居酒屋で出会ったお姉さんにひたすらちやほやされる

mikan

第1話 居酒屋にて


 俺は冴えない社会人1年目23歳の高橋健二たかはしけんじ。一人暮らし。彼女いない歴=年齢。地方都市の、ある企業で働いている。仕事はあまりできず、毎日上司に怒られ、残業も結構あり、家と会社を往復するだけの日々。働き始めて3カ月目だが、もう限界が来ている。そんな7月のある金曜日、俺は仕事が終わった後、居酒屋にひとりで歩いて行くことにした。


 居酒屋は満席ではなかったが、それなりにだった。溶けそうなほど暑い7月だったが、店内は冷房が効いていて涼しかった。俺はカウンター席の一番奥に座り、生ビールを一つ注文した。

「すみませーん」

「はーい」

金髪で、ボニーテールの店員さんがやってきた。

「ご注文をお伺いしまーす」

「生ひとつ...」

俺はぎこちなく返事をする。

「はい。かしこまりましたー」

1分ぐらいたったころ、再びさっきの店員さんがやってきた。

「こちら生ビールでーす」

「あざーす..」

店員さんは、ボニーテールを揺らしながら、足早に去っていった。そして、俺は、何も考えずに生ビールを一気に1/3飲んだ。ビールのジョッキを置き一息つくと、不覚にもボロボロと涙が出てきて、呼吸が乱れ始めた。


(まずい...泣き止まなければ...)


 でも、決壊したダムから水が溢れる時のように、涙は止まらなかったし、呼吸を安定させることもできなかった。とりあえず机に顔を突っ伏せることにした。周囲の人や、さっきの店員がチラチラこっちを見て、クスクス笑っているのが、背中越しに感じられた。とても恥ずかしい。


「うぇーん、ヴぇーん、ぐずぐず、うぇーん、ぐずぐず」


泣き止もうとしても泣き止められなかった。もうやだ。しっかりしないといけないのに。いい年した社会人なのに。周囲に迷惑をかけるまいとなんとか声は抑えた。それでも涙は止まらなかった。


 そんなとき、奇跡は起きた。泣いてから10分ぐらいたった頃だっただろうか。隣から、道に迷った幼稚園児に話しかけるような声が聞こえた。


「僕、どうしたの?」


俺は顔を上げ、声の方向を見た。すると、黒いロングヘアを肩に垂れ流し、黒のノースリーブとジーパンを着た、クール・ビューティな雰囲気の、キレイ目でかわいいお姉さんが隣に座っていた。お姉さんはテーブルに頬杖をついて、顔を傾けて、微笑みを浮かべながら、大きくて優しい目でこっちを見ていた。

「えっ」

俺は思わずドキッとした。きれいなお姉さんだった。何が起こっているかわからず、俺は泣き止んだ。でも思考は止まったままで、どう反応すればいいのかわからなかった。

 10秒ぐらい沈黙があった後、お姉さんが口を開き、さっきと同じような声で、優しく問いかけてきた。

「どうしたの」

俺はなんと答えればいいのだろう。未だに思考は止まっていて、言葉が出てこない。どうすることもできなかった俺は、再び顔を机に突っ伏し、号泣した。

「ヴぇーん、ヴぇーん、ぐずぐず」

すると、お姉さんがこっちに少し近づいてきた。フワッといい匂いがした。そして、俺の背中を、白い華奢な手でさすりながら、

「うん、うん」

と言ってくれた。


 これは夢ではないだろうかと一瞬思った。心臓はずっとバクバクしていた。素敵なお姉さんに背中をさすってもらっている...


 かれこれ10分ぐらい泣き続けてから、俺はやっと自分をコントロールできるようになってきた。(最後の1分は、お姉さんにもっと背中をさすってもらうために泣くのを延長した。)そして、突っ伏していた顔を上げた。お姉さんは自然に背中をさすっていた手を戻した。


「えっと...」

俺は感謝の言葉を言うべきなんだろうが、なぜかうまく言葉が出なかった。

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