4 シュレナの秘密

「さぁ、説明してもらおうか?」


 目の前には王国きっての美形二人が揃っている。王太子殿下は足を組みながら椅子にふんぞり返り、ヴィラン様はその横で何を考えているのかまるで分からない顔をしてこちらを見つめてくる。


 どうしてこんなことになってしまったのだろう。


 壺の欠片はとりあえず危ないので、掃除していた部屋から箒とちりとりを持ってきて綺麗に回収し、それが終わるとテーブルと台が置かれただけの簡素な室内に問答無用で連行された。


 今、私は麗しのご尊顔が並ぶ対面のソファに座らされ、拷問(私的にはそう見える)を受けています。


「遠慮することはない。今、ここは非公式な場だ。王太子である私の名において、いかなる発言も許可しよう」


 ――だから遠慮なく説明するんだ。いや、早く説明しろ。自分の納得がいくまで。


 言外にそんな言葉の雰囲気をひしひしと感じる。おそらく、気の所為ではないだろう。

 どれだけ抵抗しようとしても、相手は天下のこの国の王太子。最初から私に拒否権などある訳がないのだ。


 三年苦楽を共にしたメイドのお仕着せ服とは、これでおさらばになるかもしれない。私の冷や汗で既に背中がびしょびしょになっているような気もする。ともかく王太子殿下の要望に応えるため私は重い口を開いた。


「承知しました。それでは説明させて頂きます。まず何からご所望でしょうか?」

「お前の今しがた使った力についてだ」


 間髪入れずに答えが返ってくる。

 やはりそうなってしまうか。恐らく二人の手に余っていたであろう強力な呪いを、全てではないとはいえ浄化してしまったのだ。


 とはいえ、私のこの力について説明するとなると、オルグニット家についてまで話を伸ばさなければならない。


「私……いえ、我がオルグニット伯爵家について殿下はどこまでご存知でしょうか?」


 認識の擦り合わせのために問いかければ、王太子殿下は青い瞳を細め、思案する。


「オルグニット伯爵家か? 我がシュレーン王国が誇るであり、女神オーレリアが授けた五つの名のひとつを家名として受け継ぐ貴族……だったか?」

「はい。その通りです」


 さすがに王太子殿下なだけあってきちんとした歴史を把握されている。密かに感心しながら私は頷いた。


 オルグニット伯爵家。

 シュレーン王国では伯爵という上位貴族に食い込む微妙な家格として知られている。国の貴族に聞いてもオルグニットの名を把握しているものはひと握りであろう。


 それほど記憶にも残らない、取るに足らない地方貴族。それがこの国におけるオルグニット伯爵家という貴族に対しての一般的な認識である。

 しかしそれはあくまでも表向きの姿。


「我が伯爵家は女神オーレリア様より、『賢者オルグニット』の名を賜ったシュレーン王国初代国王の側近、それに連なる末裔です。ヴィラン様の『武神オーランジェ』や、王太子殿下の『覇者オーランド』と同じ。女神様より賜った五つの名のひとつ名乗ることを許された者です」


 シュレーン王国にはひとつの古い伝承がある。


 この地に長く続いた戦乱を平定し、国を開いた初代シュレーン国王。

 その栄誉を称え、女神オーレリアは彼とその配下として手腕を振るった四人の側近に、自らに連なる名前をひとつずつ祝福として与えた。


 国を作った国王には覇者オーランドの名を。

 武功に優れた側近には武神オーランジェの名を。


 そして知に優れ、緻密な戦略を組みたてその者が指揮した戦は負け知らずと謳われ、多大な功績を残した側近には賢者オルグニットの名を与えたという。

 それこそ私の祖先、初代オルグニット伯爵。


 女神に祝福されたそれぞれの家には、その名に恥じぬ力と才覚を備えたものが生まれ、王国の発展に更なる尽力を果たした。


 しかし賢者の名を受け継いだオルグニット家だけは、長く続く戦乱を嫌い、歴史の表舞台から姿を消した。


 元々学者気質で、戦よりも書物を好む一族であった祖先は、国の発展よりも自らの知識を探求することに意義を見出したのだ。


 そうしてオルグニットという名は少しづつ世間からその名を忘れ去られ、しがない地方貴族となるまで落ちぶれたのだ。


 知識の探求を優先し、出世欲も富も名声もまるで興味がなかったオルグニット家だが、女神から祝福を受けたその力まで衰えた訳ではない。


 父も、賢者を賜った家名に恥じぬ知識の豊富さで領地を今まで平和に治めてきた。そして歴代の中でも『神童』と呼ばれる優秀な頭脳を持つのが私の弟、ジュリオだ。


 三歳歳下の弟は幼少期からその頭の良さで周囲を驚かせてきた。そんな優秀な弟に勉学を極める最高の環境を与えてあげたいがために、私はメイドとして今まで働いてきた。


 王都テレアに存在する王国でも最高峰の学園にジュリオを入学させるため。弟の為ならば自分自身を偽ることさえ、私には容易いことだ。


 外したイヤリングを握りしめ、数年ぶりに見た本来の髪色である僅かに赤みがかった金髪を視界の端に捉えながら口を開いた。


「私は神殿でも最高の聖魔力を誇っていた『聖女ジュリア』の娘。数年前、歴代でも最強と言われながら駆け落ちした聖女と、何処の馬の骨ともしれぬ男と言われた父、オルグニット伯爵との間に生まれたのです」


 母由来の聖魔力を受け継ぎ、父由来の賢者の血筋を受け継いだなんとも規格外な力を持ってしまったいたって平凡な娘、それが私なのである。

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