20話 試験


 皆でガチャを引いた時から、一週間の時が過ぎた。

 未だ、例の娘は目覚める気配すらない。侵入者自体は来るが、人間は未だ一度も訪れていない。これがただの偶然なのか、それとも何かの暗示なのか。

 それは俺には分からない。けれど一つ確かなのは、クロムウェル領へ戦争を吹っ掛ける為の準備が整いつつあるということだ。


 今、俺の眼下では今にも激しい戦いが繰り広げられようとしている。

 うちの娘たちと、野良の魔物との大規模戦闘だ。

 魔物軍の総数はおよそ1000。それに対し、うちの娘らの総数は19。未だ目覚めていない例の娘とクロを除いた全員だ。武装は最低限だが整えてあり、まず全員が皮の鎧を身に着けている。武器の方はそれぞれで異なり、弓や剣、槍など様々だ。

 全員分用意するために5000DPもかかった。食材に対して装備品の値段、高過ぎるマジで。奏を戦わせてしまって良いのか? 勿論俺個人としては良くない。だけど自衛すら出来なくては容易く死んでしまう。仕方ないんだ。殺人さえしなければ、それでいい。その一線さえ超えなければ、踏み止まれる。

 そこを超えていいのは現状、俺とクロだけだ。

 何故、そんな大勢の魔物と戦わせようとしているのか? 至極単純である。これは俺が課した試験なのだ。俺がクロムウェルのもとへ潜入する為の。我が家をもぬけの殻にする訳にはいかないからな。

 故に、留守を任せるに足る強さを証明してもらう。その為に、俺はこの戦いの為に新たに購入した『魔物呼びの笛』でこの山の魔物を呼び寄せたのだ。

 勿論、マジでピンチになったらすぐに救助はするけど。ギリギリは見定める。


「さぁ、お前達の力を見せてくれ!! 後の心配なんかせず、全力でな!!」

『はい!!』


 皆、覚悟を決めた戦士の顔をしている。これだけの数を前にしても、恐れを見せる者は誰一人いない。俺とクロが後ろで控えているから、死への恐れをそこまで感じずに済んでいるのだろう。

 良いことだ。驕り高ぶり慢心するのは最悪だが、怯え切って動けないのも最悪だからな。

 奏に視線を送る。彼女は俺の視線に即座に気付くと薄く微笑み、頷く。それに頷き返すと、クロへ視線を送る。

 それに黙って頷くと、クロは魔物達にかけていた妖術を解除する。催眠の一種で運動神経のみを一時的に麻痺させ、その場で直立させていたのだ。さながら目の前にニンジンをぶら下げられた馬のように、魔物呼びの笛によって呼び起こされた怒りを、更に激しく燃え上がらせながら。


「さて……見せてもらうぞ。クロ。お前の教育の成果を」

「ひひっ、おう。まぁ見とけや」

 



◇◇◇




 開幕早々、魔物達の進行を防ぐようにして何の変哲もないただの縫い針が8本リーリエの手から放たれる。大して早くもないソレは容易く魔物達に避けられ空振りに終わり、四方八方へ散ってしまう。

 心なしか魔物達が、彼女を嘲っているように見える。しかし、リーリエが人差し指をクイッと動かすと、唐突にゴブリンの一匹が悶え苦しみだす。

 それは一瞬の出来事。首に手を当てて藻掻いたが、虚しく崩れ落ちる。シュルシュルっと何かが動く。ゴブリンの首には極めて細い絞め痕が残っていたが、突然溶け始める。強烈な酸っぱい臭いが漂い出す。

 たまらず魔物達はゴブリンの死体から逃げ出そうと散るが、次の瞬間。


――スパンッ!


 五体がバラバラになって崩れ落ちる。


「私から逃げるなど不可能ですよ。貴方達はもう、私の檻の中に入っているのですから。動けば、死にますよ」


 リーリエがそう言うと、何も無い空から何かの液体が滴り落ちる。

 それに気付かず浴びてしまったオークは、数秒痛々しい声を叫びながら悶え苦しむと、泡を吹いて崩れ落ちた。


「まぁ、動かなくても死ぬんですけどね。ふふっ」


 再びシュルシュルっという音が鳴る。


「さぁ魔物さん達、私は創哉様に力を示さなければなりません。もっと抵抗してください。でないとご満足いただけないじゃないですか……」


 ニヤッと笑う。

 それを見た魔物達は、恐れるではなく怒る。笛の効果でそのように仕向けられているのだ。今の彼らに戦場から逃げるという選択肢は取れない。

 オーク、ゴブリン、コボルト。人型の種族たちが鬨の声をあげると、一気に戦場が動き出す。

 すると今度は徐に縫い針を空に向けて投げるとリーリエは空中に浮かび上がり、次々に縫い針を空中に投げながら戦場を縦横無尽に飛び回り始めた。

 彼女が魔物とすれ違う度にシュルシュルと音が響き、その魔物がバラバラ死体に早変わりしていく。そしてこれまた、強烈な酸っぱい臭いが漂い出して死体は溶ける。


「もっと怒りなさい!! それが我らの利益となる!!」


 壮絶な笑みを浮かべながら、リーリエは魔物を狩り続ける。




◇◇◇




「うひゃ~、怖いですねリーリエお姉ちゃん。でも負けていられませんっ! 私だって、創哉様にお力を賜ったんですから!! え~いっ!」


 何かが入った大きなかごを背負い、モップを手に持つ重装備なトゥワネットがモップをぶん、と素振りする。当然魔物に攻撃は届かない。だが、そのびしょびしょに濡れた毛先から撒き散らされた水は違った。

 放たれた水を被った魔物達が、瞬く間に浄化されて『キレイなジャ○アン』化し、無駄に爽やかな顔とキラキラしたオーラで魔物達を苦しめる。

 魔物は根本的に闇の存在なので、陽キャオーラ聖なるものが苦手なのだ。


「汚い心はお掃除しちゃいましょうね♪ これもプレゼントですよ!」


 背負った大きなかごから、沢山のたわしを取り出すと戦場へポイポイ無造作に投げる。それは大半の魔物に避けられてしまうが運悪く当たった者は、これまた『キレイなジャ○アン』と化す。

 それに苦しみ後退すると、その先に先程投げられた地雷たわしが。

 

「まだまだありますよ~。え~いっ!」


 爆弾たわしがまた放り投げられる。考えなしに動けば地雷たわしを踏んでアレになる。動かなくても、アレになる。魔物達は絶望した。

 程なくして『キレイなジャ○アン』と化した魔物によって戦場の一角が、今まさに爽やかキラキラオーラに支配されようとしていた。 




◇◇◇




「LALALA~♪」


 歌声が響く。地獄の具現たる戦場には不釣り合いな、美しくて凛とした遠くまでハッキリと通る声。気持ちを鼓舞するような、戦意が沸き立つような歌だ。

 その声の持ち主は、奏。我らが歌姫は一人戦場から少し離れた所で、仲間の皆を支援していたのだ。その声を聞いた女の子たちの動きは、より俊敏になる。攻撃力も心なしか強化されているようだ。

 

 木陰よりそろりと近づく影。

 だが、それに寸前で気付いた奏は声色を変える。


「LAーッ!!!」


 シャウト。金切り声のような耳の痛くなる叫びが響く。

 それを間近で聞いた影、石の斧を振り下ろさんとしていた二足歩行の犬コボルトはその耳から血を垂れ流しながら絶命した。

 

「づっ!?」


 苦悶の声。どうやら、戦場の一角で仲間の女の子が攻撃を食らい怪我をしてしまったようだ。


「LaLaLa~♪」


 それを見た奏は再び歌い始める。

 今度は気持ちが安らぐような声色で、祈るように手を合わせて歌う。

 すると、怪我をしていた女の子の傷が癒され、他の娘たちの身体からは緑色の燐光が放たれる。

 

「La~La~La~♪」


 再び声色と歌が変わる。今度は眠気を誘うような、のんびりとした声色。曲調もゆったりとしている。

 すると、いきり立っていた魔物達が続々と倒れ伏し、いびきをかき始めた。




◇◇◇ 




「どや、結構やるようになったもんやろ? 主。特にリーリエとトゥワネットに関してはうちがつきっきりで鍛えたったからのぅ」

「あぁ、本当に強くなったもんだ。それぞれの武器を、良く使いこなしている」


 まぁちょっと、いや、かなり怖いけど……特にリーリエ。あの娘、怖すぎる。例の拷問を思いついたトゥワネットがいっちゃんやべー奴だと思ってたのに、リーリエパイセン怖すぎますよ。あの笑顔見た時ゾクッとしたわ。マジでおっかない。

 あいつ、平気で俺を無言の笑みで威圧してくるし……ん~、極力怒らせないようにしよう。というか、うちの娘ら皆そうか。女の子って、そういうもんなのかもしれない。知らんけど。


 程なくして、戦いは終わった。

 ちなみに『キレイなジャ○アン』と化した魔物達は我が家へ来てもらい労働力として働いてもらうことになった。

 心が凄くキレイで優しい存在になったから、POPモンスターと違って戦いの為には使えないけど……まぁ、今後我が家も広くなっていくだろうしな。

 労働力は幾らあっても足りないくらいだ。

 ペドメイドさん集団の指揮下のもと、掃除や料理などをしてもらうことにしよう。俺の料理はあくまで趣味、思い立った時には作るけど、普段は任せられるなら任せちゃいたいのだ。迷宮主ダンジョンマスターとしての他の仕事もあるしね。


「まぁでも、この分なら安心して留守を任せられそうだな」

「ひひっ、せやろ」

「……よくやった。感謝するぞ黒夜叉、お前のおかげで計画を進められる」

「っ!! ……ひひっ、ありがたきお言葉。褒美は熱いチューでどうや?」 

「……はぁ、やめろ。別で考えておく。働きに十分応えられるものを用意するからそれは勘弁してくれ」

「あ~ん、もう。いけずやなぁ……奏ちゃんから許可はとったんやでぇ?」

「それでもだっ!! 俺を振り向かせてみろと言っただろ!」

「むぅ……しゃーないのぅ」


 そう。実は奏は、許可してしまったのだ。クロの俺への求愛を。

 当然俺はどうして!? と思い問いかけた。すると、


『え、ダメなの? 良いんじゃない? 一夫多妻なんてよく聞くし。元々日本人でそういう教えを受けて育ったんだし、しょうがないとは思うけどさ……郷に入っては郷に従えって言うんでしょ? そうしちゃえば良いんだよ。クロは大事な戦力で私達の大切な家族なんだから、想いに応えてあげなよ。勿論私のこと忘れちゃヤだけど。創哉ならそれくらい簡単でしょ?』


 と答えられてしまったのだ。

 しかし、そうは言っても俺は相変わらずクロを女として見ていない。だからこそ度々求められるが、こうして断っているのだ。

 ホント、どうしたらいいのだろうか……。俺の悩みは、尽きなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る