怪話型AI子は愛しのお姉さまとメフィストフェレスの夢を見るか
うみのまぐろ
廃校舎の出会い
第1話 ガール・ミーツ・ガール
「ねえ、おかしくない? 十三段目の階段がある。それに、ここは最上階のはずなのに、まだ上の階がある」
そのとき、叫び声が上がった。
私がそう指摘した瞬間に、今まで和気あいあいとしていた一緒に肝試しに来ていた友達たちは恐慌状態に陥って、一目散にもと来た道を逃げ帰ってしまった。さっきまで友達と賑やかに廃墟探検をしていたはずなのに、私は本当は存在しないはずの十三段目の階段の前にぽつねんと残された。
私の名前は『
今は真夜中である。友人たちの声はもう遠くに聞こえなくなってしまっていてひどく静かだ。窓から差し込む月明かりだけでは辺りを見通すには心許なく、あたりを見回して、何か光源がないか探してみて、私は友人たちが取り落としていった懐中電灯を拾い上げた。これで先に進むことができる。
いつか誰かに教えてもらったような気がするが、当然の如く、廃墟の探索は、足元が危険な場合もあるから明かりは不可欠だ。私は気を取り直して十三階段の先を照らしてみた。どうやら『本当はありえない』階段の先は、やはり確かに存在しているようだった。それを確認して、私は状況をもう一度整理する。
さて、この大学には古風だが、七不思議があったのだという。一つ、エレベーターから地下の墓地に行ける、二つ、用務員さんが焼死した焼却炉、三つ、雨の日に人を引き込む池から伸びる白い手。
その最後の一つに、「満月の夜に、十二段しかない怪談が十三段に増える」というものがあった。他の七不思議は何も起こらなかったが、どうやら最後のこれだけは当たりだったらしい。しかも驚いたことに、四階建てだったはずのこの大学の校舎は、それより先の五階が発生しているのである。この先はおそらく、行ってはいけないところ=俗に言う、「異界」か何かなんだろう、と思いながら、好奇心が勝ってしまった私は先へと進むことにした。逃げ出してしまった友人たちに土産話がしたいというのもある。
ざ、ざ、と、私はためらうことなく、けれども慎重に階段を上った。こういうのもなんだが、私はあまり幽霊とか呪いとか、超常現象みたいなものを信じていない。加えてそれを怖いとも思ったことはないけれど、ただ知識としては知っていて、それは他人よりは少し詳しいくらいかもしれない程度だ。だから恐怖はなかった。ただ、現実として遭遇してしまった通常では理解しえない出来事の先に何があるのか、どうにかして確かめてみようという意地にも似た静かな気持ちがあった。そして一歩一歩、階段を上るたびに、この世界とは明らかに違う透明性を持ったひんやりとした異界の空気が、あたりの温度を下げ、私の体温を徐々に侵食していくのが分かった。
静かだ。
かつては人で溢れかえっていたであろう、大学の校舎は、月の光が差し込んで、漂う埃に反射しては、キラキラしたスリットを作っていた。それはまるで銀の雫が降るようにも見える。そのスリットに視線が導かれた先、一つの研究室の扉の向こうに、私は、迷わず、導かれるように一歩を踏み入れていたのだった。
まるで、そこは、異界だった。
この人気のなく朽ちた校舎の中で、そこだけが、赤色と黒とのゴシック調の調度品に彩られた、王室のような空間だった。深紅の絨毯の先に、ベルベットのつややかな布地の張られた古い椅子がある。そして、まるで玉座のように据えられたその椅子に、眠るように、彼女は座っていたのだった。いや、実際に、眠っているのだろう。
ベルベットの椅子に体を預け、少し斜めに首をかしげながら、純白のドレスに身を包んだ銀の髪の彼女は、その重たげ白のまつげを絡ませて、闇の中、そこだけを真っ白に浮かび上げるように、静かに目を閉じていたのだった。
ほう、とため息が出た。
たぶん、白雪姫か何かだろうか。
そんな考えが頭をよぎって、私は二度三度首を振った。こんなところで、銀の髪のドレスを着た美女が転寝をしているなんてそんなことがあるわけない。何かのドッキリだと思って、私は意を決して彼女に近づいた。
彼女は微動だにせず目を閉じている。とても長身だ。椅子に座っていても分かるくらいだと思った。銀色の髪は腰まで伸びて、ベルベットの布地の上に広がっている。私はどうしてだか足音を立てないように注意しながら、そっと彼女へと近づいた。
私はもう一度彼女をまじまじと見た。一点の曇りもない肌艶の白さ。まるでお人形さんみたいな、というような言葉が似合う造形美だった。本当に、この女性は人間だろうか? そんな疑念さえ抱きつつ、私はどうしてだか手を伸ばし、吸い込まれるようにその頬に――触れた。
ひんやりとした、肌だ。
そう感じた、そのときだった。
固く絡み合っていいたはずの、彼女の睫毛を鮮やかに紐解いて、その重い瞼は開かれて、深紅の瞳が私を捉えた。その深紅の瞳は私の表情を捉え、まるで長い眠りから、探し物を見つけたように揺れると、その唇から出た言葉は。
「――お姉さま」
そのまま、私は唇を奪われた。ああ、なんて意味不明な出会いだろう。肝試しに訪れた廃校舎の、あるはずのない十三段目の階段の先に、深紅と黒の部屋があって、そこに座っていた白銀の髪の絶世の美女から、いきなり唇を奪われるなんて。
勢いよく立ち上がった彼女に私はそのまま押し倒され、私は腰と背中と後頭部をしたたかに打ち付けた。衝撃に身もだえしていると、覆いかぶさるように私を見つめる彼女の瞳は、愛おしいものを見つけたように潤み、頬は赤く染まっていた。
「――お姉さま。やっと、見つけた」
そして、もう一度キスをした。
これが、なんて拍子抜けな、私と彼女の出会いである。これからあらゆる怪異との対話を試みる、私と彼女の最初の邂逅。きっとそれは、運命だったのだろう。
その次の瞬間、私は我に返って、キスをしたまま舌をねじ込んできた彼女を思いっきり引きはがしていた。
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