君と一番の恋をする

桜田実里

第1話 あることの始まり

 私には、一つ下の妹がいる。

 名前は、佐藤真由帆さとうまゆほ。高校一年生で身長162センチ、体重43キロ。

 髪型はショートボブ。スタイルがよくて美人で、勉強もできて運動神経も抜群。

 まるで、モテるために生まれてきたような人。


 その妹が、全ての始まり。全ての元凶。……だけど本当の黒幕は、妹に惚れたある男子なのです。



 ――――――――



 朝、私の憂鬱な一日が始まる。

 “憂鬱”といっても別に生きることに疲れたとか、悩みがあるとかそういうわけじゃなくて。

 いや、ある意味悩みなのかもしれない。


 というか、夏休みが終わったばかりなのにテストだらけで嫌になってしまう。

 まだまだ残暑の続く9月の始め。私は、いつもの通学路を歩いていた。


 このところ台風で雨ばかりだったから、雲一つない真っ青な快晴は、私の憂鬱な気分を少しだけ取り払ってくれる。

 肩に付くくらいの長めのボブを手でいじっていると、ざわざわと一つの大きな高校生の集団が見えてきた。

 すごいなあ、活気に溢れてる。まぶしいっ。



 私は門を通って下駄箱に向かった。

 つい最近まで夏休みだったせいでこの一連の流れが懐かしい気もするけれど、やっぱりあの7月と8月が恋しい。あ~あ、今すぐ夏休み前に時間を戻してくれないかなあ。


 そう考えながらぼーっとしていると、気づけば自分の教室の前に着いていた。

 二年三組。ここが、私の教室。

 扉が閉まっていたので開けようとしたとき、突然目の前の視界が勝手に開けた。


 現れたのは、数学教師なのに体育会系の担任槇原先生。

 私を見た瞬間、槇原先生が大きく口を開けて笑顔になった。


「おお、佐藤! ちょうどよかった! これを捨ててきてくれないか?」

「……え?」


 返事をする間もなくゴミ袋を二つ持たされる。


「悪いな! じゃ、よろしく!」


 そして先生は、私の横を通り抜けてさっさと行ってしまった。

 手元に残ったのは、パンパンの大きなゴミ袋。


 ……しかたない。捨てに行こうか。


 私はとりあえず教室に入って荷物を置き、それから再び教室を再び出た。

 まあどうせやることもなかったし、ちょうどよかったのかも。


 私は廊下を歩いたあと、一階まで階段を下る。

 この学校は、体育館裏にゴミ置き場の建物があってそこに入れられたのをゴミ収集車が回収していくしくみ。


 まだ生徒があまりいないからか、校舎内がすごく静か。たまにはこんなのもいいかな。

 私はそう思いながら、校舎裏へ続く一階の生徒玄関から外へ出た。

 そのまま隣の体育館へ向かう。


 というか、ちょっと重すぎじゃないかな。これ。

 これは、廊下にある大きな掃除用具入れから持ってきたやつだよ絶対。

 私はゴミ置き場まで着き、扉を開けて中へ入る。


 そして、袋を置いて出てから鍵をかけた。

 よし、これで終わり!


 手をはたいてからその場を去ろうとしたとき、体育館の中から激しい音が聞こえてきた。

 タンタンッと気持ちのいいリズミカルな音。

 これは、バスケ部が朝練でもしてる?


 時間もあるし、せっかくだからちょっと覗いてみようかな。


 私はそう思い立ち、さっそく表側へ回って体育館の扉を開けた。

 するとやっぱり、バスケ部がちょうど試合をしているところだった。

 前コートは男子バスケ部、後ろコートは女子バスケ部みたい。

 朝なのに、周りに結構人がいる。


 というか、女子バスケ部ってことは……。

 ピピーッとホイッスルが大きく鳴り響き、女バスの試合が終わった。

「今日はここまでー!」と声が響く。今の試合で最後だったみたい。

 邪魔にならないよう端のほうによる。


 男バスのほうはまだ試合が続いていて、奪い合うようにゴールへどんどんボールが入る。

 わ、すごい。

 少し遠いから見えにくいけど、今確実にスリーポイントシュートが入った。


 私は運動なんて全然だめだから、こういうのを見るとすごいなあって感動してしまう。

 すると、さっきのスリーポイントシュートの男の子がまた点を入れた。

 男子バスケ部の練習試合なんてちゃんと見たことなかったから、迫力満点でドキドキする。

 そのまま夢中になってしばらく観戦していると、近くに寄ってくる人影がちらりと見えた。


「……なんでここにいるの。お姉ちゃん」


 怪訝そうな表情でこちらを見下ろしてきたのは、人形みたいにきれいな顔にモデル体型の美少女、佐藤真由帆。

 私の、妹。


「なんでって、言われてもなあ。たまたま寄ったとしか言いようがないというか……」


 どうしよう、見つかってしまった。そのことで私は焦りを覚え、一歩引きさがった。


「まあ、いいけど。そのかわり、もう二度と来ないで」

「あーっ、ちょっと、まーほ!」


 私の止める声も聞かずに、真由帆ことまーほはくるりと踵を返して行ってしまった。


 私、佐藤麻里花さとうまりかの妹、佐藤真由帆。

 一見完璧に見えるまーほだけど、その本性は毒舌で絶対零度ほどに冷たい。

 でも、そんなまーほのことを私は誇りに思っているんだ。

 じまんだよ、じまん!!


 そのまましばらく見ていると、いつのまにか男バスの試合も終わっていたみたいだった。

 ふと人が集まっているほうに目をやると、さっきのスリーポイント男子の周りに女の子がたくさん集まっている。

 わあ、あの人、人気だ。


 そして無意識にぼーっと見ていたら。

 突然、顔に衝撃が走った。


「うぐっ」


 パーツが全てつぶれるような感覚がして、慌てて顔を押さえる。

 一体なにがあったんだろ……。

 すると足元で、ボトッとボールの転がる音がした。

 まさかとは思うけど、顔面にボールが直撃したんじゃ……。


「すみませーんっ!」


 薄目を開けながらボールを拾ったところで、男バスの部員であろう一人の男の子がこっちに向かって大きく手を振って走ってくるのが見えた。

 もしかして、ボールを取りに来るのかな。

 それなら、私が投げたほうが早い気がする。球技に自信はないけど……。


「なっ、投げますよー」

「あ、ありがとうございます!」


 男の子が止まってくれたので、私は投げる準備をする。

 ボールを胸あたりまで掲げて、思いっきりっ!

 ぎゅっと力を込めて全力で投げた玉は、高く高く……。

 とはいかずに低い位置で急降下して、そのままごろごろと転がっていった。


 しかもそれが、男の子よりも全然遠い位置で止まってしまい、結局走ってもらう羽目になってしまったのだ。

 一番遠くに飛びそうなやり方でやったのに、恥ずかしい……。


「ごめんなさいっ!」

「いえ! ありがとーございますー!」


 私が謝ると、ここからでも分かる爽やかな笑顔でボールを抱えながらお礼を言ってくれる。

 そして、向こうとへ駆けて行った。

 ……まさか、こんなところで運動神経が必要になるとは。

 あの子以外は私の失態を誰も見ていないことを願い、体育館を後にした。




 時刻は、本鈴の鳴る10分前。

 私の高校生活を狂わせ、そして私とって最大の悩みのタネともいえる“ヤツ”が登校してきた。

 開口一番、私の隣の席に着いてかばんを置き彼が口にするのは、普通のあいさつ。


「おはよう、麻里花」


 きれいに澄んだ瞳に、爽やかで曇り一つない笑顔。


「お、おはよう」


 軽く手をあげて返してみる。

 ちょっとぎこちなかった気もするけれど、運よく気づかれてないみたい。


 ―――磯田侑人いそだゆうと。それが、この男子の名前。


 可愛い系の顔で、見た感じ身長は170センチ前後ほどで可愛いだのかっこいいだのと騒がれることもしばしば見かける。

 でも、見かけは正直どうでもいい。問題はここから。


「あ、麻里花」

「えあ、な、なに?」


 侑人が席について話しかけてきたので、ちょっとびっくりしながら返事をする。

 すると、さっきまで笑顔だった顔が急に悲しげになり、眉が下がった。


「ねえ、真由帆ちゃんって、彼氏できたの?」


 はい、今日も来た! 侑人くんの定番質問その3!

「真由帆ちゃんって、彼氏できたの?」!

 私は心の中でため息をつきながら口を開いた。


「できてないと思うけどなあ。そもそもあの人、恋愛どころか男にすら興味ないし。って、何回言ったと思ってるの~」


 私は夏休み明け初日である数日前と同じ受け答えをする。

 すると、侑人は怒ったように口を膨らませて私を思いっきり睨んできた。


「もしもがあるかもしれないじゃん」

「もしもなんて、ないない」

「分からないだろそんなの」

「なら、自分で直接聞けばいいよ。それが一番手っ取り早いんじゃないかなあ」

「……うるさい」


 侑人はそう小さく反論すると、やるせない表情をしながら机に突っ伏した。

 まあこのとおり、侑人は私の妹であるまーほが好きだ。

 なんでも、まーほが廊下を歩いてたところをたまたま見かけて、そのまま一目惚れしたらしい。

 まーほ、恐ろしい女だ。


 侑人とは一年では違うクラスだったし話したことなんてなかったけど、5月のときまーほ関連で初めて絡んでからすっかりこんな関係になってしまった。

 今は席も隣だし、なんだかんだで一番話す男子って侑人かなと思う。まあ、こいつが一方的にまーほの話をするだけだけど。


 そういえば侑人って誰かに似てるんだよな〜。顔じゃなくて中身? というか。

 て、そんなことはどうでもよくて。


 そして個人的には、侑人に勝利の旗が振られるかと言ったらちょっと、いやだいぶ難しいと思う。

 これは侑人の問題じゃなくて、向こうにあるわけだけど。

 なんてったってまーほは、恋だの愛だのに興味がないからだ。

 ……そしてまだ、知らないから。






 それから1週間ほどたった、9月中旬のお昼休み。

 私は、友達の宮田絵筆みやたえふちゃんと中庭のベンチでお弁当を食べていたときだった。


「麻里花ちゃん、最近なにかあった?」


 突然の問いに、思わず「え?」と聞き返す。

 ……そう言われても特に思いつかない。

 待って私、なんかやらかしたりしたっけ。


 すると絵筆えふちゃんが楽しそうににこっと笑った。


「恋だよ恋っ! 夏休みも終わってからだいぶ経ったし、麻里花ちゃんの浮いた話聞けるかなーって」

「えっ!? そっち!?」


 びっくりして大声を出すと、周りにいた他の生徒にちらちらと注目されてしまう。

 絵筆ちゃんが口に人差し指を当ててしーっなんてやるから、あわてて開く口を小さくした。


「な、ないよそんなの。夏休みだって、家でずっとだらだらゲームしてただけだし」


 そう言うと、絵筆ちゃんが残念そうにえーっと声を出す。

 でも、ほんとの話だしなあ。それに、私が誰かを好きになったりすることはあるかもしれないけれど、告白されるとか、そういうのにはきっと縁がないと思う。

 私なんて特徴もない凡人なわけだし。

 告白されることに、もちろん憧れくらいはあるけど……。


「それより、絵筆ちゃんは最近清せいくんとはどう? 一緒に夏祭り行ったんだよね?」


 私から話題をそらすように身を乗り出して問う。

 清くんは、隣のクラスの四組の男の子。爽やかで優しくて、おまけにイケメンで高身長の絵筆ちゃんの彼氏。私もたまに話したりする。

 絵筆ちゃんは食べ終わったお弁当箱を閉じ、一呼吸おく。


「あ、あのね、夏祭り、行ったの。清くんと」

「うんうん」

「た、楽しかったし、キスも、何回かしたっていうか……」


 すると、絵筆ちゃんが顔を赤らめた。

 それはもうバッチリ顔に出てて、可愛い。

 こっちがドキドキしちゃうよ。


「え、キスは、どこで? まさか……!」

「もうっ、ち、違うよ麻里花ちゃん!! え、えっと、帰り道で、こう、さらっと……」

「おおー!清くんやるね!」

「……ちょっとドキドキしちゃったけど、うれしかったなあ」


 そう言う絵筆ちゃんは本当にうれしそうで、幸せそうで。

 清くんもきっと、いや絶対幸せなはずだ。

 なんてったって絵筆ちゃん、こんなにも可愛いんだもん。もちろんそれだけじゃないだろうけど。


 こんな話を聞いていると、私までもが幸せな気持ちになる。これが、幸せのおすそ分けってやつですよ、皆さん。

 するとさっきまでふにゃっとしていた絵筆ちゃんが、急に怒ったようにほっぺをふくらませた。


「というか麻里花ちゃん、話そらしたでしょ。もう」

「えあ~、ばれたか」


「ばれたかじゃないよ」と言いながらお弁当の袋を抱えて立ち上がったので、私も立ち上がり、教室までの道のりを歩き出す。


「そもそも麻里花ちゃんって、彼氏ほしいの?」

「う〜ん、どうかな〜」


 絵筆ちゃんが案の定話題を戻してきたので、私は逆らえずそう答える。

 しぶしぶみたいになっちゃったけど、この回答が適当なわけじゃない。

 まーほみたいに恋愛にまったく興味がないわけじゃないからうらやましい気持ちもあるけど、誰かと付き合っている自分が妙に現実味がないというか。

 まあそもそも、私と付き合ってくれる、ましてや告白してくれる人なんてね。はは。


「……そっか。でも、それでもいいよね。人それぞれあるし」

「まあ、私は気楽にいくってことで」


 お弁当箱の袋を左右に揺らす。……こんなふうに、いつまでもふらふらだって、いいよね。

 だって、誰か一人に想いを捧げることって、すごく疲れる。

 それなら、今のままがいいよ。きっと。





 職員室に用事のあるという絵筆ちゃんと途中で別れ、私は一人で自教室のある三階に上がる。

 二年三組の教室の前に着き、ドアに手をかけようとしたとき。


 その瞬間、突然右手首を掴まれた。

 その力は強くて、手が大きい気がする。ということは男子? 侑人?

 でも、侑人はこんなことするタイプじゃないしな……。と思いながらそっと後ろを見る。


 すると、そこにいたのは見知らぬ男子生徒だった。

 たった今見ただけでもわかるスタイルの良さに美形な顔。うちの学年にはいないはず。三年生か一年生? だけど、どっかで見たことある気がした。


「あ、あの、どなた、でしょう?」

「……今から、一緒に屋上に来てくれませんか」


 敬語だ。なら一年生……なんだろうけど、有無を言わさない表情と逆らえなさそうな圧力にうまく言葉が出てこない。

 ど、どうしよう。そう思っていると。


「……え、ちょっとっ」


 しびれを切らしたのか、ついに私の腕をひっぱって歩き出した。

 この人が、私をわざわざ屋上に連れ出す理由が分からない。

 だって、話したことなんてないはずだし、今まで会ったことだってきっとない。


「あ、あのっ、屋上じゃないとだめなの?」

「だめ」


 そう言葉が瞬時に返ってくる。

 だめか、なら仕方ない……とはならないよ!

 とりあえず手は離してくれなそうにないので、そのままついていくことにした。


 四階の端まで来て、階段を上がる。この先にあるのが、屋上の入口だ。

 男子が扉を開けると、涼しい風が舞い込んできた。


「うっ、寒いっ」


 私は低い気温に思わずそうつぶやき、半袖から出た腕を空いている右手でこする。

 お弁当食べてたときは気が付かなかったけど、そりゃ寒いよね。もう秋だし。

 私はひっぱられたまま、誰もいない屋上のど真ん中まで来てしまった。


「あの、どうしてこんなところにっ?」


 そう叫ぶと、男子生徒はお弁当の袋を持ったままの私の左手首を離した。

 そして、こっちに向き直ってまっすぐ見つめてくる。

 視線が一直線で、ドキッとしてしまう。

 距離は二メートルもない。


 数秒経ち、息を小さく吸った男子生徒が、口を開いた。



「俺と、付き合ってください」



 さらさらと冷たい秋の風が吹く。


 ……え。ま、まさか。

 これは私……告白されてる?


 こんなこと初めてで、うまく頭が回らない。

 なんて返せば……。


 だけど、そう思ったのも一瞬だった。

 男子生徒がまた口を開く。



「……俺の兄のために、巻き込まれてくれませんか」



 ……え?

 それは、まったくの予想外の言葉だった。

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