愛想がない無表情な傭兵はいつも仲間に助けられています

桜木姫

第1話 プロローグ

 問題。傭兵稼業で最も重要な要素はなんでしょう。


 丸太のように太い剛腕の男は、愛用する大剣を撫でながらこう言った。

 それは、どんな魔物も葬れる圧倒的な『力』であると。

 絹のように艶やかな髪を持つ女は、命より大事な杖を抱えながらこう言った。

 それは、かつて神がこの地上に齎した奇跡たる『魔法』であると。

 癒えきらぬ傷に塗れた歴戦の強者は、傷跡を悔恨しながらこう言った。

 それは、何が起きても頼りにできる『人脈』であると。

 泥濘のような闇を知る老獪の賢者は、不遜に笑いながらこう言った。

 それは、あらゆる事象の真贋を見抜く為の『知識』であると。


 魍魎もうりょう跋扈ばっこの世界で傭兵が担う役割は、すなわち魔物の討伐と護衛だ。

 それも、精霊ニンフ古代竜エンシェントドラゴン大蛇ゴルゴーン幽鬼ファントム幻獣グリフィスというような、軍や自警団が匙を投げるような凶悪な魔物が相手である。

 そう考えると、『力』や『魔法』が最重要とする言葉も頷ける。

 さらに仲間を集める為の『人脈』や、如何にして魔物を攻略すればいいかという『知識』も当然、必要になってくるだろう。


 では、最初の問いに戻ろう。

 傭兵稼業において最も重要な要素とは、果たして何か。


 結論。

 それは『力』でも『魔法』でも『人脈』でも『知識』でもない。

 かつて世界最強と呼ばれた傭兵、グラディオール・ベン・ベネディクタ。

 全てを兼ね備えていたはずの彼は、己の生涯の最期に、自身にはある物が足りていなかったと語った。


 それは、『愛想』である。


 最初で最後、たった一つの武勇でもって、彼は世界にその名を轟かせた。

 しかし愛想がなかったばかりに、そもそも仕事が貰えなければ、力も魔法も人脈も知識も持て余すばかりで何の役にも立たないと、これ以上ないほど悔恨しながら死んでいったそうだ。


 そんな物悲しすぎる英雄の最期は、少年だった頃の俺の胸に強い衝撃を与えた。

 なぜなら俺も「愛想がない」側の人間だったから。


 幼い頃からうまく笑顔が作れないせいで不気味な顔になり、苦笑いされることなど日常茶飯事。気を使わせてしまったという負い目と、元々緊張しいということも相まってさらに顔は強張る。なおさら不気味になる笑顔。苦笑いはやがて嫌悪へ。わかりやすい悪循環だ。

 嫌悪は孤立を生み、孤立は俺から笑顔を奪った。

 そうして気が付けば、いつも無表情でいるようになっていた。


 ただ、無表情でいると、度々「愛想がないな」と言われることはあっても、他のことさえどうにかしていれば、基本的には何事もなかった。顔は静止画だけど話してみると普通の奴だよ、くらいの評価は大抵得られた。

 故に仕事は上々。人間関係も悪くない。趣味は一人で楽しめるし、何の問題もない筈だった。


 だが、ある日、組んでいた仲間の一人が怪我で引退を余儀なくされた。

 そいつは言わばパーティの中核で、実務的な意味でも、精神面的な意味でも欠かせない存在だった。

 怪我の程も酷く、片腕を失い、両足の腱を断裂。

 彼が日常生活を満足に送れなくなったことをきっかけに仲間内ですれ違いが生じてしまい、当時のパーティは半ば空中分解してしまった。


 一人は別の傭兵団に加入し、一人は別の仕事を始め、一人は田舎へ帰って家業を継いだ。

 残ったのは俺と、高位魔術師ハイメイジの二人だけ。


 さて、我々も身の振り方を考えないと、という話になった時、魔術師の方から提案があったのだ。

 このまま二人で傭兵続けないか、と。


 正直、悪くない話だった。

 何故なら、俺自身、腕力に物を言わせて魔物をぶった切る超々前線型で、魔術師の方は『高位』の称号に違わぬオールラウンダー。ちゃんと仕事さえ選んでいれば、十分二人でも続けられる組み合わせだった。


 しかし、現実はそう甘くない。

 そもそも二人しかいない傭兵団に依頼を出してくれる雇い主なんて、ほとんどいないのだ。選ぶ選ばない以前に、仕事自体がない。皆無と言っていい。

 幸い、解散前の傭兵団での実績はあったので、傭兵団管理協会に依頼を斡旋してもらえたりはする。ただそれも、街道沿いに出た魔物の群れの討伐、もしくは誰かが討伐した死体の処理といったものばかり。


 当然、そんな細々とした仕事だけでは、生活は立ち行かない。

 なので、一念発起の気持ちで自ら売り込んでいこうと、行商団や行政に掛け合うことにしたのだ。


 そして、話は最初に戻る。愛想についての話だ。

 愛想というのは交渉の場において非常に重要な要素だ。

 愛想が良いだけで、人はある種の好意や信頼を抱くようになる。無論、愛想があれば交渉が有利に働くというわけではないが、ひとまず話のテーブルには着いてもらえる可能性が生まれるのだ。


 問題なのは、俺も魔術師も愛想がないということ。

 無表情なだけの俺はまだマシだ。致命的なのは魔術師の方で、もともと貧民街で暮らしていたということもあり、素でガラが悪かった。ついでに言葉遣いも悪い。生粋の皮肉屋で、ふとした瞬間に無自覚に相手を煽るので、運よく交渉の場に着けてもご破算になることがほとんどだった。カスかな?


 そんな経緯もあり、最終的にはコンビも解消され、結果一人ぼっち。

 愛想を得られない星の下に生まれた自分の事を心底から恨みながら、俺は細々とした生活を続けているのだ。

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