろう。

購買のある二階に着いたらお詫びにジュースを奢ろうと足を早めた。









おまけ

それぞれの食事風景




卒業までに購買に売っている物を全て食べる(甘い物は除く)と宣言したシマとミハルは毎日違う物を食べている。

シマは今日はおにぎり5個に渋いお茶、ミハルはカレーパン、オム焼きそばパンに牛乳にしたらしい。

ちゃっかりしてるシマはあの人でごちゃごちゃしている中で5個のおにぎりの具を被らせていない。流石だなと感心しながら、メロンパンをゆっくり味わいながら食べる。

一口がデカいミハルはもう食べ終わってまた購買に何か買いに行ってしまった。

燈と俺は食べるのが亀並みに遅いが食べ終わるのが早い二人に急かされないのをいい事にゆっくりと食べていた。

メロンパンを齧り、ミルクティーを飲むこの瞬間が至福の時だ。

そうやって午前の疲れを癒やしていると、軽く脚に何かが当たった。隣を見ると燈が「脚が長くて、そり」と謝ってきた。どうやら、燈が脚を組もうと動かしたら隣に座っていた俺の脚にぶつかったみたいだった。俺は気にしてないと無言で首を振ってまた食べることに集中しようとした。

だが、ふとパンを食べている燈が目に入った。普段の大雑把さとは正反対に食べる時はちまちまとした小口になる姿はハムスターを思い出させる食べ方で微笑ましく見ていると、その視線に気づいた燈が俺を睨みながらクリームパンをさっと隠した。

俺がクリームパンを欲しがっていると燈が勘違いしたらしい。すぐに勘違いだと伝えると安心したのかまたクリームパンを食べ始めた。

それを見て俺もまだ食べている途中だったとメロンパンに食らいつこうとした。だけど、横から熱視線を感じて食らいつくギリギリで止めた。

視線の主は言わずもがな燈で、今度は燈が俺を、いや、正確には俺が持っているメロンパンに釘付けになっていた。燈の目には聞かなくてもわかるほど「メロンパンが食べたい」と言っていた。まぁ、燈の一口ならいいかと無言でメロンパンを差し出すとこちらも無言で一口食べた。満足そうに頷いてる姿にもういらないと勝手に判断して俺も食べようとしたらメロンパンを持っている手を引っ張られて燈にまた食べられてしまった。

まだ食べ足りなかったらしい。

俺は抗うことなく燈の気がすむまで好きに食べさせた。

そんな俺達を見るシマは苦虫を噛み潰したような顔して「ご馳走様だわ」と言われて5個目のおにぎりを食べている最中だったから意味がわからず聞くも答えてはくれなかった。



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