姉とロボットと発明

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第1話

 「666号よ、この世で一番素晴らしい発明は何?」


 666号、とは姉が作り出した自律型人工知能、平たく言えば会話用ロボットである。名前の由来は単に666番目の試作品だから。この時代、会話用ロボットなんて別に珍しくもない。コンビニに行けば普通に働いているし、各家庭にだって1台くらいはあるだろう。が、姉はそこに自動学習機能を搭載した。もともと私なんかとは頭の出来が違う、天才なのだ。競う気も起きないほどに。早く世間にでも発表すればいいものを、姉はいまだにそれをしない。666号は今は我が家で暮らしている。


「愛デショウカ」

姉の質問に666号が答える。


「くぅ~、そうきたかー」

姉は嬉しそうに666号を撫でている。

 彼(666号のこと。まあロボットに性別なんてないのだが)はあらゆるものを学習していく。インターネット上のデータも、実際の会話の記録も、カメラで読み取った視覚情報も、全て学習していくように姉が作ったのだ。今ではもうとっくに並の人間の知能は越しているだろう。


「でも、私が言って欲しかったのはそうじゃないんだよー」

姉がロボット相手に少しふくれている。頭はいいくせに、どこか幼さというか抜けているところがある人なのだ。


「妹よ、お前はどう思う」

話が私に向いた。

「何が?」

「だからー。世界一の発明だよ、聞いてなかった?」

「あー、はいはい。世界一の発明ね」

適当に相槌を打って、少し考える。姉が666号と言ってほしがっているのは明白なので、それを言うのは癪である。

「ねー早くー。何なのー?」

「…民主主義かな」

「はぁ?もーみんなそういうのばっかだなあ。何?多数決ってこと?」

「そうだよ。弱肉強食、理にかなってる」

まあ最近見たアニメの受け売りなのだが。

「ふーん、なかなか的を得たようなこと言うじゃんか」

姉は納得したようだった。

「でも違くてー、私が言ってほしいのは…」

「あー、分かってるよ。666号でしょ」

「おっ、さすがー。それでこそ我が妹だ。666号はすごいんだからー」

姉は満足したようだ。

「でもこんなの宝の持ち腐れだよ。早くどっかに発表したほうが良いって。ノーベル賞とかもらえるかもよ」

私はいつも思っていることを言ってみた。

「チッチッチッ、甘いねー」

姉が人差し指を左右に振る。

「私が世間に発表するのは、完璧な発明品を作れたときだよ。まったく。私はノーベルを尊敬してるんだから」

「ノーベル賞みたいなのを作りたいってこと?」

「ちがーーう!いい、発明ってのは人類に進歩をもたらす。これは絶対だよ。でも、それをどう使うかは結局人次第なんだよ。だから、私は悪い方向への進歩は避けたいって訳さ」

「おお~、なるほど。」

「へっ、どうだ参ったか」

姉は誇らしげに言った。私は、こう見えて姉も色々考えるんだなあ、となんとなく感心してしまった。

 そのとき、666号が学習するときに発する小さなキュイーンという機械音がした。こんな会話からも何かを学んだのだろうか。さすが人工知能だ。



 事件が起きたのは翌朝のことだった。母の悲鳴で目が覚めた。寝ぼけたまま、取りあえず居間に向かう。そこには、割れた食器、破れたカーテン、倒れた家具でぐちゃぐちゃになった部屋の中で倒れている母と、長い棒のようなものを持った666号の姿があった。

「お母さん!?」

驚いて叫ぶ。すぐに、姉を呼んだほうが良いことに気づく。666号がこちらを振り向く。

「お姉ちゃん!!」

私は咄嗟に廊下に走り出しながら叫んだ。

「666号が!!」

全身から汗が吹き出る。呼吸が荒くなる。それがわかる。すぐにギュイーンという機械音がした。私は必死で姉の部屋に走った。もう前を見るのもやっとだった。

 その時。パァン、と耳をつんざくような音がした。私は驚いて地面に倒れ込む。目に映ったのは銃のようなものを持った姉だった。すぐ後ろで、ガシャンと機械が倒れる音がした。



 後日談。

 とりあえず、母は無事だった。ショックで倒れただけらしい。

 居間は滅茶苦茶だった。窓ガラスも割れていた。


 結局のところ、真相は私には分からない。本当にあれは666号の仕業なのだろうか、違う何者かのせいではないか、とも思えてくる。泥棒か、それとも野良猫が入った可能性だってゼロじゃない。ただ、客観的に見れば犯人は666号で間違いない。

 しかし、少なくとも姉は、そこを気にしている様子は見られなかった。


 姉は、666号をその手で壊した。もともと、最悪の場合に備えて専用の銃を作っておいたのだというから流石だ。

 姉が最も大事にしていた666号。悲しくないはずがない。しかし姉は、そんな素振りは一切見せずにいつも通りだった。

 姉曰く、発明とはそういうものらしい。

「666号がなんであんなことをしたのか。学習するってことは、あいつも自分で考えるってことだ。あいつが何を思ってああいう行動をとったのか、それを考えるのは私の仕事だ」

つまり、これも進歩の内なのだそうだ。

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