一生

@kinok_not

第1話

 人生って何があるかわからない。そんなことをずっと言われてきた気がする。覚えがあるのは、中学の時何にも興味がなかった私が初めて好きだと思ったアイドルのコンサートに行く許可をもらおうとした時、母は笑顔で親指と人差し指で丸を作った。その夜に母と父が話していた。

「あの子がアイドルに興味を持つとはね。」

「何かに興味を持ってくれて嬉しくなっちゃったわ。」

 盗み聞きをしていた私は胸の奥がムズムズして少し顔を赤くして逃げた。嬉しかった。私の成長を父と母が喜んでくれて。

 後日私は母とコンサートの準備を始めた。コンサートに行くのは私なのに母はまるで自分が行くかのようにウキウキしていた。洋服を選ぶ時、母は言った。

「アイドルの会いに行くからとびっきり可愛くしていかなくちゃね。」

 その言葉で私は可愛くなるという意欲に満ちて大きく頷いた。母が見つけてきた服は真ん中に大きなリボンの着いたブラウスに、下は淡いピンクのスカート。女の子らしく、少し大人っぽく感じて私はさらに心を弾ませた。

 そしてコンサート当日。会場が隣の県だったので、父が車で送ってくれた。少し緊張気味に車から降りると、目の前に目当てのアイドルのうちわを持った綺麗で可愛い服に袖を通した女性2人組が通りかかった。少しの間見とれていると車から父が遅れるぞと声をかけた。そこで私は友達との待ち合わせ場所に向かうことを思い出した。待ち合わせ場所に着くと、友達はもう着いていた。友達はかなりオシャレに気をつかっている子で、水色のふわふわとしたワンピースを着ていた。可愛いな。素直にそう思った。風に吹かれて私のブラウスのリボンが視界に入る。あれ、私ってこんな服着てたっけ。何故か急に恥ずかしくなってしまった。

 コンサートは楽しかった、と思う。正直あまり覚えていない。帰ってきた私は余韻に浸っていたというよりも放心状態だった。お風呂に入って今日来ていたかわいい服を見てみると買った時の輝きはなかった。私はすぐに寝てしまった。

 私は大学生になった。今はもうあのアイドルは好きではない。腕時計を見て時間が迫っていて少し小走りで待ち合わせ場所へ向かう。待ち合わせ場所にはもう友人が着いていた。

「ごめん遅くなった。」

「ううん。全然待ってないよ。てか、あんた前から思ってたけどズボン似合うね。」

「そう?」

「うん!なんかかっこいい!って感じがする。」

「ありがとう。」

 少し苦笑いの私は、ジーパンに白のタンクトップに黒いシャツを羽織っていた。



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