伝説の魔女の生まれ変わりだと勘違いされた前世パン屋の娘は、弟子を名乗るヤンデレ龍の執着愛から逃げきれない
飴月
第1話 追放と出会い
「痛ッ……」
うなじにある傷の痛みで目が覚めた朝、16歳の誕生日を迎えた。
思えばこの時から嫌な予感はしていたのだ。
大切に使っていたブランケットはついに寿命を迎えて破れ、朝ごはんの片付けをしていたら皿が割れて破片が指に刺さり、トドメには髪留めが壊れた。
この孤児院で暮らし始めて16年になるが、誰一人として祝ってくれる人がいないのは毎年のことだとしても、ちょっと運が悪すぎる。
でも私、今日誕生日だから。うん、そうだ。これからきっと全てをひっくり返すような良いことがあるはずだ。いや、むしろないとおかしい!
そう考えていた私に、想像以上の誕生日プレゼントが降ってきた。
「…………お使い、ですか?」
お願いがある、と私を呼び出したシスターは名をアネスといい、この孤児院の院長にあたる。
彼女は、初めて見るような優しい顔で口を開いた。
「えぇ。カレンデュラの森まで行って、水晶花を取ってきてくれないかしら?」
「あの森へ!?」
カレンデュラの森。帝国最西の街、つまり私が住む街のさらに端にある森は、『魔の森』と呼ばれている。
昔、大きな戦争が起こった時に戦地となった場所らしく、面白半分に入った者はみんな行方不明になっている。そのため、今もその地に残った怨念が祟りを引き起こしているのだと言い伝えられ、地元の人間ならまず入らない。
手付かずの森の中には過去の遺産があるに違いないと、一攫千金を狙った冒険者気取りの者たちが森へ向かうのは何度か見たことがあるが、もちろん帰ってきた者はいない。
そんなことはシスターも知っているはずなのに、どうして?
何かの冗談だと信じたくて、唖然とした表情で聞き返したが、シスターはゆったりと微笑むだけだった。
「うちの孤児院の経営が危なくなってきていてね? 最年長のミレリアには、一肌脱いで欲しいのよ」
「もちろん、お力になりたい気持ちはあります! 確かに水晶花は売れば高値がつくと思いますが、カレンデュラの森に水晶花があるという保証なんてありません!」
「いえ、あるはずだわ。図書館にある古い文献に記録が残っていたもの」
「そもそも、経営が危ないなんて話は聞いたことがっ……!」
「ミレリア。あなた、今日で16歳でしょう? 花街へ行く、という選択もあるけれど……どちらがいいかしら?」
そこまで言われて、ようやく理解した。
これは私を孤児院から追い出すための口実なのだと。
花街に売られるぐらいなら、一か八か生存の可能性がある、森へのお使いを選んだ方がマシ。
そう判断した私は、すぐに荷物を持って孤児院を出ることになった。元々少ない荷物はあらかじめ玄関にまとめられていたし、別れを告げる相手もいないので、孤児院を出るのに時間はかからなかったのだ。
そのため、すぐにカレンデュラの森へ連れてこられて、森の中を彷徨うことになった。
見張られていなければこっそり逃げ出そうと思っていたのだが、シスターが森の入り口で見送ると言ってきかなかったのだから仕方がない。
あの人はどうも、本気で私に帰ってきて欲しくないらしい。
薄暗い森の中は、雨上がりの匂いがする。私はこれからどうなってしまうのだろうか。
そんなことを考えた瞬間、急に力が抜けて、その場に座り込んでしまった。そのまま、後ろにあった大きな木に背中を預ける。
「…………あっけないな」
この16年間、本当にあっという間だった。
何せ0歳のときに孤児院の前に捨てられてからずっとここで暮らしてきたというのに、全く馴染めなかった。
嫌な思い出ばかりではないけれど、まともに会話をした人なんて片手で数えるぐらいしかいない。いつも、不気味がられていたから。
「やっぱり、前世のせい?」
ポツリと呟いた声は森の中で響くばかりで、返事はない。
私には前世の記憶、というやつがある。自分でもたまに妄想なんじゃないかと思うが、違う自分として生きていた記憶がハッキリあるのだ。
前世の私は、約250年ほど前に、ここよりももっと南の街で、両親とパン屋さんを営んでいた。
両親や街の人たちに愛されながら毎日パンを作って、恋には全く縁がなかったけれど大好きな友人はたくさんいて、21歳になった春に、乗っていた馬車が土砂崩れに巻き込まれて死んだ。それでも幸せな21年間だったと思う。多分。
このことをハッキリと思い出したのは私が5歳になったときだったが、その前から既に片鱗は出ていたらしい。年不相応なことばかりする子供だった私は、悪魔が憑いていると噂され、預けられた教会の孤児院でさえも気味悪がられた。
これで魔法の才能があったなら話は違ったかもしれないが、私の魔力はゼロ。前世でなかったものが今世であるはずもないのだが、みんながあまりにも悪魔憑きだとか言うからちょっと期待していたのに。当時はしょんぼりしてしまった。
ここは狭い街だ。おまけに、濃紺の髪に深いオレンジ色の目と、やけに珍しい容姿をしていれば、私が悪魔憑きだという噂はあっという間に街中に広まる。
こうして私は、どこか気味が悪いのに誰もが当たり前のように使える生活魔法すら使えず、職も結婚も望めないという究極の穀潰しになってしまったわけだ。
そういうわけで、せめて役に立とうとシスターから任せられた雑用全般を必死にやっていたわけだが、これが案外楽しくて!
前世の母にたっぷりしごかれたおかげで家事に苦手意識がなかった私は、それはもう全力で取り組んだ。本気でやっているうちに、いつしかこだわりも芽生えてくる。
料理に洗濯に掃除に! シスターは色々なことに挑戦させてくれたが、そんな中でも一番楽しかったのは、半ば放置されていた裏庭を開拓することだった。
前世でどれだけ美味しいパンを作れるかに情熱を燃やしていた私は、ついにレシピのみならず材料にこだわり始め、家の小さな庭で慎ましく土いじりに精を出していた。それが今世では広大な裏庭を好きにしていいと言われたのだから、もう堪らない。
育てた野菜たちが美味しいパンに変わる瞬間は最高だ!
虫がたくさん住み着いているだとか、たまに猪が来るとかで孤児院のみんなは全然来なかったけれど、私がいない間もちゃんと水やりぐらいはしてくれるだろうか。それだけが心残りだ。
「……誰も水やりしてくれないだろうなぁ」
本当は知っていた。
自分がどれだけ嫌われていたかも、追い出そうとされていたかも。
それでも、役に立ってさえいれば孤児院にいてもいいと思い込んでいた。
普通に追い出されるだけならまだしも、魔の森へ"お使い"だなんて、シスターは余程私のことを疎んでいたらしい。知ってはいたことでも、やっぱり傷つく。だって今日誕生日だし。
今世でもいつか、パン屋さんになりたかった。俯いて、若干湿った地面を見つめながら、ふとそう思った。
両親のレシピは今でも覚えている。
小さな店でいい。パン屋を開いて、両親のレシピを再現し、あの頃の知り合いがもう誰もいなくなってしまったこの世界で、少しでも独りぼっちじゃないと思いたかった。
──────これから、どうしよう。
いつの間にか頬を伝っていた涙を強引に拭う。泣いていたら、また辛気臭いってシスターに怒鳴られる。夜ご飯だって抜きに……いや。
「一か八かって、決めたのは私じゃない!」
メソメソしている場合ではない。だってもう、私の戻る場所はないのだ。
どうにかこの森から生き延びて、自分の足で、自分の居場所を見つけないと。そうだ。せっかくなら南を目指そう。そして、前世で住んでいた街へ戻り、パン屋さんを開くんだ。
ぼんやりと頭の中に、前世の両親の顔が思い浮かぶ。せっかく生まれ変わったんだから、こんなところでへこたれている場合ではない。
今度こそもっと長生きして、天国の両親へ思い出話をたくさん持ち帰ろう。
よし。この森から絶対に出よう。そしてあわよくば、何かしら珍しい植物でも見つけて持ち帰って、換金して開店資金にしてやるんだから。
「……よい、しょ!」
強めの力で自分の頬を叩いて気合いを入れ直し、森特有の土の匂いを嗅ぎながら前へ進む。
追放されたのが陽の昇っている時間で良かった。これで夜だったら、狼か何かに食べられて死んでいたかもしれない。
……そもそもこの森に動物はいるんだろうか?
そんなことを考えていると、風の音が遠吠えに聞こえてきたので、慌てて首を振る。
「まず川を探して、飲み水を確保しないと」
どこかで聞いた山の攻略法を思い出しながら歩みを進める。見つけた川に沿って下へ向かえば、南に出ることが出来るはずだ。私って天才なのかも!
しかし、川を見つけられず時間が過ぎる中で、頭の中で軽口を言う余裕はどんどんなくなっていく。森へ入ったときは真ん中を少し過ぎる位置にあった太陽は、今や空の淵へ沈みかかっている。流石に喉も渇いてきた。
歩いても歩いても景色が変わらない。というより、もしかすると本当に同じところを歩いているのかもしれない。木に印をつけて確かめ、それはないと確信したが……何せ魔の森だ。
もしかして私はもう、ここに閉じ込められている?
「いっ……」
うなじの傷が、痛んだ。
今日はやけに傷が痛む。この傷は前世も生まれつきあったそうなのだが、もしかすると本当に呪われてるんじゃないだろうか。
痛みを堪えきれずに傷を手で押さえてしゃがみ込むと、少し離れたところに見慣れないオレンジ色が見えた。
「あれって……カレンデュラ?」
カレンデュラ。通称、キンセンカ。
鮮やかなオレンジ色の花は美しく、傷ついた皮膚や粘膜を保護することに優れているので、薬草としても有名だ。綺麗だが食べられるので、お腹が空いたときにお世話になってもいた。
庭いじりに活かせないか、と薬草辞典を読み耽っていた頃の知識が脳裏に蘇る。そのおかげで私はちょっと植物に詳しい。
「本当にあったんだ」
マジマジと風に揺れる花を見つめて、不意に呟く。
カレンデュラの森は、本当にカレンデュラが生えているからカレンデュラの森だったのか。
名前の通りじゃないかと脳内でツッコミが入るが、今まで生きて帰ってきた人が現れないので、今日まで確認のしようもない。ということは、この名前を大昔につけて広めた人は、この森から生きて出たということではないだろうか。
「もしかすると、何かヒントがあるのかも!」
近くに行ってみよう、と足を踏み出す。不思議なことに、先ほどまでよりも足が軽い。
森を抜けたそこは辺り一面の花畑だった。
たくさんのカレンデュラが風に揺れ、夕陽を受けてオレンジ色に光っている。
「すごく綺麗……!」
育ちやすいと図鑑に書いてあったが、ここまでの花畑は見たことがない。
生きるか死ぬかの状況にあるのに、思わずテンションが上がってしまう。散々気味悪がられてきたが、私は自分の目の色が好きだし、同じ色をしたこの花が好きだ。
花畑を上機嫌で走り抜けると、陽当たりがよく開けた場所へ出た。もしかするとこの道で本当に合っているのかもしれない。
先へ進もうと決意する前に、もう一度この景色を目に焼き付けよう。そう思って振り返ると、背後からバサリ、と何かが落ちる音が聞こえた。
「…………ッ」
一瞬で背筋が凍りつく。何かいる。私の、後ろに。
早く、早く逃げないと。そう思うのに足が動かなくて、恐る恐る正体を確かめるために振り返った。
「…………え?」
そこには、綺麗な男の人がいた。
まるでこの世のものではないみたいだ。人間離れしている。
この美しさを、そんな簡単な言葉でしか表せない自分の語彙力に失望するが、これは仕方がないだろう。こんなに綺麗な人は、2回の人生の中で初めて見たのだから!
青みがかった白髪が風に揺れている。何色と表せばいいのか分からない、水色と緑が混ざったような不思議な色をした切れ長の瞳はパッチリと見開かれていた。
彼は薄い唇を震わせ、思わず、といったように口を開く。
「…………フレミリア、さま?」
「? 今、なんて」
その声は震えていて、あまりに小さかったので聞き取れなかった。だから聞き返したのだが、彼はその場に膝から崩れ落ちてしまったので、慌てて駆け寄る。
「あの、大丈夫ですか?」
「………………ほんもの、ですか」
「本物?」
一体何が本物なのだろうか。聞き返すと、彼の透き通った目から大粒の涙が零れ落ちた。
彼は呆然とした表情のまま動かないので、慌ててハンカチはないかと探し、ようやく地に転がっている花束が目に入る。どうやら最初に聞いた音は、彼が花束を落とした音だったらしい。
「そんなはずはない。夢か。幻か? はは……そうか。ついに俺は、狂ったのか。もういっそ幻でも何でもいい。あの人にもう一度会えるなら……」
何やらぶつぶつ呟いている。
その美しさも相まって、徐々に様子がおかしくなるのは正直怖かったが、この森で人に出会えるなんて奇跡だ。
もしかすると、ここからどこかへ出る方法を知っているかもしれないのだから、逃げ出すわけにもいかない。
ポケットからようやくハンカチが見つかったので、私は静かに涙を流し続けている彼にハンカチを差し出した。
「あの、これで……え?」
差し出した手ごと両手で握りしめられた。
急な出来事に頭がパニックになっていると、「いきてる」と噛み締めるように呟いた彼は綺麗な顔を上げて、もっとよく分からないことを言い出した。
「……ッ、フレミリア、さま」
「はい?」
「あぁ、本物のフレミリア様だ! やっと俺を迎えに来てくれたんですね……!」
「……え」
「800年間、あなたを忘れた日などなかった。ずっとここでお待ちしておりました」
「…………いや、あの」
「成長したから分からないですか? ディアです。あなたの一番弟子の、ディアですよ。ふふ、あなたがくれた名前なんですから、忘れたなんて冗談は許しませんからね。ずっと、ずっと……っ会いたかった」
とんでもなく綺麗な人が、私に泣き縋っている。
そのことだけは分かるのだが、どうしよう。
全然記憶にない。
フレミリア様って誰だろう。これ絶対人違いじゃないですか!?
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