第7話 友達と贈り物
控えめに口を開いたベルさんを見て、ディアの目が釣り上がった。
「お前は、また勝手に家に上がり込んで……!」
「ごめんごめん! でもミレリアと楽しくお茶してただけだから!」
「俺の許可なく話しかけるな」
「えぇ? 横暴だ。ミレリアは俺と話して楽しかったよね!」
「え、はい!」
勢いの良いベルさんの問いに頷くと、ゴロゴロと雷鳴が聞こえて来た。慌てて窓の外を見ると、まるで台風が来たときみたいに風が吹き荒れている。
これじゃあせっかく実った野菜や果物がダメになってしまう!
恐らく、というか絶対にその原因であろうディアは、無表情の中に今度は苛立ちを滲ませていた。
「…………ベル、早く帰れ」
「……はは。それじゃあ、また!」
ベルさんが乾いた笑いと共にそう言うと、前回と同じような突風と共に消えてしまった。いつも慌ただしい人だな。
急な強風にワンピースを押さえていると、ディアが身につけていた衣服のマントがはためくのが目に入る。
「ディア」
「……何だ」
「今日の服、カッコいいですね。すごく似合っています」
「わざとらしい。その辺の服を適当に来ただけだ」
ディアはツンと顔を背けてそう言ったが、外の風は穏やかになってじわじわと晴れて来た。
ほんと分かりやすいな、この人。
「……着いてこい。お前に渡したいものがある」
「渡したいもの?」
唐突にそう言われたのでついて行くと、ディアは私の部屋の前で止まった。よく分からないが、ドアを開けてみろと促されるがままにドアを開ける。
すると、視界に色の洪水が飛び込んできた。
つい今日の朝までほとんど物がなかった自室には、ドレスや宝石が山積みになっている。
それも、一般庶民以下の生活をしてきた私が見ても高価だと分かるものばかり。こんなに乱雑に積んであるのを見たら本職の人はきっと泣くと思う。
「これ何ですか!?」
「パンのお礼だ。今日会っていた連中から貰った」
「パンのお礼でこれを!?」
そんなことがあっていいわけがない!
驚愕の表情でディアを見上げたが、彼はきょとんとするばかりだ。
「好きなものを好きなだけ持って行くといい。サイズは後から合わせる」
「いやいやいやいや! 受け取れませんって!」
「どうして? 服がないと言っていただろう」
そんなこと言ったっけ。慌てて記憶を漁ると、つい先日の出来事が頭をよぎる。
「お前、毎日同じワンピースじゃないか?」
確か、不意にそんなことを聞かれたんだった。
孤児院で着ていた服は、ここに着てきた一着を除いて置いていけと言われてしまったので、ディアにもらったワンピースと自分の服の二着を着回していたのがバレたらしい。恥ずかしかったが、正直に「これしか持ってないですから」と答えたはずだ。
それに彼は、「……ふうん」と訊ねておきながら興味なさげに言ってきて、ちょっとムカついた記憶がある。
まさかその時の会話からこんなことになっているのだろうか。だって、ディアが欲しがらなければ、龍がわざわざドレスや宝石なんて渡してくるわけがない。
「ありがとうございます。でも、これは受け取れません」
「どうして」
不快そうに眉を顰めたディアの肩をしっかり掴んだ。
この人、美貌もさることながら感覚まで人間離れしすぎてる。
「あまりに感覚がおかしいからです! このままじゃ人間と知り合ったとき、利用され放題ですよ!!」
私は謎の使命感に駆られていた。
ディアは多分、人間とまともに話したことがない。そのせいで人間の感覚が分からないんだ。
やけに過保護なのも、距離感がバグってるのもそのせいだろう。でもこのままじゃ絶対ダメだ! 危険だもの!!
「……お前以外の人間と知り合う予定はない」
「よく考えてみてください。もしフレミリア様が生まれ変わって訪ねてきたとして、ずっとこの森で過ごすつもりですか? たまには旅行とか行きたくないですか!?」
「…………行きたい、が」
「じゃあいろんな人と関わりますよね? その時、出会った人出会った人にこんな調子じゃダメです! 勘違いされて惚れられたり、騙されたりで良いことないですよ!」
私の熱弁に、ディアはよく分かっていなさそうな顔をしているが、ダメだ。このままじゃ本当に危ない。私が欲深い人間じゃなかったことを感謝して欲しいぐらいだ。
ここで受けた恩を返さないと。私がディアとフレミリア様の旅行を必ず守ってみせる。
適切な信頼関係の構築を、私がディアに叩き込んでみせる!!
「私たち、友達になりましょう」
「……友達?」
てっきり嫌がられていると思って、説得するために口を開きかけたが、ディアの顔が心なしか嬉しそうだったので、ただ片手を差し出した。
「友達です!」
「友達、か。初めて出来た」
「え。ベルさんは友達じゃないんですか?」
「アイツとは腐れ縁だ。友達じゃない」
そうだ。ベルさんは形だけとはいえ、フレミリア様の婚約者なんだった。聞いた私が悪いけど気まずいよ。
そっと目を逸らして、目前のドレス類に向き直る。
よし。友達からの忠告ならちゃんと聞いてもらえるだろう。これは一旦片付けてもらって……。
「友達なら服を何着送ってもいいんだ? 宝石は?」
「はい?」
「当然、友達にプレゼントを贈ることぐらいあるだろう。これなんかはどうだ?」
「私とフレミリア様ってそっくりなんですよね。フレミリア様に着せたい服選んでません!?」
黙って目を逸らすな。ねぇ。絶対そうでしょう。
「こっちは? お前によく似合うと思う」
「その宝石いくらすると思ってるんですか!? もっと丁寧に扱ってください!」
そう言っている端から、山積みの装飾類を掘っては、「これはどうだ?」と聞いてくる。
友達になったの、間違えたかも。
私を着飾りたいディアと、せめて一着でいいと言う私の攻防は続き、気づいたら夜になっていた。
最終的には私が折れて、クローゼットいっぱいのドレスと、宝飾品をいくつか受け取ることになってしまった。ここを出て行く時に絶対に全部置いていこう。
「そういえばこれ、ベルさんから預かりました」
「……手紙があるなら家に来ずに手紙だけ出してくればいいものを」
ディアはごもっともなことを言って、私から手紙を受け取る。忘れかけていた。危なかった。
「ベルとは友達になったのか?」
「なってません、けど」
「そうか。……それならいい」
窓から差し込んだ月光がディアを照らす。綺麗な白銀の髪に反射して光って。本当に綺麗だ。
思わず見惚れていると、ディアが夜に溶けるような小さな言葉で呟いた。
「俺と話していてもつまらないだろう」
「いえ、」
「気を遣わなくていい。ベルと話していたときは随分楽しそうだったじゃないか」
ディアさん、友達にも嫉妬するタイプなんですか。
ずっと思ってたけどこの人、めちゃくちゃ愛が重たいな。そう思うと同時に、そう思って貰えたことが嬉しくて堪らなくなってしまった。
「私は、ディアと友達になれてめちゃくちゃ嬉しいですよ! 毎日楽しいです」
思わず手を握った。ふつふつと湧き上がってきた感情が、抑えきれなくて。
最初は怖かったけれど、パンを食べてくれたり、狼から守ってくれたり。不器用な優しさはしっかり感じている。
彼は知らないだろう。この森の外で、私が何と呼ばれてきたかなんて。頑張って前を向こうとしつつも、心のどこかで絶望しきっていたかなんて。
私は、ここに迷い込んで本当にラッキーだった。
「ここへ来られて良かったです。フレミリア様と同じ見た目だったことに感謝ですね」
「……一応言っておくが、代わりにしているわけじゃない。お前とあの人は全然似てないからな」
「それ悪口入ってます?」
「どう思う?」
ディアが意地悪げに笑う。こんなやり取りはちょっと、本当に友達っぽい。
月が満ちていくのを寂しいと思ったのは、今日が初めてだった。
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