ああ、そんな都合のいい百合お姉さんいたらいいのに

本八幡アネモネ

第1話 いつものファミレスに百合お姉さん

 こんなはずじゃなかった。

 ジンジャーエールの入ったグラスをあおり、一息つくと、見慣れたファミレスの天井が目に飛び込んでくる。

 そう、こんなはずじゃなかったのだ。


 気が付けば教職3年目。別に先生になりたかったわけじゃなかったのに、今、自分は小学校の教員として日々子どもたちの前に立っている。

 そう、思えば受験勉強なんか嫌だと思っていたのに「お前先生に向いてるよ」と当時の恩師に教育学部を進められ、合格。入ったら入ったで別の道に進めばよかったのに、周りの雰囲気に流されるまま、結局教員採用試験を受け、結果不合格。それはそれで悔しくて、次の年にまた受けて、やっとの思いで掴んだ合格。でも、それは先生になりたくて掴んだものではなくて、目の前にそういうレールが敷いてあって、それを突破しないと就職できない状況になっていたから選んだにすぎないものだったように思う。所詮、流されるままに生きて、なんの志もなくこんな職業に就いてしまったから苦しむのは自分自身なのだ。


「お待たせしました、ポテトフライになります。」


 目の前に置かれた熱々のそれを一つ口の中に放り込む。じゅわっと広がる油が一週間酷使した体に染み渡るの感じる。これを楽しみに労働しているんだ私は。

 とびきり朝の弱い自分が毎朝6時に起き,帰りはいつも10時の電車に乗る。そんな生活を、3年も続けて来た。家に帰ったって誰もいない。一人暮らしにも随分と慣れたが、ただただ、言いようのない寂しさがあった。

 いや、それは実家に居た頃からずっとそうだった。父も母も、普通の人だった。不自由はなかった。けれども、真に理解をしてくれる存在ではなかったように思う。私はただただ誰かに愛されたかった、けれどもそれを満たしてくれる人たちではなかった。甘えたい、頭をなでてほしい、がんばってるね、と優しく声をかけてほしい。そういう欲求を満たしてくれるような人たちではなかった。

 学生時代、彼氏が居れば変わるのではないかと思ってお付き合いをしたこともあった。たくさん甘い言葉をかけてくれた。デートもした。一通り経験した。けれども、全部一瞬だった。結局言いようのない寂しさと不安が押し寄せてきて、別れを切り出した。愛してもらえれば解放されると思っていたのに、何も変わらなかった。

 実家に居ても、一人暮らしになっても、彼氏を作っても、解消されないこの寂しさの原因はわかっているのだ。いや、自分自身、気付くのに随分時間がかかってしまったのだが。

 うん、恐らく、私は女性の方が好きなのだ。

 ジェンダーフリーな世の中になりつつあるとは言え、世間の目はまだまだ冷ややかなものだ。教育者としてこの嗜好は決して誰にも打ち明けることはできなかった。そして、通常、片田舎のこの地で周りに流されながら生きているような自分には、女性が好きな女性に会うような機会など、ただの一度も恵まれることはなく。たまに掲示板をのぞいては連絡する勇気もなく眺めるだけで終わり、マッチングアプリに登録する勇気なども持ち合わせていなかったため、ただただインターネットで「百合 体験談」などと検索して終わる毎日。どこにこんな出会いが転がっているのか、はたまたそんなものはただの創作にすぎないのか、自分には見当もつかないものだった。

 今日、この日までは。


「すみません、お客様。」


 突然の声にはっと我に返る。これまで料理が届いた後に声をかけられることなどただの一度もなかったのだから、当然である。今の私は、さぞかし訝しげな顔をしていただろう。


「ただいま店内が混み合っておりまして、お客様がよろしければ相席をお願いできないでしょうか。お相手様もお一人なのですが……。」


 相席?こんなファミレスで?

 確かに周りを見渡せばほぼ満席だった。いやはや、いつもより3時間早く仕事を切り上げて華金を謳歌しようと思っただけある。まあ、今日はそういう意味では気分がいい。相手も一人だというし、楽しく話ができるかもしれない。変な人だったら、さっさと切り上げて帰ればいいだけだ。

 了承の意を伝えると、店員はにっこり笑って「ありがとうございます」と簡単にお辞儀をした後、入口の方へ歩いていった。さて、どんな人が来るだろう。おじさんだったらちょっとやだな、確認すればよかった。いや、流石にそこら辺の配慮はあるだろうな。


「お客様、こちらでございます。」

「ああ、ありがとう。」


 少し低めの女性の声。ふと見上げると、そこに立っていたのは、金髪を高いところで一つに結った、切れ長の瞳の、まさに理想のお姉さんだった。





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