57話 誘い

—―翌日


 今朝はとても良い天気だった。

父親と兄から猛烈な『一緒に朝食』アピールを軽くあしらい、オリビエは1人自室で食事を取った。


家を出るときは、御者のテッドが馬車を出す提案をしてきたが、オリビエはそれを丁寧に断り、いつものように自転車に乗って大学へ向かったのだった。



****


「あら? あれはマックスじゃない」


自転車をこいで大学の正門が近づいてくる頃、門の手前に立つマックスの姿に気付いた。彼は誰かを捜しているのか、辺りをキョロキョロ見渡している。


自転車でさらに近付くと、マックスがオリビエの姿に気付いて手を振ってきた。


「おはよう! オリビエッ!」


正門に入ってくると、マックスが笑顔で挨拶してきた。


「おはよう、マックス。こんなところで何をしているの? 誰かを待っていたの?」


オリビエの話に、拍子抜けした顔になる。


「あのなぁ、誰かを待っていたのは確かだが……それが自分のことだとは思わないのか?」


「え? 私を待っていたの? 何故?」


まさか自分を待っていたのだとは思わず、オリビエは目を見開く。


「そんなことは決まっているだろう? 昨日、ギスランに婚約破棄を告げるっていっただろう? どうなったんだ?」


「ええ、勿論告げたわよ。当然じゃない」


「おおっ! そうか、やるじゃないか。だけどあいつは納得したのか?」


「納得させたわ。だってギスランはとんでもない男だったのよ? まだたった15歳の妹と身体の関係があったのよ!」


「な、何だって!? それは本当の話か!?」


興奮のあまり、大きな声を上げるオリビエ。その声に通学中の学生たちがギョッとした顔で2人に注目するが、興奮している2人は気付くはずもない。


「朝っぱらからこんなこと、冗談で言えると思う? 本当の話、真実よ。あり得ないわ。その事を知った時、全身に鳥肌が立ったんだから。今だって思い出すとぞっとするわ」


「成程……それは確かに生々しい話だな。まさか未成年相手に肉体関係があったとは。もはや犯罪レベルだな」


「ちょっと、もう少し言葉を濁した言い方が出来ないの?」


「あ、悪い。つい驚いてしまって。でも良かった、これで安心したよ」


マックスが笑顔になる。


「安心した? どういうことなの?」


「つまりオリビエは奴とは婚約破棄して、今はパートナーが誰もいないってことだろう?」


いつの間にかギスランから奴という呼び名に変わっていると思いつつオリビエは返事をした。


「そうねぇ、誰もいないわね」


「大学の後夜祭には参加するのか?」


「そうね、入学して初めての後夜祭だから参加したいけど……」


「だけど、パートナーはいないだろう?」


「ええ、だから1人で参加しようかと思って」


エレナは婚約者と参加するし、かといってパートナーに兄を頼むつもりなども考えてもいない。


「1人で参加する奴なんか誰もいないぞ」


「だったら参加するのやめるわ。別に強制参加じゃないのだから」


「おいおい、ここまで言ってまだ分からないのか?」


「分からないわ……ねぇ、どうしてそんな顔しているの?」


目の前のマックスは心底がっくりした顔で、ため息をついた。


「信じられないな。ここまで言ってまだ分からないのか」


「え、ええ」


「だから、俺がパートナーになるって言ってるんだよ。いや、違うな。オリビエ、俺のパートナーになってくれないか? 実は俺……」


真剣な眼差しで見つめてくるマックスに、オリビエはゴクリと息を飲む。


(ま、まさか……マックスは私のことを好きなのかしら)


しかし、次の瞬間――


「新作の食べ物を後夜祭で出席者たちに勧めたいんだよ。だから俺のパートナーとして一緒に営業活動して欲しいんだ。頼む!」


「ええっ!?」


オリビエは驚くも……パートナーになることを承諾したのは、言うまでもない——


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