0.0.7.異世界の常識 -2-
「元の世界に戻る方法…ねぇ」
目の前の、廃墟の主が言ってのけたのは、未来永劫叶わぬ夢物語。俺は舞波の言葉を反響して目をそむけると、視界の隅で細い草木が蠢いた。
#>拒否権ハ、無サソウダゼ
"分かってらぁ。だがな、はいそうですかって言えると思うか?責任なんざ持てないぜ”
#>ダカラ、オ前ハ、貧乏人ナンダヨ
舞波の感情に合わせて蠢くツタを目の当たりにしながら、ハンドラーからの煽りをいなす…俺はキョロキョロと助けを求める視線を虚空へ泳がせたが、やがて勘弁してため息を一つつくのだった。
「請けてやるよ。そういえば満足か?」
「くつくつくつ…あぁ、ありがとう。そう言ってくれるだけでもうれしいな」
「そうかい。ならさっきから俺の周りに集まってるツタを解いてくれると助かるんだが…」
「それなら問題ないさ。ヤナギンを縛る気はゼロだから」
「…なら、どうして」
「ちょっとした茶目っ気さ」
「冗談に見えないぜ、それ」
俺はそういって肩に入っていた力を抜くと、彼女はヒュウと口を鳴らす。ソーサの連中を縛り上げてから、舞波はピクリとも眉を動かさなかったのだが…彼女はようやく頬を動かし、口角を上げて見せると、ハッとしたような顔を浮かべた。
「なるほど。またやってしまったみたいだ…」
「何を」
「どうも、元の世界にいた時から、僕の冗談が受け入れられない事が多くてね。こうやって、真顔が張り付くからなんだよ」
そういいながら、わざとらしく…意識するように、コロコロと表情を変えながら話す舞波。
「何かに夢中になると真顔になってしまうんだ」
「そうか?もともと大人しいって感じに見えるが」
「そうだけども…それに…あー、誰かと話すのも久しぶりだからか。きっとそうだ。そうに違いない」
「何言い訳してるんだか…」
「表情筋が硬いのさ。結構顔色変えてるつもりなんだけど、あんまり変化してないだろう?」
「まぁな。でも…あー…気にする程でもない。この世界には、表情すらない奴だっているんだから」
「そこで縛られてるロボットのことを言ってるのかい?」
話が、再び部屋の外で縛られてる奴にまで戻ってきた時。緩んでいた舞波の緊張の糸がピンと張り詰めた気がした。俺は返す言葉が見つからず、一瞬言い淀むと、再び顔に真顔を貼り付けた舞波が、どことなく圧を感じる視線を俺に向けてくる。
「ちょっと話が脱線してしまったね。すまない。真面目な話をしてもいいかな?」
「あぁ。頼む」
俺の言葉の後。ふと、朽ち果てた病室がシンと静まり返った。その刹那を縫って外に目をやれば、この世は闇に沈みかけている。赤にも似たオレンジ色の空が…濃い藍色の闇に押しつぶされそうになっていた。
「元の世界に戻りたいってのは本心だけども、僕も現実が見えてないわけじゃない」
静まり返った病室に、再び舞波の声が駆け巡る。
「だから…第一に、ヤナギンは僕を外に連れ出してほしいんだ」
調子の変わらない、独特な口調で、彼女は俺への依頼内容を告げていく。
「方法は問わないけれども、僕の身がどうなるか位は教えてほしいかな。兎に角、外に出るのが第一の目標で、その次、第二の目標は、この世界について知ることだ。個人的な興味もそうだけど…そうしないと、この世界のことを知れないと、きっと僕は元の世界に戻れない」
見た目の若さからは想像も出来ない程しっかりとした考え。いや、若く、しっかりしているからこそ行きついてしまう考えといえるだろうか。俺は舞波の目をジッと見つめながら、この先どう動くべきか…彼女になんと言えばいいか、考えを巡らせ始めた。
#>第一目標ハ簡単ダナ。ダガ、第二ハ、オ前ノ手ニ負エナイゼ
"分かってるさ。学の無さは身に染みてる”
ハンドラーとも脳内会議が始まった。軽口控え目の、ちょっと真面目な会話。俺は脳内でソレを展開させつつ、目の前の少女の言葉に耳を傾ける。
「そしてね、ヤナギン。第三目標が…元の世界に戻る…だ」
彼女が語った終着点。今日、初めて会った男に言う事じゃない言葉。俺は目を細めて小さく頷いて見せた。
「最後以外は、何とかできると思うぜ。最後の目標だけは…叶えてやれる自信は無いね」
そう回答を告げると…彼女は表情を僅かに影のあるものに変えた後。突如クスッと破顔させ、会ってからというもの一番自然な笑顔を俺に見せて、こう言った。
「分かってるよ!でも…足掻くって決めた以上。そこが終着点じゃないとね」
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