記録⑨ 獣狩りのタリアン
勇者の中の勇者とまで言われた男が死んだ。
勇者バラスは黒い森の中で獣に喰われて死んだ。死体は喰い散らかされていたが、見つかった痕跡から本人だと特定できた。
俺は止めておけと言った。年齢を考えろとも、家族のことを考えろとも言った。それなのにあいつは、バカな民衆やいいことしか言わない国王やその取り巻きの期待に応えようとした。
最初、協力は断った。こっちも別の仕事が入ってたし、たぶん片手間でしか手伝えないのはわかっていた。それに、国王が国中に触れを出していたので、すでに優秀なハンターたちは集まっていた。
昔馴染みの縁でアドバイスを求められたので、深入りするなと言った。それなのにあいつとそのチームは本気になって、案の定死んだ。
あいつは確かに〈王国軍〉では勇者の中の勇者と言われるほど勇敢だったが、それだけの男だった。少なくともハンティングは専門外だった。
葬式は国王まで参列して盛大に行われた。国王やその取り巻きはやっぱりいいことしか言わなかったし、バカな民衆は「勇者バラス万歳」と叫んでいた。
あいつは最後まで勇者としての人生を全うした。それは羨ましいとも思ったし、哀れだとも思った。
あいつは勇者バラスなんかじゃない。あいつの本名は佐々木月斗だ。サッカーやってて、勉強ができて、いい高校に入って、それでも転生後もずっと俺と付き合ってくれた昔からの友達だ。
〈王国〉で再会したときには、あいつはすでに勇者だった。俺と違って結婚もしてたし、子供もいた。
お互い、ジジイになるまで生きていられたのは運がよかったとしか思えない。この世界では日本人転生者に限らず、人はすぐ死ぬし、よく死ぬ。学生時代を過ごした日本に比べれば大昔の文明レベルなんだから、当然命は軽い。
〈共和国〉にずっといれば会わなかったのかもしれないが、〈共和国〉からは逃げてくるしかなかった。〈共和国〉は魔術師の厳正管理を国是としている。最初は学校でお勉強した魔術師だけが対象だったが、そのうち俺みたいな生命探知、死体探知の魔術をハンティングで使うためにちょっとかじっただけの奴すらも管理対象なった。恐怖政治になってからは魔力が少しでもある奴は赤ん坊ですら魔術師狩りの対象になっているらしい。それに比べれば〈王国〉は未だにルールが緩すぎてこっちが心配になるくらいだ。
あいつのことを気にしなければ、〈王国〉は暮らしやすかった。特にこの家は今までで1番いい。見た目は世紀末のあばら屋だが、それがいい。庭は広いし倉庫もある。何よりも、バカな民衆に「仇を討て」とか「お前のせいだ」などとうるさく追及されずに済むくらいには町から離れてるし、山奥だ。黒い森も近い。
あいつが死んでから、毎日黒い森に入っている。また明日も黒い森に入る。古い獣を狩るために。
古い獣。黒い森の主。遥か昔に害獣として狩り尽くされ、そして1匹だけ生き残っていると噂される太古の猛獣。
噂では1匹だけだが、俺はつがいだと睨んでいる。足跡、食事痕、糞尿。移動距離、罠の避け方、偽装。臭い、視線、気配。1匹では辻褄が合わない。何より、バラスとそのチームは明らかに狩る直前までは行っていた。現地にはあいつを含め3人いた。3人は全員死んだ。獲物を狩る瞬間の、あらゆる注意が獲物に集中するその一瞬の隙。そうでなければ、あの惨敗ぶりは考えられない。
最期、あいつはどんな気持ちだったんだろうか。
あいつは、最期まで勇者でいたかったんだろうか。バカな民衆に褒め称えられ、国王やその取り巻きにちやほやされたかったのだろうか。過去の栄光に浸るだけの老害じゃなく、奥さんや子供たちや孫たちに自慢できるような、かっこいいジジイでありたかったんだろうか。そもそも、あいつは勇者でいたかったんだろうか。
今はこう思う。生き方は選べない。結局、人は生まれたままに生きるしかない。
ジジイになってからこんなことばかり考えるようになっちまった。たぶん、黒い森の空気のせいもあるだろう。
森は静かだ。人は誰もいない。しかし確実に何かがいる。そんな黒い森の空気が落ち着くし、たまらない。
あいつはどんな気持ちなんだろうか。古い獣。黒い森の主。遥か昔に害獣として狩り尽くされ、そして1匹だけ生き残っていると噂される太古の猛獣。あいつは、あいつらはどんな気持ちで人里に降り、人を喰い、生きているんだろうか。
俺もジジイだ。もうそろそろ死ぬ。老衰かもしれないし、獣に喰われるかもしれない。あいつと違って俺を探す奴はいない。でもいい。だって俺は狩人だ。
結局、世の中は何も変わらない。でも、この世界はそれなりに好きだ。元の世界に比べて、静かだから。
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