第6話「リリアナ、色仕掛けをする」



「今日は遅いので宿駅に泊まりましょう」


街道には大きな街はあっても村はないのです。


村人がよそ者が村の近くを歩くのを嫌がるのと、街道沿いに畑を作ると馬やロバに作物を食べられてしまうからです。


そんな訳で村は街道から少し外れた所にあります。


それでは旅人が宿がなくて困るので、近くの村人が街道沿いに宿駅を作り、宿やご飯を提供しているのです。


宿駅によっては民芸品なども売られています。


カイロス様は疲れているようで、無言でコクリと頷きました。


彼が疲れるのも無理はありません。


カイロス様はあのあと何度も悪魔に取り憑かれていましたからね。


でもこれは好都合かもしれません。


私にはある計画があります。


それは、カイロス様を逃さない為に、色仕掛けで迫って既成事実を作ってしまおうというものです。


アルバート殿下の時は、手も触れさせなかったせいで、代わりが見つかったらあっさり婚約破棄され、頼み込んでも愛人にすらして貰えませんでしたからね。


慎みを持つことも大事ですが、本命に逃げられたら元も子もありません。


……いえ、少しだけ嘘を付きました。


アルバート殿下には手も触れさせなかったのではなく、彼が私を気味悪がって手どころか指にすら触れようとしなかったのです。


アルバート殿下は、ネクロマンサーをばい菌か何かと思っていたのかしら?


そんな苦い思いをもうしたくありません!


男性は一度体を交えた相手には、情が湧くと聞いたことがあります。


カイロス様に本命が出来た時にあっさり捨てられないように、せめて愛人にくらしてもらえるように、彼の自己肯定感が低いうちに色仕掛けで迫っておきましょう!


 


◇◇◇◇◇



「二名様ですね?

 お部屋はどうされますか?」


「ダブルルーム一つお願いします!」


ダブルルームとはダブルベットが一つある部屋のことです。


主に恋人同士や夫婦で泊まります。


「えっ? ダブルルーム……ですか?」


うつらうつらして、半分眠っていたカイロス様が、ダブルルームというワードに反応しました。


身の危険を感じたのかもしれません。意外と勘の良いかたですね。


「カイロス様、お疲れでしょう?

 さっそくお部屋に参りましょう」


私は部屋の鍵を受け取ると、まだぼんやりとしているカイロス様を部屋まで連れていきました。


「えっ、でも……ちょっと待って下さい……!」


カイロス様は事態が飲み込めないらしく、オロオロしています。


私はカイロス様を部屋に押し込み、後ろ手に鍵をかけました。


「ふふふ、もう逃げられませんよ」


カイロス様はベッドの上でぷるぷると震えています。


嫌だ、これでは私完全に悪役じゃないですか!?


いえいえ、アルバート殿下の時のように人前で婚約破棄される醜態をさらさない為です。


その為には色仕掛けが必要なのです!


そうです色仕掛け、色仕掛け、色気……?


部屋に全身を映す鏡があり、その鏡に映った自分の姿を見て、私は愕然としました。


ありふれた栗色の髪、カラスの羽のような真っ黒な瞳、平凡な顔、メリハリの少ない体……山賊に高く売れないと言われるのも納得です。


…………ない!


色仕掛けしようにも、私には色気なんか一ミリもない!!


体の力が入らなくなった私は、その場にへたり込みました。


聖女様も、殿下の浮気相手のエマ様も、ミリア様も、ロザリア様も、みんな美人でボンキュボンのナイスバディでした。


そんな方々と自分を比べようなんて、なんて厚かましい!!


「すみませんカイロス様。

 一時の気の迷いでダブルルームを取ってしまいました。

 今から受付けに言って部屋を変えて貰います」


カイロス様は一人にすると、次の日には悪魔に取り憑かれて死んでいそうで心配なので、シンクルルーム二つではなく、一部屋にベッドが二つあるツインルームを取りましょう。


色気もないのに色仕掛けしようなんて……穴があったら入りたいです!


消えてしまいたいです!


魔晄炉で自分を溶かしてしまいたいです!


「リリアナ様、待って下さい!」


「カイロス様……?」


「すみません……リリアナ様が勇気を持って誘って下さったのに……女性に恥をかかせてしまって……。

 リリアナ様とえっと、その……こ、行為に及ぶのが嫌なわけじゃないです……!

 でもそれは、ちゃんと式を挙げてからにしたくて……。

 ちゃんとけじめをつけたくて……。

 すみません、僕がヘレナなばかりに……!」


私はとても愚かです。


このような誠実な方にいつか捨てられるのではないかと疑って、色気もないのに色仕掛けで落とそうとしていたんですから!


「謝らないで下さい。

 悪いのは私ですから。

 こちらこそカイロス様のお気持ちも考えず、強引に事に及ぼうとしてすみません」


「あ、いえ、僕たちは婚約してますし、結婚を待たずに婚約中にそういう事に及ぶ人達もいますから。

 リリアナ様の行動は、別に不自然ではないかと……。

 その、僕がそういうのが嫌だというだけで。

 こちらこそ、融通が効かなくてすみません」


カイロス様は顔が真っ赤でした。


おそらく今まで誰かとこういった話をする事もなかったのでしょう。


「僕達は利害関係の一致から会ったその日に婚約しました。

 見ようによっては恋人や婚約者というよりビジネスパートナーの側面が強いかもしれません。

 でも僕はリリアナ様と、心の繋がりが欲しいです。

 本当に夫婦として愛し会いたいんです」


カイロス様のストレートな言葉を聞き、私の顔に熱が集まりました。


「……はい。

 私も、カイロス様と心の繋がりが欲しいですし、愛し合いたいです」


心臓がドキドキしてます。


こういう事を素面で伝えるのは恥ずかしいものがあります。


「………」

「………」


ち、沈黙が気まずいです!


「あの……!

 私、受付に行ってツインルームに変えて貰いますね!」


「それなら僕も一緒に行きます!」


色仕掛けは玉砕というか自爆しましたが、カイロス様のお気持ちを知ることが出来ました。


彼がとても誠実な方だというのがよくわかりました。




◇◇◇◇◇

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