隣にいるのは……

烏目 ヒツキ

不思議な家

家の裏にあるもの

 ボク――中井ハルトの住む町は、田舎だ。

 山と海に挟まれた田舎町で、それなりに色々な店がある。

 不便なところも多いけど、住むにはピッタリな場所だと自負している。


 事故はともかくとして、事件や災害などは滅多に起こらない。

 良くも悪くも、自然に恵まれている場所なので、人と人との距離も近いのだ。


 ある日、こんな田舎町だというのに、災害が起きた。


「おわぁぁ!」


 学校に行こうと思った矢先、玄関の扉を開ければ、足元は水浸し。

 アスファルトは濁った水でいっぱいになり、底が見えなかった。

 ボクの家は、玄関を出ると三段の段差がある。

 この段差が、三つとも埋まっていた。


 高さは、たぶん40cm前後。

 耳を澄ませると、チャプチャプと水の揺れる音がした。

 茶色の水面には無数の波紋が広がり、雨粒が落ちる度に水が跳ねていた。


 すぐに玄関の扉を閉め、ボクは親に電話をする。


「あ、もしもし。あ、あのさ。家の前、浸水して――」

『二階に行きなさい。あ、待った。一階の納戸に備蓄あるから。持てるだけ持って、上に行って。それから――』


 念のため、と親が用意していた備蓄が役に立った瞬間だった。

 ボクは運動が得意ではないので、もし家の中にまで水が入ってきた泳げない。

 なので、浮き輪を膨らませて、いつでも外に出れるように準備。


 学校は休み。

 SNSを見る限りでは、車は渋滞。

 土砂崩れ。


 本当にボクの知っている地元かと疑う光景だった。

 人生で初めての水害は、明けるまで丸一日掛かった。


 *


 水害から4日が経った。

 家の前には、乾いた土が広がっており、今までなかった石ころなどが落ちている。


 4日も経ったのに、つい昨日のことのように名残があるので、ボクは家を出る度に苦い顔になってしまう。


「親から裏山を確認しろって言われたけど。大丈夫かなぁ」


 俯瞰ふかんして、自宅の位置を見てみると、ボクの家は建物が三角形に建てられている。


 ボクの家があって、庭を挟み、向かいには小屋がある。

 小屋は元々米農家だったから、あるだけ。

 斜め向かいには、二階建ての車庫がある。

 二階は、物置になっている。


 裏山は、自宅の裏側にあり、高さは車庫の二階と同じくらいだった。


 ここが土砂崩れを起こしていないか、もう一度確認してと言われたのだ。何でも、親が言うには火災保険に連絡をする都合があるので、念入りに確認をしてほしいとのこと。


「んー、家の裏までは……来てないな……」


 家と裏山の距離は近い。

 山の斜面がちょうど側溝の手前まで続いている。

 そして、側溝のすぐ隣には、ボクの家。


 石ころは落ちているけど、土までは崩れていない。

 来た道を戻り、今度は山に登る事にした。

 上に行くためには、車庫の隣にある細い斜面から上がっていく。


 正直、蛇とか出そうで嫌だった。

 だから、わざわざ家の中に戻り、長靴を履いて上がっていく。

 斜面を上がり始めると、横から伸びた枝がペチペチと顔を叩いてきた。


 足元は緑で埋め尽くされ、地面が見えない。

 冷や汗を流しながら斜面を進んでいくと、車庫の裏側に出た。

 昔は羊を飼っていたとかで、地形が平らになっている。

 もうちょっと進めば、さらに上へ進むことができるのだが、ボクの足は完全に停止。


「……あれ?」


 小さな家があった。

 木造建築の一戸建て。

 物置に使うくらいの大きさをした家だ。


「こ、こんな場所に……家なんてあったっけ?」


 近づいてみて、家のあちこちを観察する。

 逆五芒星の飾りがあちこちにぶら下げられていた。

 家の扉は、ドアノブが錆びている。

 玄関扉の横には窓があるので、ボクはそこから中を覗いてみた。


「……なにこれ」


 夢でも見てるのだろうか。

 窓越しに中を覗くと、そこにはリビングがあった。

 暖炉があって、ガラスのテーブルがある。

 長いソファがテーブルを囲むように置かれていて、豪邸の一室みたいな空間だ。


 一度、離れてみて家を見上げる。


「……無理だよ。何なのこれ」


 物置くらいの大きさ。

 つまり、家の中に入ると、せいぜい広さはだ。


 なのに、中は明らかに30畳半以上の広さだった。

 家具がたくさん置かれていることから、絶対にありえない空間が中に広がっているのだ。


 呆然としていると、家の扉が開いた。

 ボクは固まってしまい、逃げる事ができない。


「おや。可愛らしいお客さんだ」


 中から現れたのは、推定180cm余りの大きな女性。

 見た目は中性的で、綺麗な人だった。

 前かがみで扉を潜り、ボクの前に立った女性は、ボクの来た道を向いた。


「あぁ、近所さんかな」

「あ、あの……」


 驚いたのは、彼女が明らかに日本人ではないこと。

 不法に建築をしたとして、敷地内なので気づかないわけがない。

 真っ白い肌に彫りの深い顔立ち。

 ボクとは違って、肩幅や腰回りが太かった。

 骨格から違うのだろう。


 髪は、真っ白な色と、黒が混じった二色。

 全体的にセミショートくらいの長さだが、襟足の片側は胸元まで伸びており、一本に結ばれていた。


 白いシャツに黒いズボンを履いたモノクロな女性。

 異国の女性である事を除いても、見たことがないくらいに美しかった。


「はじめまして。ワタシは、グロ―ア。最近、越してきたばかりで挨拶が遅れたね。どうぞ、……よろしく」


 大きな体を半分に折り、お辞儀をしてきた。

 つい、ボクまでお辞儀をして、「中井、ハルトです」と自己紹介をしてしまう。


「え、越してきたんですか? い、いつ?」

「4日前かな。あぁ、立ち話も難なので、……中へどうぞ」


 扉を開けられ、中に向かって手を差すグロ―アさん。

 導かれるままに中へ入ると、やはり不可思議な光景が広がっていた。


「……えぇ……す……ごい」


 中に入ると、すぐにリビングへ繋がった。

 片側には、バーで見るような大理石のカウンター。

 反対側は、窓越しに見たリビング。


「ハルト君、でいいかな?」

「あ、はい」

「お茶がいいかな。コーヒー? ジュース? 何でもあるけど、苦手な物はある?」

「あ、じゃ、じゃあ、……ジュース……で」

「わかった」


 パチン、と指を鳴らした。

 何で、指を鳴らしたんだろう、と思っていると、グロ―アさんはボクの肩に腕を回し、ソファがある方に誘導してくる。


「ええ!?」


 テーブルの上には、虹色の光景が広がっていた。

 色から見て、たぶんグレープやオレンジ、ピーチ、メロン。

 とにかく何でも揃っていた。


「……ハルト君。来てもらって、早速だけど。お願いがあるんだ」

「なん、ですか?」


 横を向くと、すぐ近くにグロ―アさんの顔があった。

 目は真っ黒に濁っているのに、どこか美しさを感じてしまう。

 さらに、スッキリとした甘い匂いが鼻孔の奥に届き、ドキドキとしてしまう。


「この家の事は――内緒にしてほしいんだよね」


 薄々、勘付いてはいたけど。

 やっぱり、この家やグロ―アさんはおかしい。

 謎が多すぎるし、不可思議な事だって多い。

 正直言うと、把握しきれないので、半分以上は考えるのをやめている。


「……わかり、ました」

「ありがとう。ハルト君は、いつでも遊びに来てくれていいからね」


 長い指で頬を撫でられ、ボクは全身が固まった。


 ――ボクの隣にいるのは――なんだろう。

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