36話 魔物融合-3

「なっ、なん……やと……!? う、うちの……イルカちゃん……! ううっ」


 産まれた子の姿を見るや否や、クロは四つん這いになって打ちひしがれた。


「お、おら……なんか、しちまっただか……?」


 身体を屈めて恐る恐るという風にあわあわと聞いてくる豚魚人。


「いや、気にするな。理想とのギャップに苦しんでるだけだ。あ~、お前はそうだな……ギガンだ!」


 その瞬間、連続で見ているが故にもはや何の驚きもなくなった光を全身から放ち始めるギガン。


――眷属化が開始。豚魚魔巨人ミクストロールへ転生させます

――魂の繋がりパスの接続に成功しました



 光が収まり、そこから現れたのは肌や耳などが全体的にシュッとして、何となく人間に近づいた感じがするギガンだった。これはクロの時と同じパターンだな。

 眷属化する前から人間体だったから、より人間的容姿に近づくだけだったってことだ。今の俺は人間ではなく魔王だが、容姿は人間時代のまんまだしな。



 にしても豚魚魔巨人ミクストロールか。オークサハギン魔巨人トロールの3種族の混血児的な状態になってるってことなのだろう。魔と巨人が別枠なら、クォータートロールでも良かった筈だからな。

 でも、その割には魔力反応が弱いな。やはり見た目通り、筋力特化ってことなのだろう。何だったらクロの超怪力モードより筋力は強いかもな。あいつは速さも技術もあって、更に妖術も使えるから筋力だけで勝てると思ったら大間違いだけど。

  

「主様、おらのために、名ぁ下さり、感謝、しますだ」


 深々と頭を下げるギガン。

 懸命に言葉を紡いでいる感じだ。


「いいさ。他の子供達にも言ったが、お前にも言おう。俺は眷属を下僕として扱わない。家族として扱う。だから俺のことは父親だと思いなさい。で、この2人は俺の嫁さんだからお前の母ちゃんだ。それから、この3人はお前の兄ちゃんと姉ちゃんな? この場には居ないけど、他にも20人弱くらい姉ちゃんがいるから、後で挨拶するんだぞ?」

「そ、そんなに……いっぱいだか!? おら、おらの家族!?」

「あぁ、そうだ。大家族だ。もう一人産む。お前は今の所末の弟だけど、これから兄ちゃんになるんだ。いざって時はしっかり守ってやるんだぞ?」

「あんちゃ、おらが……。おら! 守る! おっとう! おら、守るだ!」

「あぁ、その調子だ。頑張れよ? それじゃ、兄ちゃんたちの後ろに行ってなさい」

「うん! おっかあ、あんちゃ、ねえちゃ。後ろ、失礼するど」


 ん~む、今の所皆礼儀正しいな。いや、別に口悪い奴に産まれて欲しい訳じゃないけども……やっぱ、根っこの部分に眷属と主ってのが刻まれてるからかねぇ。まぁそれで好き放題暴れられちゃ困るし、別に良いか。今後一緒に生活して、慣れてくれば多少砕けるだろ。


 産まれてきたこの子達と暫く一緒に生活して、実力を見てから亜人国家へ赴くメンバーを考えるつもりなんだからな。子供たちだけじゃ不安が残りそうなら、クロを残してくってことも考慮しなくっちゃいけない。……それは避けたいなぁ~。クロ自身が行きたいって言ってたし、折角の旅行だ。最低でも嫁さん2人は連れてってやりたい。セーラは海越えに絶対必須だからマストじゃん? となると……やっぱメイド隊を留守番として置いてくしかないかねぇ~。でも、シンシアは連れてってやりたい。あの娘俺と奏の傍に居られることが何より幸せって言ってたし、長期間置いてくのが忍びない。


「ん~っ、はぁ。ま、今考えることじゃねぇな。さて! いよいよだな奏」

「うん。どんな子が産まれるかな」

「さてな……正直俺には皆目見当もつかん。精々犬耳と犬尻尾が生えたゴブリン的な感じじゃねってくらいだな。分からん」

「あはは! それもそれでちょっと可愛いかも」

「ふっ、まぁ産んでみれば分かることだ。どんな子だろうと愛する。それは決定事項なんだからな。だからクロ、いい加減起きろ。ギガンが可哀想だろ」


 未だに四つん這い状態で真っ白に燃え尽きているクロの後頭部に軽くチョップを食らわせる。


「……うちのイルカちゃん」

「そんなに見たかったのかよ? はぁ~、亜人国家行く時に海渡るんだから、そん時に探せばいいだろ? 名前こそ違うけどウツボが居たんだから、イルカも居るかもしれねぇじゃん。な?」

「はっ! せ、せやな!!! ぃよし!! 元気出たでぇぇ!! うち、完全復活やぁぁぁ!!! ひぃ~っひっひっひっひ!!」

「あの、クロ? まだ居るって確定した訳じゃないよ……まぁいっか」


 高笑いしながら楽しそうに踊ってる今のクロを邪魔するのは、忍びない。俺と奏は今だけは夢を見させておいてやろうと一致団結して視線を合わせ頷き合うと、クロのはしゃぎっぷりをガンスルーすることに決めた。

 そして、その意思を子供たちにもアイコンタクトで伝える。子供たちも察したのか黙って頷き、踊りながら夢空間にトリップしているクロを放置した。


ガチャリ。


 扉が開く。

 呼び出していたゴブリンとコボルトが到着したのだ。


「来たな。じゃあ始めるぞ」


 2体をそれぞれの魔法陣に向かわせ、はしゃいでるクロがなんかの拍子で融合魔法陣に入り込まないようギガンに抑えておいてもらうと、迅速に融合を開始した。

 カッ! と、再びの極光。光が収まると、そこにはコボルトの特徴である犬耳、犬尻尾と小鬼ゴブリンの特徴である小さな体躯と緑色の肌を持った銀髪おかっぱ頭ののっぺりとした顔の幼女が居た。


――魔物融合を実行。新種族『屋敷妖精ハウスゴブリナ』が誕生しました

――新種族『屋敷妖精ハウスゴブリナ』の情報登録に成功。魔物渦の設置が可能になりました


「お、おぉ……俺の予想当たっちった。でも、『屋敷妖精ハウスゴブリナ』ってなんだ? ゴブリンの雌バージョンなんだなってのは分かるけど」


 そんなことを言っていると、その屋敷妖精ハウスゴブリナが答えを教えてくれた。


「我ら『屋敷妖精ハウスゴブリナ』は、いわば宿の女将で御座います旦那様。古来より人間やエルフ、獣人などの文明を持つ種族の家に住み着き、その家に繁栄と守護をもたらし家の仕事を代役します」


 その情報から、俺はすぐにある存在を連想した。そう、日本の妖怪である座敷童だ。確か同じような存在だった筈。でも、座敷童は家事の手伝いなどしない。それどころか……。


「旦那様のご懸念の通りでございます。我ら『屋敷妖精ハウスゴブリナ』は都合の良いだけの存在ではございません。我らは家の住人を観察し、堕落したと見れば家を離れます。そうしたら家には滅びが与えられる。即死魔法や呪いなどではございませんが、数々の艱難辛苦かんなんしんくが家の住人にもたらされるでしょう。旦那様、私はまだ住む家を決めておりません。まだ産まれたばかりですから。ここで私を放り出せば、この家は見捨てられる恐怖に怯えずに済みます。どうなさいますか? ハイリスクハイリターン、という奴で御座います」


 『屋敷妖精ハウスゴブリナ』は極めて淡々とした口調で、けれど捲し立てるように一気に説明すると、俺に問いかけた。

 俺を試しているような、挑発するような笑みを浮かべて。


「……ふっ、くく。ハイリスクハイリターンか。俺は、分の悪い賭けは可能な限り避ける主義だ」

「では、私を放り出しますか?」

「まぁまぁ落ち着けよ? まだ結論は言ってない。なぁ『屋敷妖精ハウスゴブリナ』さんよ。俺は迷宮主ダンジョンマスターだ。幸運なことに未だ本気のピンチってもんを味わったことはねぇが、この命は常に危険と隣り合わせだ。世界に対してあんな挑発したしな、今後はますますピンチが増えていくだろうよ」

「……何が仰りたいのです?」


 元々切れ長で細い目を更に細めて、『屋敷妖精ハウスゴブリナ』は問いかけてきた。


「要するに今更ってことさ。それに、危険を常に身近に感じておいた方が気が引き締まるってもんさ。だから俺は」


 そこまで言った所で奏といつの間にか夢トリップから脱していたクロが、俺の両肩にそれぞれ手を置き、並び立ってくる。

 目と頷きからその意思を察した俺は、ふっと笑うと頷き返し代表して宣言する。


「俺達はお前を歓迎する!!!」


 そう言った瞬間、『屋敷妖精ハウスゴブリナ』は目を見開き輝き始めた。


――眷属化が開始。監視妖魔デビルシルキーへ転生させます

――魂の繋がりパスの接続に成功しました


 光が収まると、そこには更に人間的になった『屋敷妖精ハウスゴブリナ』がいた。3回目ともなれば確定だ。元から人間体の魔物が俺の眷属になると、より人間的容姿になるだけで大きく変化はしない。


「……驚きました。まさか、リスクを抱えたまま生きる選択をなされるとは。より危険に陥る可能性を考えはしなかったのですか……?」


 呆気にとられた様に、細い目を見開いて問いかけてくる『屋敷妖精ハウスゴブリナ』改め監視妖魔デビルシルキー

 

「そん時はそん時だ! 俺達も所詮はその程度の存在だったってことよ。それより俺の方こそ驚いたぞ。まだ名付けてないのに眷属化するなんてな」

「そんだけ、その子にとっちゃ嬉しかったっちゅうことやろ。自分の危険性を正しく理解した上で迎え入れるっちゅうんやからな。その嬉しさは、うちもよく分かるからのぅ」

「あ? なんかあったっけ」

「妖術の話や。例え眷属化して自分に危害は加えられないって分かってたって、耐性を無視して簡単に五感を侵せる能力を持つうちを、あんたは受け入れてくれた。ごっつぅ嬉しかったで? 今、惚れ直したとこや。あんたはやっぱ、ごっつい男やで」

「うん、それは私も良く分かる。だって私、まだ迷宮主ダンジョンマスターとして転生したばかりの創哉からすれば、あからさまな厄ネタ持ちだった訳だし。幾ら妹に雰囲気が似てたからって、普通は他人に構ってる余裕なんかないよ。こういう器の大きい所、やっぱり好きだな~私」


 2人の言葉に俺は思わず顔を赤くした。


「べっ、別にそんなんじゃねぇよ! 褒め過ぎだ!」

「おっ! 顔赤くしよったで創哉はん! 褒められて照れるなんて、かわええやん! なぁ? 皆」

「ふふ、あはは! うん! 創哉ったら可愛い!」


 子供たちも、それに便乗して頷いている。


「お前らなぁ!! はぁ……ったく。ん? どうしたよ」


 俺の視線の先には、未だに目を丸くしたまま俺たちの様子を見ている監視妖魔デビルシルキーの姿があった。


「……本当に、眷属を家族として……そんなことが」

「他の魔王や迷宮主ダンジョンマスターが眷属をどう扱ってるのかは知らん。ただ、俺はこのスタイルを貫く。言っとくが、お前も同じだぞ? って訳で遅れちまったが名前を贈る。そうだな~、シルル! お前はシルルな!」

「……シルル、で御座いますか。悪くない響きです。えぇ、畏まりました。貴方をシルルのお父様と認めます。しかし、それでもシルルの本質は変わりません。お父様お母様、貴方がたが堕落すれば私はここを出ます。例え眷属化しても、これは害意ではないため防げませんよ?」

「気にするな。それがシルルの役割だ。んじゃ、行くぞ! お前らの姉ちゃんたちが今歓迎会の準備をしてくれてるとこだ! 飲んで食って歌って踊れ! 無礼講って奴だ。お前らは子供だけど、身体は完成してるからな。酒も呑んで良いぞ。あぁ……シルルはどうなんだ? お前って種族的には子供なの?」

「……いえ、成体でこのサイズです。これ以上身体が大きくなることはありません」

「そっか。なら、お前も呑んで良いぞ。勿論興味なけりゃ呑まなくていい。そこら辺は好きにしろ。よっし! 朝やったばっかだけど宴だ宴! 行くぞ!」


 こうして俺たちの家族に、新しく5人の頼もしい子供たちが加わったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る