45話 悪女、アデリーナ

 それは昼休みのことだった。


親友のエレナが今日は婚約者のカールと昼食をとるということで、オリビエは1人でカフェテリアへ向かうため、他の学生たちに混じって渡り廊下を歩いていた。


中庭近くに差し掛かったとき、大勢の学生たちが集まって何やら騒いでる様子に気付いた。


(一体何を騒いでいるのかしら)


少し気になったが、そのまま通り過ぎようとしたとき学生たちの会話が耳に入ってきた。


「またアデリーナ様とディートリッヒ様か」

「本当に騒ぎを起こすのが好きな方ね。さすがは悪女だわ」

「でも、あれじゃ文句の一つも言いたくなるだろう」


「え!? アデリーナ様!?」


オリビエが反応したのは言うまでもない。


「すみません! ちょっと通して下さい!」


群衆に駆け寄り、人混みをかき分け……目を見開いた。

そこには例の如く、ディートリッヒと対峙するアデリーナの姿だった。当然ディートリッヒの傍にはサンドラがいる。


そしてディートリッヒはいつものようにアデリーナを怒鳴りつけていた。


「いい加減にしろ! アデリーナッ! 毎回毎回、俺達の後を付回して! 言っておくが、今度の後夜祭のダンスパートナーの相手はお前じゃない! ここにいるサンドラと決めているからな! いくら頼んでも無駄だ! 覚えておけ!」


「は? 何を仰っているのですか? 私がディートリッヒ様の前に現れたのは、まさか後夜祭のパートナーになって欲しいと頼みに来たとでも思っていたのですか?」


両手で肘を抱えるアデリーナは鼻で笑う。


「何だよ。違うっていうのか?」


「ええ、違いますね。大体ディートリッヒ様が私のパートナーになるなんて冗談じゃありません。こちらから願い下げです」


「……はぁっ!? な、何だとっ! 今、お前俺に何て言った!?」


「もう一度言わなけれなりませんか? 仕方ありませんね……では、もう一度言って差し上げましょう。ディートリッヒ様と一緒に後夜祭に行くぐらいなら、カカシを連れて参加したほうがマシですわ」


すると周囲の学生たちが一斉にざわめく。


「おい、聞いたか?」

「まぁ、カカシですって?」

「よもや、人ではないじゃないか」

「お、おかしすぎる……」


「アデリーナ様……」


オリビエも驚きの眼差しでアデリーナを見つめていた。


「アデリーナッ! よりにもよってカカシの方がマシだと!? お前、一体なんてことを言うのだ! 冗談でも許さないぞ!」


ディートリッヒは怒りで体をブルブル震わせてアデリーナを指さした。


「別にこんなこと、冗談で言うと思っていますか? 本気ですけど?」


「そ、そうか。分かったぞ。アデリーナ、お前……俺に嫉妬させるつもりでそんなこと言ってるんだな? だが、そんな手にこの俺が乗ると思うなよ!? どうしても俺と後夜祭に参加したいと思うなら、『どうか私のパートナーになって下さい』とたのんでみたらどうだ? そうすれば場合によっては考え直してやらないこともないぞ? どうだ?」


勝ち誇ったかの様子を見せるディートリッヒだが、サンドラは驚きで目を見張る。


「え? ディートリッヒ様? 私がパートナーですよね?」


しかしディートリッヒはサンドラの言葉に耳を課さずに勝ち誇ったかの様子でアデリーナを見つめる。


「は? 先程から何を仰っているのですか? 冗談は顔だけにしていただけますか?」


「なんだと! さっきから下でにでていればいい気になりやがって!」


「私が会いたくもない、貴方の前に現れたのには理由があります!」


アデリーナはポケットに手を入れると、いきなりディートリッヒに向かって投げつけた。


パシッ!


ディートリッヒの身体にあたって、軽い音を立てて落ちたものは白い布のような物だった。


「おい! 一体俺に何を投げつけて……え?」


地面に落ちた物を拾い上げた、ディートリッヒの顔色が変わる。


「何あれ……?」

「い、一体何投げたんだよ」

「あれは……白い手袋だ!」


周囲のざわめきがより一層大きくなる。

そう、アデリーナが投げつけたのは白い手袋だったのだ。


「私が今日ディートリッヒ様の前に現れたのは、貴方に決闘を申し込むためです! ディートリッヒ様! 私と勝負しなさい!」


アデリーナの声が辺りに響き渡った――


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