循環型社会:無銘13

霜桜 雪奈

「循環型社会」


 鳥のさえずりで目を覚ます。部屋に差し込んだ太陽が、朝の訪れを告げていた。だるさの残る体を起こし、自室を後にする。


 水道から水を流し、手ですくって顔を洗う。鏡に映る自分を一瞥して、今度は口を軽くすすぐ。目元には昨日の疲れが現れており、目つきがいつもより険しい。寝癖を直して、自身の黒髪を結う。高校二年生になる小野寺おのでら利恵りえは、いつもより綺麗に三つ編みができたと自分を褒めて、水を止める。


 リビングには、誰もいなかった。両親は既に仕事に行ったようで、机の上には書置きと朝ごはんが用意されていた。


『お味噌汁は鍋に入っているので、温めて自分でよそってください。』


 書置きを丸めて捨てて、台所へ向かう。味噌汁の入っている鍋に火をつける。少ししてから、立ち上がる湯気にのって、味噌の香りが鼻腔をくすぐる。朝のにおいだ。

食器棚から出した漆器にみそ汁を注ぎ、それを机の上に置く。用意された器や皿を並べ直してから、自分の席に座る。


「いただきます」


 一人静かにご飯を頬張った。美味しい、と思う。だが一人で食べるご飯は、どこか味気ない。ご飯の味が薄いわけではない。ただ寂しさというスパイスが、料理の味を薄めているのだ。喋ることもなく、黙々と食べ進めたので、食べ終わるまでに、それほど時間はかからなかった。


 食器を食洗器に入れ、適当にボタンを押す。機械が動き出したのを見てから、私は着替えるためにキッチンを出る。


 ワイシャツにネクタイを締めてから、紺のブレザーを羽織る。私の高校の制服は、女子に人気があるらしい。デザインが良いとかなんとか、そんな理由で。だから学校も、男子より女子の方が多い。だからといって、私が入学を決めた理由とは関係がない。




 学校に行く準備をすべて終えて、私は家を出る。暖かな日差しを全身に受け、少し気分が明るくなる。太陽は不思議だ。その光を浴びると元気が出る。


 駅までの道を歩き始める。道端に咲いた花や、小学校の前を通り過ぎるときに聞こえる子供たちの声。何気ない、当たり前の風景だが、今日はやけに新鮮に感じる。


 駅の改札を通り、エスカレーターを降りたホームで電車を待つ。いつも通りの二番線、六号車の辺りに立ってスマホの電源を入れた。この待ち時間に、ニュースや気になる記事などを見るようにしている。適当にスクロールしながら、私は気になる記事を見つけた。


『「世界はループしている」人工知能が示唆』


 記事によれば、某大学で使用していた人工知能が、突如世界はループしていると語り始めた、とのことだった。少々、信じがたい内容だった。


 何処か、内容が非現実的だ。人工知能が突如話始めるだとかなんだとか。実際に世界がループしていると発覚した訳でもないし、どうせ、一種のエラーかバグと言ったところだろう。


 だが、世界がループしている可能性については、妙に興味を引かれた。五分前仮設とか、私達は過去の記憶について証明する術を持たない。


 過去に、疎いのだ。


 たまに過去の記憶が、今の自分の知識によって捏造されているのではないか、と感じることがある。他人に聞いた話から当時の記憶を創り出して、勝手に覚えている気になっているだけなんじゃないかと。


 そうこうしているうちに電車がホームに姿を現した。開いたドアに吸い込まれるようにして電車に乗り、次の駅まで移動する。学校に行く道すがら、そのことについて思い悩んでみたが、結局学校に行き着くまでに答えを出すことは出来なかった。




「おはよう」


「おはよ~利恵。ねぇ聞いてよ。駅前のカフェがさ、潰れちゃったらしいんだよね」


 教室に入ってすぐ、クラスメイトの西守咲が話しかけに来る。彼女とは普段からよく話す仲で、席も私の前だ。休日には、一緒に買い物に行ったりもする。

 彼女には、話しているだけで元気をもらえるような、そんな力がある。分け隔てない態度も相まって、それに私は幾度が救われたことがある。


「え、本当? あそこ雰囲気良くて好きだったのにぃ」


「営業難と言いますか、飲食業界は大変ですからねぇ~」


 ふとそこで、私はある違和感に気づいた。まるで、最初からこの返答を予期していたかのような。どこかで、この光景を見たことがあるような。


「あれ、これ、どこかで……」


「なに、どしたん?」


「分からないけど……デジャブかな」


 初めてのはずなのに、何処かで見たことがある、聞いたことがある。日常の他愛もない会話に、私は既視感を覚えたのだ。


「いつか、夢で見たのかも。私、夢が現実になることがあるんだ」


 実際、デジャブは幾度か経験したことがある。そのほとんどが、夢で見たことのある場面だったようなきがする。


「すごいじゃん、利恵。予知能力者だ」


「そんなんじゃないよ。いつも忘れちゃうし」


 ふと、さっきのネット記事を思い出す。


 もし世界がループしていて、それを私たちがただ忘れているだけなのだとしたら。


 そこまで考えて、私は頭を振る。


 あまりにも、現実離れしている。


 あの記事は、ただの人工知能のバグを面白おかしく取り扱っているに過ぎない。


 きっと、これもただのデジャブ。


 最近寝不足で、疲れが溜まっているのだ。だから、つい悪い妄想をしてしまう。


 そこで、先生が教室に入ってきた。咲は「続きは後で」と言って前を向いた。首肯を返して、私も話始めた先生の方を向いた。




 長いようで短い学校での一日が終わる。帰りのホームルームを終えて、いつものように咲と帰る。道の途中、ふと思い出して彼女に聞いてみた。


「ねぇ咲。世界はループしている、って言われたら信じる?」


「えぇ、急に何? でもそうだなぁ。どちらかと言うと、信じないかもしれない」


 私の突然の問いかけに、彼女は驚きながらも答えてくれた。


「そうだよね。やっぱり、現実味がないよね」


 想像通りの返答に、私はなぜか安心した。


 夕焼けが小道を染める頃、私は咲と別れて、自分の家に帰ってきた。まだ、親は帰ってきていない。時刻は六時を回った。


 シャワーを浴びて着替えてから、私は自室にある椅子に腰を掛ける。何をするわけでもなく、数分間そのままでいた。ふと本を読もうと思ったので、机に積まれた本の中から、途中までしか読んでいない本を取り出す。


 結局、十時頃に親が帰ってくるまでに二冊の本を読み終えた。


 返ってきた親と食事をとり、その日はもう眠ることにした。




 目が覚めると、朝が訪れていた。鳥のさえずる声に耳を貸しながら、私はだるさの残る体を起こす。一度大きく伸びて固まった体をほぐし、一呼吸おいてから、私は布団から出た。


 昨日と同じように、洗面台で顔を洗って髪を結う。よし、今日をうまく編めた。目元の疲れは、まだ残っているように思う。


 リビングに、やはり親はいない。机の上に置かれた書置きも、昨日と同じ内容だった。朝ごはんを済ませ、制服に身を包んで家を出る。


 いつもの通学路を通り、駅で電車を待つ。スマホを開いて適当にスクロールすると、昨日見た記事がまた目に入った。


 意外と、世間から注目されているのだろうか。


 いや、ただそれを面白おかしく取り上げて、コンテンツとして消費するだけだ。一時的な話題であって、二、三日もすれば誰も見向きしなくなるだろう。


 電車は、定刻通りに来た。電車に乗る人の波に身を任せ、私は学校まで行く。学校までの道のり、私はただ空の雲を眺めていた。




 学校に登校して、誰に向ける訳でもなく挨拶をする。


「おはよう」


「おはよ~利恵。ねぇ、聞いてよ。駅前のカフェがさ、潰れちゃったらしいんだよね」


 教室に入ってすぐに、昨日と同じように咲が話しかけてくる。

 そして、私は困惑した。あれ、この光景、昨日も見たような……


「あれ……その話、昨日……」


「営業難と言いますか、飲食店業界は大変ですからねぇ~」


 昨日した話を、彼女は昨日と同じよう話している。


 何か、おかしい。


 まるで、昨日を繰り返したような――


「なに、どしたん?」


「いや、その話、昨日もしたなって思って……」


「すごいじゃん、利恵。予知能力者だ」


「……そんなんじゃないよ」


 そうだ、きっとこれも。


「いつも、忘れちゃうし」


 ただのデジャブだ。

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