警視庁公安部特殊捜査課

とりたろう

モラルハザード



 今から約13年前の話だ。

 清らかで正義の権化の様な警察組織にとって、身の毛もよだつことが起きた年。

 件の事に関わった者は皆そのことについては語らない。鉄の扉で封じてしまった様に、誰かに口にすることをしない。皆、口外を禁じられたこともあるし、誰かに聞かせること自体憚られたからであるとも思う。それは、重い足枷をつけられたも同然だった。


「俺はさぁ。お前の部下達が怖いわけじゃないんだよ」


 禁を課せられた1人である蓮仏れんぶつは、項垂れながらボソリとつぶやく。

 まるで、ドラマに出ている演者のようなその様に、神宮寺じんぐうじは気色悪さを感じた。


「俺が怖いのはお前……お前だよ……神宮寺……」

「……私?」

「そう、お前」

「何故?」


 生気を失った瞳はこちらをゆらゆらと見つめている。

 蓮仏に対するように、神宮寺は淡々と返事を返した。それが、蓮仏の心を傷つけるとも知らずに。


「……はは……自覚無しとか……すげーな…」

「渦中の人物達が、私の部下だったからか?」

「違うよ」

「では何故」

「……お前の歴代部下達はみーんな、優秀。必ず結果を出す。でもその分問題を抱えてもいた。協調性・社会性に欠けてて、何かを強く憎み、怒り、そして長いこと悲しんでる奴ら。あまつさえそれを任務でぶつける。任務中なら正義だ。今自分がやっていることに対して、本当の理由なんて自覚しなくていいから気が楽なんだろうな。俺からすれば、お前の部下たちはそんな風に盲目で在れることを喜んでいるみたいだった。1歩踏み外せばヤクザとやってることは同じだとは思わないか?」


 蓮仏は、呪詛でも垂れるみたいに暗いトーンで話す。目は合わせず床に落としたままなのが余計不気味だった。要点もまとめずに話す蓮仏の様子を見兼ねて、神宮寺が口を開いた。


「………何が言いたい?」

「お前がお前自身の部下を狂わせている。当事者たちが持ち得る思想、感情を増幅させて、そのパワーを任務に向けさせている。普通ならそんなものに乗るヤツは少ないだろう」

 

 蓮仏は、相変わらず視線を落としながら話す。神宮寺はそれをつまらなさそうに見ていた。

 

 「でも、お前は狙って問題を抱えている人間を誘う。孤独で、人と共に生きることに苦悩していて、でも、自分の信念を曲げたくないからイバラの道を進んでいる。そんな人間を見つけて、居場所を与える。そして仲間意識を植え付ける。だから逃げ出さないし、異常性を自覚できない。まるで訓練された犬だ。そんなめちゃくちゃなやり方をしているから、お前の部下達は早死したり、精神を病んで警察を辞めるんだろうな」

「精神が病んだ部下たちも私の元で働けてよかったと言っていた。結果的に両者不満もなくーー」

「結果が全てじゃねぇんだよッ!!!!!」


 ビリビリと空気越しに伝わる、蓮仏の怒り。

 生気が無いみたいに虚無に満ちた瞳は、黒曜石のように鈍い光を放っている。その暗い光に飲まれることは決して無い金色の瞳は、不思議そうに瞬いている。


「なんで、お前はそこにいる?」

「……」

「なんで……未だに立っていようと思えるんだ……?あんなこと引き起こしておいて、罪悪感は無いのか……?」

「……」

「なんで……ああ……なんで俺の目の前にまだいるんだ?上層部の人間達はなんで野放しにしてるんだ……?なぜ許されているんだ?こんなのが許されていいはずない……結果か?結果が全てなのか……?」

「警察とはそういうものだと心得ているが」

「黙れよこのクズ野郎が!今回は行方不明者も出てるんだぞ!!!!」

「マスコミは掬わない。だからきっと、世間様も穏やかにしているはずだ」

「ッ……お前……ッ!!!!」


 蓮仏は立ち上がり、片手で神宮寺のネクタイを強く引っ張る。もう片方がの腕が骨折していなければ、きっと閉絞め殺そうとしたに違いなかった。


「苦しいよ蓮仏」

「……っ……俺の班員も死にかけてっ……どんなに焦ったか……わかるか……?」

「……なんだ。お前は自分の失態を私に重ねて怒っていたのか?」

「は……?」

「八つ当たりはいい加減にしてくれ」

「八つ当たりじゃねぇ!俺は班員が死にかけて焦った。でもお前は違う。4人中1人だけしか五体満足で帰ってきていないと聞いてる。なのになぜそんな冷静で居られる?罪悪感とか責任感はないのか?」

「事の発端は班員同士のコミュニケーショントラブルだ。強いて言うなら私が練り上げた組み合わせのアテが外れてしまったということか。それは改めなければいけないと思っている」

「………………お前、もし班員が死んでもなんとも思わないのか?」

「悲しいよ。当たり前だろう。なんだ?悲しいなら、泣いて見せなければいけないのか?お前のように怒り狂っているべきなのか?」


 蓮仏から、感情の昂りが消えていく。萎むように、枯れるように、彼はまた項垂れる。

 蓮仏は呆れていた。神宮寺の眼光からは「悲しい」というより、「鬱陶しいな」という気持ちが感じられたからだ。

 

「……俺には、…………」

「…………"俺には"、なんだ?」

「……上から与えられた無茶な任務を成功させるために、部下を踏み台にしているように見える」

「……成程。君は穿った見方をするのが好きなんだな」


 蓮仏は、神宮寺のネクタイから手を離していた。

 それから、「俺、公安部辞めるから」とだけ残して部屋を出ていった。

 蓮仏が去った部屋の中では、自動販売機の稼働音だけが響いていた。




 






 *











 結果が全てだと思う。

 冷徹に聞こえるかもしれないが、事実、結果が存在しないと上にはあがれないし、何もなし得ない。プロセスを組んだところで、結果がついてこなければそれはプロセスとは呼べない。無意味な行動。結果が出た時に初めて過程というものが浮き彫りになり、意味を持つのである。

 そして、過程を完璧にこなせるだけでは、一生飼われる側。淡々と言われた通りにやっていけば結果が手に入るーーそちらのほうが余程残酷だ。考える能が無くても生きていけることは素晴らしいのかもしれない。でも、それは考える力が失われるということ。自力でなにかできなくなるなんて、恐ろしいと思う。


 だから、仲間を探す時は決まってこう問いかける。



 「過程と結果、どっちが大切?」



 って。




「結果に決まっています。終わりよければすべてよし、ですよ」


「結果だと思いますわ。やり口が酷くても、百発百中早期解決できるのならそっちの方がええ。組織体制がなんだっちゅー話ですわ」


「そりゃあ、結果ですよ。だって失敗したら元も子もない。そう思います」


「結果。それが全てだから。」





 もし、回答者が結果と答えて、それ相応の理由も述べたなら――



「君は、"コッチ"の方が向いてるよ」




 と。

 神様のカタチをした悪魔は囁くのだ。

 



 

 

 

 

 

 

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