不死者とロボット

みずかきたろー。

第1話 不死者は塔で月を見上げる

「ここから落ちたらどうなるだろう」


塔がいくつも積み重なってできた巨大な塔の上で、わたしはふと独り言を呟いた。


わたしは不死者だ。


そのため先程の独り言に対するアンサーは、地面に勢いよく叩きつけられてグチャグチャになり、その後一人ダラダラと体の再生を待つ。であろう。


そんなことは端から分かっている。しかし、思わずその一言が口からこぼれ落ちてしまうほどに、塔の頂上は高かった。


そこから見る景色については、人によっては綺麗に見えるかもしれないというのがわたしの感想だ。1万年ほど前だったらギリギリ感動していたかもしれないが、今のこの星はあまりにも殺風景だ。世界で恐らくいちばん高い塔の上という圧倒的なバフがあっても尚、この使い古した両目に映る景色はつまらないものだった。


「バフなんて、もう死語かな」


また独り言を呟いてしまった。薄い空気にギュッと言葉が押し潰された気がして、少し気分が高まった。この歳になると、体験したことの無い出来事に出会った時、それがどんなにつまらなくてもついワクワクしてしまうものである。そうでもしないとやってられない。


「わあ」「ぶー」「やっほー」



発した言葉はすべて空気に押し潰された。このつまらない遊びを、1時間ほど楽しんだ。途中、この遊びを大昔に既に誰かとやっていたことを思い出したが、気にはとめなかった。


太陽が地平線に沈む光景が、ここからはよく見える。太陽はわたしよりずっと先輩だ。わたしがこの世に生まれた時には既に太陽は光り輝いていた。太陽がなければわたしは生まれなかったのかな。そんなことを思い浮かべる。こんなしょうもないことを思い浮かべるのも、たぶんこれで5回目だ。いや待てよ、6回目か?どうでもいいことに時間を費やしながら夜を迎えた。


太陽に代わって月が空を独占している。まばらに光る星たちも、負けじと存在感を主張しているが、やはり月には敵わない。


月の表面に「月×ブリッシャー」と文字が掘られているのが見えた。いつからあったのだろう。星空なんてとうの昔に全て見尽くした気でいた。だから今の今までその文字に気が付かなかった。


もしかしたら、他にも面白い出来事がわたしがうつむいている隙に月で起きていたのかもしれないと思うと、少し後悔しそうになる。それは良くない。何か楽しいことを考えなければ。


年季の入りすぎた脳みそをゆっくりゆっくり回転させ、楽しい記憶を取り出していく。月がちょうどわたしの頭上にのぼった頃、8000年ほど前、意味のわからないことばっかりする面白い男がいたのを思い出した。


「オレは月に行く!そしてあいつを抱いて、ミニムーンを産ませるんだ!名前はツキッシャーだ!」


ツキッシャー。ブリッシャー。なるほど、あの男やったな。やったのか。


どうやらツキッシャーは産まれなかったようだが、月を抱いた男なんて大層な称号、なかなか得られるものではない。月という超がつくほどの大物に直接自分が存在した証拠を残す。なんてブリッシャーらしい実にふざけた行動なのだろう。


人は完全に忘れられた時、真の死を遂げるとよく言うが、ブリッシャーに関してはそれを恐れる必要はないだろう。月が存在する限り、最低でも不死者がいる限り彼が忘れられることは無い。そういう点では彼は賢かったのかもしれない。


わたしは数万年と生きているけど、ブリッシャーのように何かこの世に残せただろうか。わたしは今までいくつかの組織に属し、いくつかの国を滅ぼした。けれどその面影はこの星にはもうないし、語り継ぐ人ももういない。つまりわたしは何も残せていないのか。そうだとしても、そもそもわたしは死なないし残す必要はないのだ。


この世に自分がいた証拠を残すということが、命に限りのある者特有の行動だということに気づけた。わたしのような不死者にはする必要のない行動。だけど、暇つぶしにはちょうど良さそうだ。


「決めた。これからこの星にできる限り私の爪痕を残そう。これでまた数千年は暇を潰せそうだ」


また独り言をつぶやく。そしてさらに、


「ブリッシャー、感謝するよ。あんたの事は多分忘れない」


月を見上げてブリッシャーに礼を言った。いや、正しくは礼を言ったつもりだったという表現が正しい。先程まで月があった場所にはギラギラと燃え盛る太陽が居座っていた。


わたしが考えにふけっていた間に、月はせっせと身を隠し太陽とバトンタッチを行ったようだ。


「月よ!今回はお前の旦那ブリッシャーに免じて許してやる!だから、昨日と変わらずいつまでもずっとその姿を見せてくれよ」


高い高い塔の上で最後に発したこの独り言は、なんだかわたし史上トップレベルの恥ずかしさを含んでいる気がする。


一人顔を赤くし、いても立ってもいられなくなったわたしは思わず身を投げた。

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