第44話 魔王様は激怒する

「お力終え、感謝する」

 そう言って、大将マクシミリアーノ=ペカルスキーは、かなり引きつった顔で礼を言う。


「ああいえ、すみません。怪我をした兵がいれば治療いたしますので連れてきてください」

 永礼の頭を押さえつけて、詫びをさせながら与野が話をする。


 壊滅状態の戦場。


 だがそこから、怪我を負ったものの逃げ出した魔人族が居た。


 俺達と主に、アキンダリアへ向かい、そこを拠点に復興を始める。


 セコンディーナ王国としても、此処が防衛戦となる。

 今までの、獣人の町から、急速に人の町へと変わっていく。


 近くから、木材を切り出し、永礼君の努力によって乾燥され製材される。


 木は乾燥させないと、仮に家を建てても、乾燥と共に歪み縮み割れる。


「おおい、兄ちゃんこっちだ」

 丸太を担いでゴリラ…… いや業力が、うっほうっほと走り回る。

 向きを変える度に、職人が何人か木材にぶち当たり、ぶっ飛ばされて飛んで行く。


 そんな中で、武神になぜか睨まれる。



 付き合う気も無かったが、委員長からたのまれて彼女をこそっとセフレのように扱っていたらしい。


「久々にどうだ?」

 そう聞かれて、いつもなら嬉しそうに、恥ずかしそうに彼女はてれてれとしながら、うんと答えていた。


 なのに、今回はなぜか冷たい目を向けられた。

 そう彼には理解できない。


「やだ。今は大事な人がいるから。もう相手はしません」

 きっぱりと、断られる。


 移動の時にも、武神と竜司、そして俺、霧霞 悠人は同じグループにいるから、委員長の立ち位置は、俺側に少し寄っていたが、新参者なので、みゆきの横辺りになる。


 だから気がつかなかった。

 委員長のチラ見が、一メートルほど横に寄っただけだ。

 


 失うと、特に興味が無くとも、惜しくなるときがある。

 そう世に言う、ネトラレ……

 他人に盗られると、急に惜しくなるあれだ。


 武神もまああれだ、彼女のことは本気じゃ無かったし、べちゅに気にしないさぁ…… うがあぁ。

 となって、ある日余興のように、俺につっかかってきた。


 だがまあ、周りは皆覚えていた。

 転移してきたとき、訓練中に隊長が瞬殺されていた日々。


 武神もこちらへ来て、修羅の道を進み、強くなった。

 だが、所詮は多少の基本剣技と体術。


 霧霞家に伝わる、一子相伝のわざとは違う。


 復興の中、余興として始まるその戦いは、地獄の様相を見せる暇などなく、瞬殺。


 皆から、集まっていた武神の威厳まで失うことになる。


 そう彼は自分自身ですべてを捨てた。

 ちっぽけな焼き餅で……


「それじゃあ開始。怪我はさせるなよ」

 力の無い、与野のかけ声で勝負は始まる。


 強力な魔法は無し、武器無し、おのれの力のみと言うルール。


 暇をしていた、職人さんや、兵まで集まり、以外と盛り上がる。

 近くで、八重たちが、ソーマと焼き鳥? 謎の串焼きを売り、盛り上がっている。


 古川 竜司は語る。

「けっ、ガキが」

「でも興味あるでしょ」

 美咲に聞かれ。

「まあな」

 と答える。


 実際、竜司は武神を通じて、力の差を見たいと思っていた。

 俺が強いことは知っている。

 素人とは違う、武術。

 本物の強さ。


 だが、この数年で、自分たちも修羅の道を歩んで、自身は付いていた。

 竜司の場合、喧嘩という下地があり、俺のやばさは理解していた。


 立ち会い、次の瞬間に躊躇なく関節を決め、無表情で相手を壊す。

 盗賊との戦闘の中で、幾度もそれを間近で見た。


 だけどそれを見て盗み、自分の中でそれを理解して、自分の物としてきた。

 それは、武神も同じ。

 勇者としての、チート能力は成長をして、皆強くなった。


 多少はそれを思った。

 だが、素人の成長と、達人の成長は、時間軸が違う。

 遠回りせず、必要なものだけを突き詰める。


 いま、かけ声で武神が動き始め、周りの兵達からすると、体がかすむようなスピード。


 悠人は棒立ちで、それを迎える。

 だが、一瞬で武神は地面を滑っていく。


「「「「はっ?」」」」

「一体何があった?」

 見ていた皆が思った。


 武神は悠人を捕まえに行った。

 その手を捕まえ、体を開きながら、武神のつま先を踏んだ。

 それだけだ。


 見ていたものは、悠人が武神の突進を、躱しただけにしか見えなかった。


 武神自身も、躓いたとしか認識していない。


「すまん。勢いが付きすぎた」

 そう言って、肩を揺らし、近寄り投げられた。


 合気道で言う、呼吸投げだろうか?

 そう、組み合うと思った瞬間に投げられる。


 周りの兵から、驚く声が聞こえる。

 幾度も挑戦するが、組むことさえできず、武神も打撃に切り替える。

 だが、すべてが投げられ、疲ればかりが蓄積していく。


 気がつけば、悠人の足元に、円が描かれている。

 そうほとんど動いていない。


「卑怯だぞぉ」

 それが、最後だった。


 数十に及ぶ投げ技、そして今、当て身が繰り出された。

 簡単に投げられるというなら、重心は崩されている。


 防御はできず、筋肉が緩んだ状態で、パンチを受ける。

 その苦しみは……


「ごはあぁ」

 そう、パンチを受けて、空気を吐き出してしまった。

「うぐっ」

 足に来たのか、それだけで武神は立てなくなってしまった。


「終わりだな」

 興味なさそうに、与野が宣言をする。


 まだ、武神は立てない様で、自分の足をつねっている。


 その後、兵達からたのまれて、悠人は体術を教える羽目になる。



 そんな平和な時間は、長くなく、報告を受けた魔王は、怒り狂う。

「わしが行く。人間どもめ、殲滅してやる……」

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