12話 意地悪メイドの企み
18時半を少し過ぎた頃のこと。
ゾフィー付きのメイドが厨房で、料理長と話をしていた。
「え? 今、何と言ったんだ?」
料理長が怪訝そうな表情を浮かべる。
「だから今夜の食事、オリビエにはスープとパンだけを出すようにって言ってるのよ」
仮にも伯爵令嬢であるオリビエを呼び捨てにするこのメイドはゾフィーから格別に可愛がられている。
先程オリビエを睨みつけていたのも、このメイドだ。彼女はゾフィーに気に入られているのをいいことに、使用人の中で尤もオリビエを軽視していたのだ。
「これでも俺は、この屋敷の厨房を任されているんだぞ? その俺に使用人以下の料理をオリビエ様に出せって言うのか?」
料理長としてプライドが高い彼は、この提案が面白くないので不満げな顔を浮かべる。
「そうよ、これは奥様からの命令なの。今日、オリビエは生意気な態度を奥様にとったのよ。その罰として、今夜の料理はスープとパンだけにするようにって命じられのよ」
本当はそんなことは言われてなどいない。けれど、このメイドは点数稼ぎの為に嘘をついた。
1人だけ貧しい食事を与えて、身の程を分からせようと企んだのだ。
「奥様の命令なら仕方ないか。分かった、スープとパンだけをオリビエ様に提供すればいいんだな?」
「ええ、そうよ。分かった?」
「何処までも横柄な態度を取るメイドに、料理長は素直に従うことにしたのだった。
そして、その様子を物陰で見つめていたのは専属メイドのトレーシー。
(た、大変だわ……! オリビエ様のお食事が……!)
トレーシーはメイドと料理長が交わしたやりとりの一部始終を目撃すると、踵を返してオリビエの元へ向かった――
****
「大変です! オリビエ様!」
トレーシーはオリビエの部屋へ駈け込んで来た。
「トレーシー、そんなに慌ててどうしたの?」
「それが……」
トレーシーは自分が厨房で見てきたこと全てを説明した。
「ふ~ん……そう。義母は、自分のお気に入りのメイドを使ってそんな真似をしたのね?」
「どうなさるおつもりですか? オリビエ様」
まだ年若いトレーシーはオロオロしている。
「そうね……」
今迄のオリビエなら家族に嫌われたくない為に、どんな処遇も受け入れただろう。けれど、憧れのアデリーナに指摘されて目が覚めたのだ。
『何故、我慢しなければならないの? 家族に媚を売って生きるのはもう、おやめなさいよ』
アデリーナの言葉が耳に蘇ってくる。
「そんな嫌がらせをされるなら、今夜の食事は家で食べないわ」
「え!? オリビエ様!?」
「今夜は外食をしてくるわ。屋敷の鍵だって持っているし、閉め出される心配もないもの」
「で、ですがどうやって町まで行くのですか? 歩いていくには遅くなるし、馬車を出して貰えるはずも……あ!」
そこでトレーシーは気付いた。
「そうよ。私には自転車があるから町までなんて、5分もあれば行けるわ。それに普段から自転車で走っているから、色々なお店も知ってるしね」
「でも、お一人で大丈夫ですか? かと言って、私は自転車に乗れないのでご一緒出来ませんし……」
「大丈夫よ。トレーシーは心配性ね。それに、あなたには頼みたいことがあるのよ」
「お願い? 私にですか?」
「ええ、そうよ。それはね……」
トレーシーはオリビエの頼みに目を見開いた――
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