第6話 私が気づかなかったばっかりに……!


「いかなる理由があろうとも、授業を投げ出し、あまつさえはしたなく走ってゆくなどまるで淑女のすることではありません」


 リオンを助けて2人で屋敷に戻った後、私はユーリア夫人に捕まりお説教を受けていた。


 いかなる理由があろうとも。ユーリア夫人は私にお説教するとき、この言葉をよく口にする。

 私はこれがあまり好きになれない。


「フィオナ、聞いていますか!」

「はい、もうしわけありません」


 いつもお勉強している机の横に、床に直接正座するように言われてそうしている。床がゴツゴツしていて足が痛い。

 思わずもぞもぞすると、ぴしりと鞭で背中をたたかれる。ユーリア夫人定番のお仕置き。これ、結構痛くて嫌いなんだよね。


「そもそもあなたはあまりにも淑女としてなっていないのです!見た目が既に上品ではないのですから、せめて振る舞いくらいは最低でも──」


 お説教は今日も長くなりそうだ。



 ユーリア夫人はお父様の従姉妹にあたるらしく、小さな頃から私の先生としてお呼ばれしている。

 魔法の先生は別にいるんだけれど、その例外のほとんどはユーリア夫人に教わっている。


 最初はお母様が色々と教えてくれていたのだけど、ユーリア夫人とお母様と3人でお茶会した時に。

 お母様が席を外している間にどうも私はあまりにもひどいマナー違反をしてしまったらしく、「やはり母親では無意識に甘くなりすぎてしまうのだろう、私が家庭教師をに請け負ってもいい」と言ってくれたんだって。


 そこまで言われるほど、どんな酷いマナー違反をしてしまったのか実は自分ではわからない。

 それくらいマナーのマの字もないほど、私はダメダメだったんだと思う。


 現に、いまもユーリア夫人には怒られてばかりだし。まあ、今日のことは仕方がなかったと思っているんだけど。不可抗力ってやつだよね。

 ただ、自分が成長してなさすぎて少しだけ落ち込んでしまう。


「ユーリアの言う通りに頑張っていれば、フィオナもきっと素敵な淑女になれるよ」


 お父様がにこにこ笑ってそう言うから。

 期待に応えたい私は今日もユーリア夫人の厳しい教育に立ち向かうのだ!!!



「本当にあなたは!どうしてこんなにも出来が悪いのかしら」


 ……だけど、ちっとも良くならないみたいで、今日もたくさん叱られたのでした。



 ◆◇◆◇



「ユーリアはもう家庭教師としてお前に教えることはないからね。フィオナ、今まで辛い思いをさせてすまなかった」


 ある日の夕食後、そんな風に私に謝るお父様に目をパチクリとさせる。


「……ユーリア夫人に、何かあったんですか?」

「いや、お前への嫌がらせの数々について報告を受けたから、こちらから辞めてもらった」


 なんと!?

 ……嫌がらせなんて、あったっけ???



 しつこく聞いて少し教えてもらえたけれど、「ユーリア夫人、厳しいな〜レベルが高すぎて何のこと言ってるのかわかんないな〜」って感じてた指導の少なくとも半分以上は、実は指導とはいえない嫌がらせめいたことだったんだって。


 ……全然気が付かなかったわ……!


「今度からはまたお母様からマナーを習いつつ、いい家庭教師がいればお願いしようと思っているからね。これからは辛い時には我慢せずにお父様に何でも言って欲しい」

「はい……」


 我慢していたわけじゃなくて、気が付かなかったんだけど。なんだかそれを言うのは恥ずかしい気がしてしおらしくしておくことにした。


 それにしても。


「あの、ユーリア夫人のことは、どうして分かったの?」


 授業中は侍女のアリーチェや他の使用人もユーリア夫人が下がらせていたし、私は恥ずかしながら本気で気づいていなかったので、お父様たちに仄めかすようなこともしていない。


 なのにどうして今、ユーリア夫人に問題があると分かったんだろう?

 それはほんの素朴な疑問だったのだけど、お父様はものすごく顔をしかめていて。


 何だか嫌な予感がする。

 そういえば、最近になってユーリア夫人はついでに、と、リオンの教育も見るようになっていて──。


「まさか、リオンにも、何かひどいことを……?」

「実は、そうなんだ。リオンが授業の後に泣いて私に会いにきてね」


 ガツーーーン。

 頭の中がぐらっと揺れる。


 わ、私の可愛いリオンに、泣くほどのひどいことを……!?


 自分がいじめられていたと聞いてもピンとこなくてなんとも思わなかったけれど、これには一瞬で頭がカーーッと怒りで熱くなる。




 私が、きちんと気づいていれば。

 リオンの授業が始まる前に何かがおかしいって気づいて、相談していれば。

 そうすれば、リオンはひどい目に遭わなかったかもしれないのに……!



 夜、眠る前にリオンをいつもよりぎゅうぎゅうに抱きしめる。


 ごめんね、ごめんねリオン。

 姉さまがもっとちゃんとしてれば……。


 リオンが私に知られたくないようだったとお父様が言うので、何をされたのかは聞かなかったけれど。


 ユーリア夫人のことだから、出来てない!と大声で怒ったり(リオンは大声が苦手だ)、見えないところを叱責混じりに叩かれたりしたに違いない。


「ごめんね、リオン。何があったのかは知らないんだけど、とにかくごめんね」

「姉さま……」


 すぐに何のことか思い当たったのか、リオンはぎゅうっと抱きつくと震える声で答えて。


「姉さま、今日はいっぱい、おやすみの挨拶して……」


 至近距離でウルウルと上目遣いでそんなことをお願いしてくるから。

 可愛さに殺されそうになりながら、ふにふにの両頰になんどもおやすみのちゅーをして、いつも以上にぴとりとくっついて眠ったのでした。


 ──とにかく。

 もうユーリア夫人が来ることがないなら。

きっといつかひどいことをされた記憶も薄れていくって信じたい。


 こうやって思うこの気持ちが、


「これも、誰かに幸せになってほしいっていう気持ちのひとつなのかな……」


 胸の中が少しだけ、ぽわっとしていた。


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