第2話 ジョブ:美容魔法師、スキル:マッサージ
気がつくと僕は平原のど真ん中に座っていた。
後頭部がズキズキと痛んだけど傷などはない。
どうやら僕は死んで異世界に来たようだ。
そのときに傷も修復したのだろう。
どうしてここが異世界だとわかるのかだって?
だって、僕の目の前の空間にステータスボードが開いているから……。
なまえ:モガミ カンタ(レベル1)
ジョブ:
ちから:2 すばやさ:3 たいりょく:2 かしこさ:4 うんのよさ:−3
スキル:マッサージ(レベル1):気持ちの良いマッサージ。疲労をわずかに軽減する。
まるでゲームみたいな世界だね。
ひょっとして、僕は病院の集中治療室に横たわって夢を見ている?
だけど、それにしては五感が受け取る情報のすべてがリアルだ。
風の音、草のにおい、空の青さ、葉っぱの感触、すべてが生々しい。
お腹が減っているので、そろそろ味覚も試したいところである。
そういえば朝からセックスのしどうしで、ものすごく空腹だったんだよね。
ああ……、あの修羅場はどうなったのだろう?
ひょっとして祐実さん……、いや、弘美さんか、彼女は傷害致死罪で捕まってしまうのかな?
旦那さんはどうするのだろう?
息子さんのことを考えると心が痛むけど、いまの僕には償いようもない。
とりあえず、ここで生き残ることを考えないと。
僕のレベルはまだ1……。
この世界にやってきたばかりだからそれは当然か。
レベルが低いから、各ステータスが低いのもわかる。
きっとロールプレイングゲームの序盤みたいなものだろう。
しかしなんだね、むかしから運が悪い僕だったけど、はっきりと可視化されるとへこむなあ……。
-3ってどういうことだよ……。
それから、よくわからないのは僕の職業だ。
美容魔法師ってなんなのさ?
マジック・エステティシャンと書いてあるけど一般的なエステティシャンとはどう違うのだろうか?
スキルはマッサージとある。
ということは、回復系職業の亜種だろうか?
ポジション的には戦闘系の中の格闘家みたいなものかもしれない……。
まあ、詳細はおいおいわかっていくだろう。
次に僕は持ち物を確認した。
服装は前世で着ていたものがそのまま持ち込まれている。
Tシャツにパーカー、下はチノパン、足にはスニーカーをはいている。
どういうわけか僕の手にはコンビニの袋が握られたままだった。
中をのぞくと二人分の食料とおやつが入っている。
そう、僕と弘美さんのぶん……。
ただ、アパートの鍵やスマートフォン、財布などはなくなっていた。
お金やスマホを持っていたところで役には立たないだろうから、食料が一緒に転移してくれただけでもありがたいと思おう。
コンビニの袋の中に入っていたのは、おにぎり(昆布)、カップ麺(シーフード味)一つ、カフェオレ二本、ハム野菜サンドイッチ、プリンが二個、ペットボトルのお茶、チョコレートだった。
とりあえずお茶とおにぎりを腹に詰め込む。
それではとても足りないけど、この先はなにが起こるかわからない。
飢えて動けなくなるような事態を避けるためにも慎重に行動するべきだ。
さいわい気温は肌寒いくらいで、食品がすぐに傷むこともなさそうだった。
ご飯を食べ終わると、僕は草原の岩の上に立ち、周囲を見回した。
遠くの方に集落が見えるぞ。
町というより村といった規模だけど、ここでぼんやりしているよりはマシだろう。
中身を落とさないようにコンビニの袋の口を縛って、僕は村に向かって歩き出した。
そこは小さな村だった。
家の数は三十軒ほどしかない。
「こんにちは」
「…………」
ニワトリに餌をやっている女性がいたので声をかけたのだけど無視されてしまった。
日本語が通じなかったのかな?
いや、僕が話したのは日本語じゃない。
よくわからないけどちがう言語をしゃべっていた。
きっとこちらに転移したのがきっかけで話せるようになったのだと思う。
だけど、無視されたことには変わりはない。
その人は不審者を見るような目つきで僕を見て、怖がるように家の中へ入ってしまった。
いきなり女の人に声をかけたのが悪かったのかな?
そう思って次は男の人に声をかけた。
「こんにちは」
「ああ……」
ものすごくそっけない!
それでも言葉が通じていることがわかって安心した。
コミュニケーションが取れないのは絶望的だからね。
「すみません、ここはなんという場所ですか?」
「……グレンドーンだ。あんたはどこから来なすった?」
そう言われて困ったけど、ここは正直に言ってしまおう。
「武蔵小杉です」
「ムサシ……、聞かない名前だな?」
「遠いところなんです」
「へえ……」
「…………」
「…………」
会話が続かないなあ。
というか、さっさと話しを終わらせたい態度があからさまだぞ。
「あの、この辺で泊まれるところはありますか?」
お金なんてなかったけど、いちおう聞いてみた。
ほら、この人が泊めてくれるかもしれないじゃない?
だけど、答えは予想通りそっけないものだった。
「ないな」
おじさんは僕から視線を外して行ってしまった。
ゲームのNPCだってもう少し愛想がいいと思う。
同じような感じで数人の村人と話をした。
食べるものを売っているお店はありますか?
仕事はありませんか?
お手伝いできることはありませんか?
僕の質問への答えはいずれも「ない」だった。
誰に聞いても「ない」しか答えが返ってこない。
もう、心が限界だった。
これがゲームだったらスタートの時点でいくらかの所持金があったと思う。
そうでなくても、村の外で弱いモンスターを狩れば、わずかであれお金が手に入っただろう。
でもここは、あくまでもゲームのような世界であり、悲しいかな厳しい現実世界なのだ。
僕の所持金はゼロだし、村の外に魔物はいなかった。
日が暮れてきた。
おまけにポツリポツリと雨まで降ってきたじゃないか。
僕にできるのはもう泣くことくらいだ。
せめて人に見られないよう、物陰に隠れて泣こう。
雨宿りをしつつ泣ける場所を探して、僕は村の中で木が何本か生えている場所に入っていった。
「う、うぅ……、みゅぅ……」
あれ、先客がいるぞ。
誰かが木の幹に額をつけて苦しそうに泣いている。
その姿を見て僕はびっくりしてしまった。
粗末な服、ほっそりとした体、そしてその女の子には猫の耳がついていたからだ。
よく見ると木に当てている手にもモフモフの毛が生えている。
おお、茶トラのしっぽまでついているではないか!
この人は獣人!?
猫人の女の子がいるなんて、やっぱりここは異世界なんだなあ。
僕の気配を察知したのだろう、その女の子を首の毛を逆立てながらビクリと振り返った。
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