if日本 怪異未満討伐組  (不定期更新)

渡 忠幻

第1話 刺身のつま


 日本秘匿理にほんひとくことわり局、略称はN(にほん)H(ひとく)K(ことわり)。

 世界に、国民に、同じ菊の紋への奉公をする者達にも存在を隠された、秘匿された公務を日々行う者たちが所属している。

 

 局員は八百万の神々への対応、怪異の討伐、共存、呪具の収集、保管、破壊等を行なう。

 全国に基地局が有り、その地域の土地神・怪異・呪物を管理し、健全な人間社会を維持することに努めているという。


 選考基準は神頼み。ある日突然スカウトが来た者も居れば、局の管理下に置かれた大学への合格届がそっとポストへ投函されていることもある。

 何に選ばれているのか、何が選ばれる理由なのか、幾星霜過ぎたとて人間達には計り知れぬこと。

 



 ちろりに過ぎる時の中、曼珠沙華にはまだ早く、向日葵は皆揃ってこうべを垂れる頃。

 

 山から陽が登り、海に陽が沈む側の県に置かれし日本秘匿理局地方局内のいち廊下、二人の人間が顔を合わせた。

 油と水、氷と炭、一度顔を合わせればどう繕っても角目立かどめたつ仲。


 片方は怪異討伐を担う女、もう片方は怪異見極めを担う男。両者共に、エレベーター前で顔を突き合わせ、かんばせねじけを出して見せた。

 

「げ、未島みしま

「ん?あぁ誰かと思ったら水上みずかみか」

「イヤな顔見たわ……」

「はは、多少は人間関係を円滑にする努力をしてくれよ、怪異討伐報告書すらまともに書けないのなら、せめて愛想ぐらいよくして欲しいな」

「普段顔すら合わせない奴にどうしてお愛想しなきゃねんだ」


 男の柳眉が片方吊り上がり嘲笑、それを見た女の桜唇から品のない音が鳴らされる。少なくとも投げ接吻ではない、もっと硬質な威嚇の音。

 

「君に仕事をまわす課の人間と知っての言葉かい」

「返答を見るに、別に私の担当じゃァねぇんだろ」


 柚子の棘がついた言葉が飛び交い、九月上旬、残暑が裸足で逃げていく。

 黒い革手袋をした女の指で乱雑に押されたエレベーターのボタンが光り、湿気しけた臭いが籠る箱内が二人の前に開かれた。


 傷が刻まれ踵の削れ切った黒いパンプスが硬い音を立て先に入り込み、後を追うように艶がある質の良い飴色の革靴が滑り込む。

 ボタンが押され扉が閉まり、内部に貼られた良くも悪くもない地方キャラクターのポスターが見守る中、少しの静寂。しかし長くは続かない。


「なんで同じエレベーター乗ってくんだよ、香水の匂いキツい、次の乗れや八股やまたのタラシ」

「人に呼ばれているんだ、君みたいなのと同乗しなければらならないほど急いでいる、許してくれ」

「はァー…………」

「フぅー…………」



 再度静寂冷戦



 チン!扉が開き先に飛び出したのは濡羽色、色気無く赤茶のゴムで一つに纏められたそれが、駆ける馬の尾の如く跳ね揺れる。

 その少し後ろから出てくる檳榔地びんろうじ染めの頭、大股に進むと、アッという間に頭が並んだ。


「……ついてくんなよ、尻追っかけんなら別な女にしとけ」

「……君こそ、暇じゃ無いから相手は出来ないんだけど?他人の迷惑を考えたらどうだい」


 曲がり角で緩む足の速さ、誰も居ないと分かると同時にスピードを上げる。その度にお互い邪魔だと睨み合う二人。

 水上が長い髪を黒手袋に包まれた指先で払い、未島の喧嘩をまた買ってみせた。


「誰が"遊べ"っつった、お前みたいな茶屋酒に浸かったような野郎なんざこっちが願い下げだわァ」

「こちらこそ、歩く導火線付き火薬庫なんかの相手は札束を積まれても御免被るね」


 大股、早足、蹴られる埃。


 曲がり道分かれ道、通り過ぎていく部屋、部屋、部屋、部屋。



「……どこまで行くんだ」

「言うわきゃねェだろ」

「早く離れたいから確認しているんだよ」

「人事部署の巡間はさまさんトコ」


 不意に未島の手入れされた革靴が止まり、三歩先で訝しげに振り向く水上。

 筋張った手で目元を押さえ、その場に項垂れている未島を見、一応、といった表情のままつっけんどんに問いかける。


「なに」

「……最悪だ」

「お前も?は?意味わかんな」


 それっきり会話は途切れた。


 二名共に、先程までの早く此奴から離れたいといった脚の動きはなりを潜め、後手に縛られた囚人の如くのろりのろりと歩いていたが、何ごとにも終わりは来るものだ。

 暫く進み廊下の端。


 人事部、部屋の扉が重々しく二人の前に置かれている。嫌な予感。諦観。後、未島の手が取っ手を掴み、軋む音を立てながら開けられた。


「………………………お先にどうぞ」

「………………………どうも」


 訳すと、先に行けよ。うるせえよ。といったところであろう。苦々しい表情のまま足を進める水上、その後ろを渋々着いていく未島。



 不機嫌ななめを隠そうともしない二人を出迎えたのは、見事な狸腹を抱えた巡間という男。

 糸目に笑い皺、生きてきた歳を刻んだ柔らかい紅葉の手に和菓子の袋を二つたがえている。


「あー二人とも来たの、はいはい、ちょっと待っててねー、今行くから、そこ座ってて」


 乱雑に置かれた書類、ファイル、よく分からない紙箱、塵埃何かのカケラ。

 ふた昔ほど前の時代のオフィスのような室内の中、ぽかりと開けられた応接スペースへと進み、声に促されるまま長椅子の端と端へ座る二人。


 古からのヨクワカラナイモノ達が積まれた部屋の中をキャスター付きの椅子でスイスイ泳ぎ、床に落ちていたボールペンを引いて転びかける巡間。


 擦れにすれた合皮の靴がすんでのところでブレーキをかけ、立ち、よろよろと対面の椅子へと寄りかかり、やっとのこさ腰を下ろした。


「よいよい、よっこらしょっ、と、いうわけで、水上さん、未島くん、君達にはこれから二人で組んでお仕事をして頂きます」

「「……………………………あ゛!!?」」

「うんうん、是非ともその調子で仲良くしておくれね、今までねぇ、お二人とも単独行動での業務消化だったんだけど、ペア業務は試験的特例的な物だから、あ、そうそう、これ結成祝いのどら焼き、食べて食べて、いいとこのだから美味しいよ」


 嘴の黄色い子供二名の咆哮など仔猫の威嚇とばかりに、温顔のままどら焼きを二つ、それぞれの前へと配ってみせるぷにぷにの手。

 心底心外寝耳に水、虚をつかれた二人はお互いの顔を見やり、菩薩の顔を崩さぬ巡間を見やり。


「なんで私が万年引き篭もり対策課の野郎と」

「なんで俺が常時暴走機関車対処課の人間と」


「「はァ!?」」


「やっぱり相性良いんじゃないかなぁ君達」

「どこがですか!?」

「これ、業務についての仮資料、これ二人の初仕事ね〜」

「ちょっ、巡間さ」

「今後や仕事については随時配布された端末に送られてくるからね、じゃあ後はお若い二人に任せようかね」


 お話は終わりね〜〜〜〜。はらひら丸い手を振って席から立ち、己の仕事椅子愛機が挟んだボールペンの摘出にかかる巡間。

 長椅子から立ち上がり、中身の詰まったシャツの背中を追う未島。その背中を尻目に水上の手は机の上のどら焼きの袋を開けた。袋は斜めに裂かれていく。


「ま、待って、まってください巡間さん、俺は、次月には対策課内部の狐狗狸こっくり班へ移動する予定で」

「うんうん、ちゃんと対策課の方には部署移動を通達しておいたからね、問題ないよ」

「そうではなく!……部署移動!!?」

「あのねぇ未島くん、ここの局長のお名前、言える?」

「たしか……ええと……」

「岩鬼荒太さんだよね?イワキって苗字格好いいよねぇ、憧れるよ、よっ、こらしょ」

「はぁ、そうですね…………」


 肩を落とし、焦慮を隠そうともしない声で返答する未島。目の前で椅子に飛び乗りゆっくりと回る巡間を睥睨した。

 興味無さそうにどら焼きを頬張っていた水上が、思い出したことがあると長椅子の背凭れに片腕を乗せ、声を上げる。


「あー、成る程、未島お前さぁ、囲いの九人目作ろうとしてたろ?」

「素敵な女性からのお誘いなら断らない、それだけだよ、囲いなんて人聞きの悪いことは言わないで欲しいな」

「受付の子、岩鬼ハナちゃん、局長のお孫さんなんだってよ」

「え」

「やっちまったなァ未島、そりゃ、安全な御座り部署から飛ばされるワケだ」


 ケタタ。八重歯を覗かせ無遠慮に嗤って見せた水上の手が、最後のどら焼きのカケラを口の中へと放り込む。

 唖然としたまま立ち尽くす未島、質の良いスーツの生地が落とされた肩に優しく追随する。


「そういう事で、ね、結構御立腹なんだよねぇ、じゃ、資料読んでもらって、対処課討伐組のベテランである水上さんと色々出掛けて貰うから、宜しくね」

「おう、私が先輩なァ、敬えよ」

「さいあくだ…………」

「敬語使えけいごー」

「じゃあまたね、何かあったら資料に書いてあるメール宛に送ってね、いやいや討伐組に人が増えて嬉しいなぁ、あー、いそがし、いそがし───」


 腕を伸ばし椅子の回転を収めた巡間は、ほやりと微笑むと手を振り、乱立するヨクワカラナイイニシエカラノモノタチの隙間へと、キャスターの音と共に消えていった。



 応接スペースに残されたのは、可哀あわれ面倒な女に付けられてしまった対策課の男と、可哀面倒な男を付けられてしまった対処課の女。

 脚を組み、どら焼きの袋を畳んでゴミ箱へと投げ入れ……られず、口を尖らせた水上が怠そうに立ち上がる。


「よろしくコウハイ」

「……歳は同じだし、新人研修も共に受けた仲だろうに、先輩後輩あるのか?」

「私は民間からのスカウト枠だ、局入り前の指導年数加算すりゃ先輩だろ、なァ、憑者大学つくものだいがく卒業のエリートサマ」


 鼻で嗤って返した未島は、机の上の和菓子袋を持つと上着の内ポケットへ入れた。そのまま、水上には目もくれず部屋の扉へと一直線に歩く。


 お互いを全く気にしない足運び、一人は黒手袋の解れを見ながらのったり動き、一人はすたすた、脇目も振らず部屋の外へ飛び出した。

 人事部の扉が雑に開けられ雑に閉められた音、適当に開き、柔らかく閉める音。


 ころんと転げた埃の塊は、部屋の隅に定位置を決めた。





 


 所変われば品変わる。仕事変われば物変わる。一階廊下、自販機横のプラスチックベンチに座り込み項垂れる未島。

 冷や汗か脂汗か、ワックスが溶けてへなりと萎んだ髪を掻きまわし、身も世もない顔で呟く。


「行きたくない……」

「いつまでいじけてんだ」


 煌々たる売り切れの赤いランプを眺める水上。

 無糖珈琲、ミルクティー、出汁のカン、緑茶。残っているのは聞いたことの無い社名のハーブティー。60円という値段設定からして、味は期待出来ないだろう。

 つまらなそうに視線を自動販売機から外し、未島のポケットから覗くどら焼きの包みを目敏く見つける。


「食べないならどら焼き貰っていいか?」

「あげないからな、大体急に討伐組へ移動って、孫娘だかなんだか知らないが、ちょっとお茶しただけでこの仕打ちとは……」

「当たり前だろ、可愛い孫娘を敵娼(あいかた)にしてやろうって男が寄ってきたら、そりゃ、なア?」


 呆れを隠さず指先を軽薄に動かし、空を撫でたあと自分の上着の袖を直す黒手袋。

 それに応えるよう、重い腰を支え上げ、苛立たしいと床を叩いて見せる革靴。


「俺は女性相手にはいつでも本気だよ、後腐れなくバイバイするところまでしっかりとね」

「倉庫行くぞ、資料要約して読み上げて」

「スルーかよ、自分で読んだらどうだい、目に文字が入らない訳でもあるまい」

「未島が自分で討伐組の装備を用意出来るなら読み上げてやる」


 足音が二つ、駆け足気味のと大股気味の、お互いがお互いを置いて行こうとする足運び。

 片方は端末へ、もう片方はまっすぐ前を。一切交わらぬ視線、鼻つまみ者二人、廊下向こうからやってきた局員が一人、空気の悪さに回れ右をして今来た道を引き返し始めた。


「チッ……怪異対処課は大まかに二つの仕事に分かれてて、片方が祓除(ばつじょ)組、人間の霊等のお祓いなどを担当、もう片方が討伐組、怪異等をその場で消滅、対処する……」

「そ、私の仕事は変わらんか……日本秘匿事項局怪異対処課、討伐組所属おめでとう」

「え」


 革靴が止まる。五歩先で黒いパンプスも止まる。眉根を寄せた水上が、端末を見て眼を丸くした未島へと不機嫌な声を投げかけた。


「あ?何、元怪異対策課のエリート(大学上がり)様は外回り嫌だって?仕方ないだろ怪異も事件も現場で起こってんだから」

「新規に仮作成した怪異"未満"討伐組設立、試験的に二人、導入する……」

「…………………はぁ!!!?」


 そう鳴くが早いが、唸り、男の肩上を閃電せんでん掠める黒髪。


「ッ、どこ行く気だ!?」

「巡間さんとこ!!」


 軽やかに廊下を駆け抜けていく女の後姿、辛うじて聞けたのは行き先のみ。

 引き留める間もなく見送ってしまった未島は、端末を見直し、点ほども見えなく成った後ろ姿を見。


「……はぁ…………」


 ひとつ溜息をついてから、ゆっくりと後を追い始めるのだった。


 

 扉が勢いよく開き、安住した筈の埃がまた転がり、情け容赦無しに黒いパンプスに踏み潰された。やむなし。

 水上が舞い戻ってきたは人事部の応接スペース、そして、向かうは通り過ぎて紙箱ファイルの山脈に囲まれた巡間のデスクの真後ろ。


「巡間さん!!」

「うわっとっとっと……おー危ない、溢れるとこだった」

「聞いてないですなに怪異"未満"って!!」

「あー、あー、あー、それねぇ、怪異には成りきれてない細かいのを見て回って貰おうかと思ってねぇ、鈸徐も討伐も対処より面倒でやりたくないからって小さいの後回しにしちゃうでしょ?」


 よく言えば獅子の咆哮、よく言わなければ躾のなっていない座敷犬。我楽多の山向こうを覗き込み、黒髪の尻尾を揺らしながら吠えて吠えて吠え立てる。

 首をすくめ、右手の湯呑み、左手の羊羹、どちらも取り落とさぬようきゅぅと自身へ寄せた巡間。口を尖らせしおしおと弁明してみせた。


「私がぶっちぎりで討伐課の討伐数トップなの知ってますよね!?未満ってなに!!?」

「でもねぇ、水上さん、君、討伐数トップだけど、始末書数もトップなの知ってる?」

「ふっ」

「あ゛?」

「ん゛ッ、失敬」


 片手を軽く上げ、失笑への謝罪をする未島。人事部の扉にもたれかかり、対策課に流れてくる報告書類でも思い出したのか、口元を片手で押さえ口角を隠している。

 水上が八重歯を剥いて吠え付く寸前、巡間さんの湯呑みに注がれた緑茶が態とらしい音を立て、黒手袋が動きを止めた。


「経理の方からもね、調度品及び公共物の破損数とか、依頼場所近辺への被害とか、書類の誤字脱字不備とか?そういうのをいっぱい注意されててね」

「な……ンな………っ」

「そこで、視野が広い対策課の未島くんと組ませたら丁度いいんじゃないかなーって会議で決まってね、ああ資料に使っていい備品の制限が書いてあるから、変更点に気をつけてね」

「巡間さん……ッ!」


 ずずず……。巡間がお茶を啜る音が遠ざかる、器用なモノで、お茶を啜りながらでもキャスター付きの椅子で移動は可能なようだ。

 はたりと力なく萎れた水上の腕に応えるよう、羊羹を咀嚼する音が戻ってきた。そしてブレーキ音。


「そうだ!そうだ、討伐した怪異"未満"の種類と、怪異に成りかけた状況、現場の大まかな状態も記録して、端末でいつも通りメール飛ばしてね、それじゃあ僕いそがしいから、失礼するよ〜」

「お茶と羊羹持って忙しいは無いでしょう!!?」

「はっはっはっはっは」


 また遠くへと走り去っていく椅子(愛機)の音、最後に一つ吠えた声に笑いで返し、ヨクワカラナイモノ山脈の間へと消えていった。

 頭から水でも浴びせかけられたような顔をしていた水上だが、肩を叩かれ、背後を振り返る。


「いつまでいじけているんだ、お仕事行くんだろ?セ、ン、パ、イ」

「腹立つ……ッ!!」


 喜色満面、整った顔にお似合いの笑顔を貼り付けた未島がそう言った。

 その手を叩き払い、再び部屋の外へと歩いていく水上。踏み潰された埃が、今度は蹴られてベタつく床から剥がれ転げた。



 場所は変わり、対処課倉庫。物々しい雰囲氣を隠さぬ部屋の中、刀が並び、斧がかけられ、真っ新な大幣が幾本も置かれている。

 衣紋掛にかかる縄、ベルト。棚に並ぶ箱には梵字が書かれ、透明なケースに入れられた針、水引、人形ひとがたが整頓されていた。


「怪異"未満"討伐組所属おめでとう」

「その淡麗なお顔凹ましたろかァ」

「おー怖い、備品はどれを使えば?」

「持ってけるのは未島のだけか、ほらよ除霊スプレー《兼虫除け兼日焼け止め》、以上」


 小さい土偶の二列と、重々しい裁ち鋏の群れの間、簡素なアトマイザーを二本黒手袋が手に取り、雑に未島の方へと投げる。

 難なく受け取った男の手はアトマイザーを見、用事は済んだとばかりに倉庫から出て行こうとする女の後ろ姿を見、もう一度手元を見。


「……もしや、俺の事をからかっていたりする?」

「んな暇あんなら一人で向かってる」

「なん、こう、もっと仰々しい装備とか!お祓い棒とかあるだろ!?ここに!!」

「残念だがそれは祓除組の装備、大幣(おおぬさ)なんて討伐組は使わねぇし、日本刀も手斧も鉄扇も、今の時代じゃ持ってるだけで職務質問喰らうわ」

「じゃあなんで置いているんだよ!?」

「そこに有る事が重要なんだろうなァ」


 やる気が無さげな声が薄暗い倉庫内に響く。入り口付近の壁にかけられていた車の鍵が水上の手により一つ取られ、ちゃらりなんて擦れて聞かせた。

 ひとつに結われた黒髪の先が揺れ、それを追うように未島が軽く走って、二歩後ろにつく。


「制服は」

「無い、二人組なら今着てるようなスーツが多い、グループなら場合によるけど旅行客に見せかけた私服、行く場所によるが神職に似せた服、和服の奴も多いな」


 黒手袋が扉の取っ手へ端末をかざすと一つ目の扉が開く、狭い小部屋に入り、小さい机の上に置かれたノートへ二人分苗字を書いて、持ち出す備品を横へと記載した。


「靴は」

「ケースバイケース、今回は今履いてるやつ、山とか海のは後日にまわすから、次から走り易い靴履いてこいよ」


 ボールペンの芯を机に当てて引っ込ませ、ノートの真ん中へと置く。二つ目の扉へ端末をかざし、外へ出る。

 二種類の靴が踏むのは、経年劣化で割れ、雑草が伸びるコンクリート。


「防呪服とか」

「ここにあんのは未討組は使うなって資料に書いてある、ガチ怪異とは会わない想定なんだろ、完全に避けるのは無理だろうが成るべく他所にまわす」

「……水上は耐性ゴリラかもしれないが、俺には必須だろ、決めた奴は何を考えているんだ」

「そのバカほど屈強なメンタル持ってりゃ平気だ、行くぞ」


 手動で扉が閉まる安い作りのプレハブ小屋、曇天が目に優しい田舎の理局のヒビが入った駐車場。

 合計二十も歩かないうちに今日乗る車を見つけたようで、ボタンが押され車の鍵が開いた。


「車が軽ってなんなんだ」

「狭い道にも入れるし、ほぼどこでも停められるし、なにより四駆はいいぞ、雪道に強い」

「色、どう見ても泥や埃で薄汚れた灰色って、洗車はどうした洗車は」

「ほんとめんどくせぇなァ、運転は」

「君は新人に乗り慣れない車でわからない道を運転させるというのか、へえそうか、つまりそういう奴なんだな」

「車通勤のくせに何言ってんだお前、つか勤務年数同じだろ、入局日揃いだぞ私ら」

「今回は討伐組として勤務年数が長いベテランのセンパイにハンドルを譲るよ」

「いやいや、ここはコウハイが早く業務に慣れる為に運転席に乗せるのが優しさってもんだろ」


 無言、視線での押し付け合い。


 だがそれも長くは続かない、仕事には行かなければいけないし、誰かが運転しなくては車は動かない。


「レディーファーストだよ、淑女なら黙って気遣いを受け取るものでは?」

「誰が弾除けになんて好き好んで成るか、日本男児なら先陣切るべきじゃ?」


 大人であれ、大人でアレ、ここに居るのは大人気ない二人。理性があるから人間であり、人間である故争いが起きる。が、まぁ。


「「……………………さーいしょーはグー」」


 勝敗の付け方は、なにも切った張っただけではない、ので。


「「じゃーんけーんッ……!」」


 ぽん。

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