Endless Possibilities Online〜悪役系主人公頑張ります〜

烏鷺瓏

1章

第1話 魔王と勇者

2076年8月 フロンティア 深月の森


 血を塗りたくったかのような赤い扉。縁は金で繊細に装飾されており赤の主張を抑えることで、暗い空間にあるその扉の華やかさを創り出していた。

 その扉を前に3人の豪華な装備に身を包んだ者たちがいる。彼らの見た目はどうにもこの屋敷には合っていない。あまりにも明るすぎるのだ。

 そう彼らはこの屋敷の侵入者だ。正確にはこの屋敷の主を殺害しに来たさしずめ暗殺者と言ったところだろうか。

 だが世間では彼らは『勇者パーティー』などと呼ばれている。では勇者パーティーが暗殺者紛いなことをしてまでやってくるこの屋敷の主は何者なのか。


「やっと………辿り着いたな。」

「えぇ……奴の配下たちも鬱陶しかったですし。これで終わらせましょう。」

「キョウ先輩、サクヤ先輩。絶対に勝ちましょう…!」


 そう意気込んで3人が開けた扉の先には屋敷に合わせた豪華な椅子に座る1体の吸血鬼だった。

 目元まで伸ばした黒髪が邪魔をしているが端正な顔をしている。口元からは血を吸い取るための犬歯が覗く。赤く爛々と光る瞳は勇者パーティを写していた。黒と赤を基調にした服には細かな装飾が施され、一目でその高貴さが伝わる。

 目的の人物をついに捉えることができた勇者パーティーの行動は早かった。


「『血の魔王』フォール……!お前をここで打ち倒す!!」


 リーダーである『勇者』キョウの宣言を合図に『血の魔王』フォールと『勇者パーティー』の戦いは始まった。


 勇者パーティはまずメンバーの1人である『聖女』ウルームが前衛の勇者キョウに光魔法の1つ”護光”をかけた。光魔法”護光”とは主にバフの役割を持つ魔法で効果は身体能力上昇、魔法攻撃抵抗などだ。これらの効果は魔力操作や魔法知識などで高めることができる。そして強者の部類に入る勇者パーティーのメンバーである聖女ウルームのそれは、他とは一線を画す程に強力だ。

 聖女ウルームからのバフを受け取った勇者キョウの突撃に合わせてもう1人のメンバー『魔女』サクヤがこの場の主である吸血鬼フォールに1つの魔法を放った。


「”メタルロック”…!」


 その魔法は魔力を杖から放ち真っ直ぐフォールに向かった。それに対してというより勇者パーティーの行動全てに対してフォールは一向に無反応であった。だがその魔法はフォールに行動を起こさせた。名前からしても拘束系の魔法。さらに魔力の道筋からしてもアレンジを加えられている。どんな効果を持っているかわからない。


「”霧化”。」


 魔女サクヤから放たれた魔法が当たる直前にフォールはその場から霧散して消えてしまった。


「なッ…!?霧化ね……!!」


 おそらくこれまでに吸血鬼と戦った経験があったのだろう。すぐにフォールが消えた理由に気づいた勇者パーティーは、キョウはすぐさまパーティーの下に戻りウルームは無魔法で障壁を周囲に張り巡らした。そして障壁の中からサクヤが風魔法を発動させ辺り一帯に風を巻き起こした。


「へぇ?さすがによく分かってるね。対処の仕方がしっかり練られている。」


 やや低めだが透き通るような声が勇者キョウの真後ろから聞こえてきた。


「バカなッ…!!?」


”ギンッ!!”


 ほとんど反射的に動いたキョウの剣はまるで骨のように白い長めの剣で受け止められていた。

 剣と剣の衝突の感触から顔を歪ませるキョウに反してフォールは涼しげな顔だった。


「フッ……。頑張って避けてよ…?」


 パッと鍔迫り合いから剣を離し、バックステップして距離をとったフォールは言った。

 ニヤリと挑発的な笑みを浮かべたフォールは体を捻るようにして剣を後ろに構える。

 一見隙だらけに見える構えだったが、勇者パーティーの面々は皆その構えに危険な圧を感じ取っていた。


「…………ッ!障壁ィィィッッツ!!!」

「ゼァッ!!」


 ほんの数秒程度だがお互いに構え、警戒したままの時間があった。わずか数秒とは言えごく一部の強者にはその時間も大きな意味を持つ。

 彼らはその短い時間に様々な予測、動作の起こりを観察、対処法の思慮などなど睨み合いで互いの意図を交わしていた。

 フォールが動き出すのと同時にキョウは叫ぶ。サクヤとウルームに魔法障壁を要求したのだ。そしてそれに合わせてすぐさま魔法を発動させた2人は流石だろう。

 しかし、それでも遅かった。


”ズッ……パッ…!!!”


 最初の斬り込みでキョウの首は飛んだ。ウルームのかけていた護光も意味を成さなかった。

 遅れてやってきた斬撃で発動した魔法障壁ごとウルームとサクヤを両断した。辺りには血のエフェクトが撒き散らされ床を汚す。

 残ったのはバラバラになった中身のない3人の死体とこの屋敷の主である吸血鬼のみであった。


――――――――――


 俺の拠点にいる部下たちに掃除を頼んで綺麗になった部屋に置かれている椅子に腰掛けながら俺は呟いた。


「はぁ………疲れた……。」


 勇者パーティーをキルした俺、フォールはただの人外プレイヤーだ。

 あ、そうそうプレイヤーとかキルとかでお察しだろうけど実はこれ『Endress Possibilities Online』というゲーム。略して『EPO』。


 2064年にフウラゲームズというゲーム会社が世界中を巻き込んだ一大プロジェクトを立ち上げたんだけど、そのプロジェクトの中身が世界初のフルダイブVRMMOゲームの開発だった。

 ありとあらゆる人間の知識と技術が詰め込まれたんだけどリリースに漕ぎ着けるまでに約10年。その間にも注目を集め続け、ついにリリースに至った時にはネットだけでなくテレビも新聞もお祭り状態。かくいう俺もお祭りに加わってた1人だけどな。

 それから現在まで2年間で購入数、プレイ人口が全世界で右肩上がりという化け物タイトルになりつつある。

 そこまでの偉業には世界初のフルダイブVRゲームという要素だけでなく、現実と見紛うほどに作り込まれた世界、忙しい人でも楽しめる時間加速機能、自然な会話が成り立つ高性能なAI、異世界感溢れる魔法、臨場感ある魔物との戦闘、多種多様な種族と職業、強くなっていくごとに個性溢れる進化と転職などなどアニメやラノベなどでオタクが妄想してきたものをゲームという形で落とし込まれたことが背景にあった。


 ちなみに俺はそれを最初期の方から楽しんできた1人だ。当然めちゃくちゃ興奮したし忘れたと思っていた中二病が再発したほどである。ていうか知り合いの殆どが似たようなものだ。

 その結果が人外悪役プレイで大量PKしたり、同じ人外仲間と一緒に大きめの都市に襲撃したりなどなど色々暴れまくり『血の魔王』やら『史上最悪のPK』だのと呼ばれる原因になった。

 まぁおかげさまでこんなでもEPO日本サーバーでトッププレイヤーに数えられるようになっている。ちなみに最強は決まってない。海外サーバーに関しても知らん。

 その名声を求めてか、PKしすぎて教会やら国やらからかかった懸賞金か、純粋な正義感か知らないけど何かと狙われる。今日来た勇者とかいい例よな。っていうか人類側のプレイヤーで俺に勝てるのはそういない。それは別に運営が人類側と魔物側の強さを差別したというわけではない。ただ魔物側のプレイヤーのほうが戦闘経験が多すぎると言うだけだ。

 あ、そうそうこのEPOではステータスみたいな能力を数値化したものは存在しない。かわりにゲーム内で行った全ての経験を動作や身体能力の補正としてフラッシュバックされる。だからこのEPOにログインして基本戦闘しかしてないような人外プレイヤーは強い。なんなら今日来た勇者はわりと強いほうだ。人類側ならトップクラスだろう。


 何かあれこれ考えてたら初めたての頃が懐かしくなった。今は種族『紅血の吸血鬼』っていうのになってるけど最初はただの骸骨、『スケルトン』だった。職業も今の『虐殺者』とかいう物騒なのじゃなくて『見習い剣士』だ。

 最初はそれなりに苦労した。スケルトンはEPOのキャラメイクで選択できる種族の中では最弱。雑魚も雑魚なのだ。碌な狩り場を見つけるまではハイドアンドシークって感じだった。魔物プレイヤーだからランダムスポーンで森の中だったし。それでも俺は1回も死んでないし全ての戦いに勝利してきた。どんな手でも使って勝ちをもぎとっていたし、常に頭を働かして勝利への道筋を探していた。それが今の最強の一角に上り詰めた要因なのかもしれん。


 まぁそんなことはともかく今日は変なの来て疲れたし、軽く一狩りしてこよ。

 辺りの森ではしばらく魔物の悲鳴が聞こえてきたらしい。怖っ。

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