聴こえないメロディー

猫又大統領

生きろ

 夏の暑さが弱まり、始業式まで数えるほどの頃。その時から音が聞こえ始めた。



 初めのころは、ただの耳鳴りだと思って、気にも留めなかった。



 そして、聞こえ始めてから数日後。時計の針の音よりも小さかった音は町内放送のように大きくなる。そのおかげで音の正体は雑音などではなく、メロディーだと分かった。おまけにその音は頭の中に直接届く。でも、病院に行こうだなんて思わなかった。たとえそれが重大な病の兆候だと知ったとしても動じることはないから。そう自信を持って言える。



 始業式の前日の今日。ついに、目前で演奏されているかのようにメロディーは聞こえる。それは夕方、セーラー服に着替えて家を出た時に始まった。何も怖がるものがないから、笑えた。



 私は暮れかかる中、学校を目指し、頭に響く大音量のメロディーをBGM代わりに歩く。



 流れているメロディーは、いくつか提示された合唱の課題曲だった。夏休み前に、休み明けから一ヶ月後に行われる校内合唱コンクールのための、課題曲を選ぶ時間があった。その時、この曲は選ばれなかった。一票も入らなかったことを覚えている。しかも、毎年どのクラスもこの曲は選ばない。学校ではお化けの歌、と呼ばれていた。友達がいない私には詳しく知るすべはなかった。廊下でたまたまそんな話していたのを聞いただけ。



 これがお化けの仕業だとしてなんだっていうの。今の私にはお化けがどうしたっていうの。



 こんなことをBGMがかかる頭で考えていると、あっという間に学校に着いた。だけど、正門は閉められているから、体育館横の道から敷地に入った。



 学校が休みの体育館は夕方になると、町内の人に貸し出されている。今日はバドミントン教室が行われていた。静かな学校の敷地内にはシャトルを打つ音とシューズが床を踏み込むキュッという鳴き声のような音が聞こえる。心地よい音。



 メロディーはこういう時には小さくなった。音の大きさには強弱がある。その規則に私は気づいた。だけど、どうでもいい。音の大小の法則なんてものは私には、もう、とことん、どうでもいい話。



 休み前から体育館のトイレは故障していて、校舎のトイレを案内されている。だから、今日は生徒のいない校舎にあっさりと侵入できた。



 薄暗い校内をスマホで足元を照らしながら進む。バトミントン教室の人は練習中。今、私はこの学校でただ一人の生徒。



 唯一の学校の音だったバドミントンの音も、今は聞こえない。私の足音ひとつ。



 ここで、静かに遂げたい。そして、この学校を呪いたい。



「誰もいない学校で何をしようとしているのか当ててあげようか?」



 私は心臓がぎゅっと潰されるほどの衝撃を受ける。急に背後から声をかけられ、振り返ると女子生徒がいた。



「え、あなたは誰?」私がそう問いかけるけど顔は暗くて伺えない。顔をスマホで照らすのも悪いと思った。



「私は先輩だよ。よろしく後輩ちゃん」そう話す明るい声色に少し、気持ちが和らぐ。



「でさ? 突然なんだけどね。ここで死ぬのはやめてくれない?」



 体が硬直してしまった。



「はあ。そんなビビらない。家に帰って」



「嫌だ」私は声を振り絞りそうつぶやく。



「どうして? 死ねって言ってないよ? 生きて家に帰れっていってんのよ? 何が嫌なの?」



「私は終業式の時からずっと決めていたんだ!」



 そういった瞬間。とても冷たい白い手が私の首を掴んだ。



「ぐっうっあ」



 自分の首にかかる手を払おうと手をバタつかせたが、空を切る。



「無駄。お化けだからね、私。そうだ、少し昔話してあげる」



 **

 イジメられている女学生がいました。そして、その子は命を絶ちました。おしまい。と思ったけど、続きがありました。なんと、イジメの主犯の女学生が、指揮を振るってクラス全員で合唱をして、葬儀場から霊柩車を送り出したのです。



 イジメられていた子は幽霊になって、学校の生徒が自殺を考える度にあの曲が頭に聞こえるのです。おしまい。

 **



 「何その話。私には関係ない。あなたは死んだんでしょ? 良かったじゃん! この選曲あんたが原因なのか!」私はそういってやけになって笑う。



 「どうして死を選ぶ! 他にも選択肢があったのに! 将来はいくつもの道に分かれているのに! 学校に行かなくても人生は続くのに! 来なくていいんだ学校なんて。死ぬくらいなら! バドミントンやりたいんでしょ? 違う? 生きて。お願い。曲を止めて……よ」



 彼女の泣き声のような言葉は私より、生きていた自分に向けての言葉。でも、その言葉たちは私の心の奥底に大きく響きました。



 気づけば首には手はかかっていない。



「帰るよ。せ、先輩。今、聞こえてる。曲?」



「聞こえて……ないよ」



「そっか。私も聞こえてない」



「もう、暗いから気を付けて帰ってね。ばいばい後輩ちゃん」



「学校は行かないけど。とりあえず、バドミントン教室始めようかな。ばいばい先輩」



「いいね。その調子」



 そういって先輩は校内の闇に溶けた。柔らかい声色を残して。

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聴こえないメロディー 猫又大統領 @arigatou

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