1.0.7.植物に愛された女 -1-

「舞波!!一旦引くぞ!!走れ!!」


 咄嗟に叫んで、それと同時にレーザーガンの引き金に力を込めた。ピシュン!と特徴的な音と共に望まぬ襲撃者の足元が溶け落ちるが、それで止まるような奴じゃない。


「行け!!走れぇぇぇぇぇぇぇ!!」


 現れたのは、随分とレアな動物だ。【恐竜】とでも言った方が良いだろうか。背丈は小さな家よりもでかく、重量は人間を数百人は集めねば動かせぬ程…普段は深い森の中に居るはずの【狩人】は、足元を打ちぬかれた痛みに悶えるような絶叫を上げると、地震を起こしながら俺達を追い掛けてきた。


「な、何なのさ!あれ!」

「狩人だ!!レアだぜ!」

「言ってる場合か!!!」


 死をもたらす地震と共に迫り来る巨体。駆け足はそんなに速くないが…それでも、俺達のような凡人が走るよりかは速い。チラリと後ろを振り返ってみれば、狩人は俺達をしっかりマークしたまま周囲の木々や岩をも踏みつぶし…怒り全開で追い掛けてきているようだった。


「どうするのさ!捕まるよ!!!」

「そういってもなぁ…打つ手が…」

「あきらめるのか!!ヤナギン!」

「だって次が…あぁ」


 遭遇した段階で、とりあえず逃げてみるか程度の考えだった俺だが、舞波の必死さを見て彼女の異質さを思い出す。彼女は死に慣れていないのだ。次があるかも分からない中で俺に付いてきている…それを思い出した俺は、途端に顔色を青くしてレーザーガンを背後に向け、あてずっぽうに引き金を引いて見せる。


「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ」


 当たったらしい。小っちゃなレーザーガンでも、奴の足の骨を砕く程度の威力はあるのだ。


「こっちだ!」

「キャ…!!」


 ひとまず追撃の手が緩んだ所で、俺は舞波の腕を掴むと、一気に森林の中へと飛び込んだ。


「え?ヤナ…」

「戻らねぇぜ。生き延びなきゃダメだったなぁ…忘れてた」


 方針変更だ。なるべく地下都市近くで「死ぬ」つもりだったが…生き延びるとなりゃ話は違う。進まねばならないのなら、あのデカブツをどうにかするか、逃げ切るかしなければならない。


「一旦視界からは逃れたか…?」

「そ、そのよう…だね」


 当てもなく森の中に飛び込み、折れた大木によってできた穴の中に身を隠した俺達。狩人の足音と鳴き声はすぐ近くで聞こえるが…どうやら奴等は俺達を見失ったらしい。俺は一つ深いため息を付くと、チラリと舞波の方を見やって…彼女が小刻みに震えている事に気が付いた。


「怖いのか」

「怖くない人なんているの?」

「やっぱ異世界人だぜ。慣れっこだ」

「死んでも次があるから…?」

「あぁ。死なないってのは、キツイ縛りだぜ」

「僕が居なかったら、死ぬ気だったんだ」

「その気だった。あの入り口に近いところで死ねれば…次が来るのはスグだからな」


 洞穴の中で言葉を交わす俺達。そうしている今も、地震は近くで発生し続け…時折、怒りに震える絶叫が辺りを埋めつくす。この絶叫が、今の俺の悩みの種だ。


「だが、死ねねぇとなれば、あのデカブツから逃げるのは至難の技だぜ」

「え、このままジッとしていれば…」

「無理だ。あの鳴き声。ありゃ仲間を呼ぶ時の声だ。ここに留まってれば、スグ見つかる」

「…じゃあ」

「どうすればってのは無いがな。普段は、見つかる=死なんだから」

「……そ、そうか」


 舞波は俺の言葉を聞いてシュンと下を向いてしまう。いささか雑な言い方だったか…だが、生死を懸けた場面でそこまで気が回らなくたっていいだろう。俺は自らの手に握られたレーザーガンの「充電量」と周囲にいる狩人の様子を見て、これからどうするかを頭の中で延々と考え続けていた。


 #>トンダ不運ダナ


 "あぁ、こういう日に限って晴れじゃねぇんでやんの。ちっとも充電されねぇんだぜ”


 #>仕方ガナイ。次、手配シテオクカ?二人分デ…


 "頼む”


 あきらめ半分といった感じのハンドラーとのやり取り。ハンドラーと言葉を交わして厭戦気分を盛り立てていた俺は、ふと、足元のツタがウネウネと動き出したのに気が付いた。


「!?…」


 地震のせいでも、風のせいでもない動き。その動きには、見覚えがある。俺は、目を剥いてツタの様子をジッと見つめていると、隣で震えていた舞波が、ボソッとこう言った。


「や、ヤナギン。もしかしたら、この状況を打開出来るかもしれない」


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