枯れた花束

芦屋 瞭銘

第1話 逃亡

「…っ、…っ…ーー」

 息を切らして全てを振り払って。

 後ろは見ずにひた走る。

「…っゔ…く、…っげほっ」

 発した声は言葉にならない。それでも必死に足だけを動かす。


「きゃあ!!!」

「………」


 ついに何かにぶつかり彼女は目を開けた。

 そこには目を見開いた青年が立っている。


「…あの、……!」

「ごめん」


 小さく謝罪を述べて青年は歩いて行った。住宅街の中でへたり込んだ彼女はその場に誰もいないことを知る。


「ちょっと、…たすけ…!!」


 その声は誰にも届かない。

 それを虚しく思ううち、彼女は周りの景色が見慣れたものであることに気がついた。


「……ここ…」


 そこは彼女の家から50メートルほどの、歩き慣れた道だった。


ーーー


「ちょっと誰か…聞いて…よ…」


 昨日の逃亡劇から時は経ち、次の日の朝。

 高校生である彼女は学校へ行き、クラスメイトに助けを求めていた。

 しかし誰も彼女の言葉に耳を貸すことはない。

 みんな無視をしていた。理由は彼女もよくわかっている。


「…みんな………」

 彼女は大人しく席についた。みんなが自分のことをいないものとして扱っている。それは所謂“仕返し”。罰のようなものだ。

 彼女は自分の名前が書かれた教科書を手に取り、開く。『高峯 二奈』それが彼女の名前だった。

 教科書の後ろには小さく『死ね』と書かれている。彼女はため息を吐いてそれを消した。悔しいも憎いも思う資格はない。そう言われても仕方ないことをしてきたのだから。


 高峯 二奈は高校に入ってからクラスメイトをいじめていた。彼女の行為にみんな便乗していたのに、その末に不登校になった生徒の証言で彼女だけが告発された。

 その途端に全員が手のひらを返した。楽しんで加わっていたくせに、二奈だけが悪者とされてしまったのだ。


 次の日から、いじめのターゲットは二奈へと変わる。内容は陰湿なものが多く、二奈を無視することや、悪口の落書きばかりだった。

 目の前の席は空席になっている。机の持ち主は体が弱く、最近学校を休みがちになっていたところだった。しかし、今日はただの欠席ではない。


 前が空席である分、その前の人物の顔がよく見える。

「………あ」

 ガヤガヤとした教室にその声は吸収されていく。二奈は勢いよく立ち上がり前の前に座る人物の席へ移動した。

「ちょっと、昨日の…!」

「…………」

「ぶつかったの、覚えてる?」


 そう聞けば彼は不機嫌そうに片眉を上げた。

 彼は昨日二奈がぶつかった青年だった。明らかに話したくなさそうにしてノートの端に何かを書く。


 “放課後、人がいなくなってから話して”


「…そんな悠長なこと言ってられない…!一大事ーー」

「では授業を始めます」


 教師が話を始める。二奈は顔を歪め、大人しく席についた。二奈は教師のことが本当に嫌いだった。目も合わせたくないし、口をきくなら死んだほうがマシ。教師にだけは昨日のことを相談しないと決めていた。


 だから二奈は、放課後を待つしかなかった。

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