第22話 カタツムリは相談を受ける

「やっぱり、他人の感情が分かるんだね」


 一生分キスをしたんじゃないかってくらい、マイさんとイチャイチャしてから、僕の能力についての考えをマイさんに話した。マイさんもなんとなく察していたんだろう。食事を犠牲にすることで、自分の好意を僕に伝えようとした。そのついでにモヤの検証をしようという試みだったみたいだ。


「黄色は食欲とか関心だと思います、それがいきなり桃色に切り替わりました。桃色は、どんどん濃くなっていくので、恋愛感情かなとあたりをつけました」


「お腹が空いているのがバレるのも、好きなのが丸わかりになっちゃうのも恥ずかしいな」


 えへへ。とマイさんが恥ずかしそうに笑う。


「ちなみに今は桃色がだんだん薄くなって黄色に近づいてますね」


「デリカシーに欠ける能力だね。オフには出来ないの?」


 見られる側としては嫌だろうね。でも残念ながら出来そうにない。


「今は無理そうです。原因はなんでしょうね。それが分かればなんとかできるかも」


「スラグにはダマスターの敵意を察知する能力があるけれど、それと似ているよね。種族も、感情も選ばなくなっちゃったし、視覚化まで出来るようになってるけど。どちらかというと進化したのかな」


「進化ですか」


「生きるために環境に適応しようとして、新しい能力を獲たのなら、ヌルくんにとって必要だったんだよ。もしかしたら、ヌルくんの他にも同じような能力を持っている人がいるかもしれない。周りには言えないし、言わない方が良いよ」


 信じてもらえても、恐れられるだけだと思う。マイさんの言う通り黙っていた方が良いだろうね。


「マイさん、僕の将来の夢が今決まりました」


「え、なになに?」


「ポーカーのプロになります!」


「……はぁ、俗っぽいなあ、今のつむりちゃんぽい」


 僕の方につんのめっていたのを元に戻す。


「え、本気だったんですけど……」


 割といけるような気もしてる。他にも心理戦が重要なゲームならこの能力は有利だろう。


「……」


「冗談ですよ」


「……その調子なら、大丈夫そうだね。いずれにしてもあまり深く考えすぎない方がいいと思うな。仕様は確認しておくべきだけどね。どの色がどんな感情か、知っておいた方が良いと思う」


「マイさんで試してみたいと思うんですけど」


「私の感情を揺さぶるようなことをするってこと?それなら意味が無いと思うよ?」


「どうして?」


「桃色か黄色にしかならないと思うし。それとも、私が悲しくなったり、怒ったりするくらい私を虐めるの?」


「いえ、桃色の先が見てみたくて」


「……」


「あ、桃色になった。マイさんちょろすぎ」


「ずるいよそれ、使うの禁止です」


「そんなことを言われても、見えてしまうんだかしょうがないですよ」


 あまり悪用すると見放されてしまいそうだ。ほどほどに利用しよう。マイさんを揶揄うだけならほどほどの内に入るかな。




 ◽️◽️◽️




「つむり、なんか怒ってる?」


 家に帰って家族の色を確認してみたら、父と母はいつも通りだったけれど、つむりの色が真っ赤だった。流石に知らないふりも出来ないし、何があったのか聞いてみた。なんで怒っていると分かったのかと言われると、つむりの態度で察しがついたからだ。不機嫌な気持ちが仕草に溢れている。別に僕じゃなくても気づくだろう。モヤの色と、感情の種類の擦り合わせがしやすいので、話を聞いてあげるついでに検証してみよう。


「おにーちゃん聞いて、今日ね、ローちゃんがね」


 まず僕の質問に答えて欲しいんだけどな。


 ローちゃんっていうのは、つむりの親友で思い人だ。身長20センチのブラキマイラ星人。たまに家に遊びに来るので僕とも顔見知りだ。


「ホーちゃんの中に入ったの。ホーちゃんは同じクラスの子」


 中に入るというのは、ローちゃんが寄生種族で、他人の体の中に入ったということだろう。スナック感覚で体の中に入ると言われても、正直受け入れ難い。まあ僕もマイさんに食べられるのがスナック感覚になってはきているけれど。


「ひどくない?」


 さっぱりわからない。


 僕の妹(仮)は、自分の頭の中で考えていることを、他人に伝えるのが苦手なようだ。ぶっ飛んでいるので理解が及ばない。こちらから丁寧にアプローチしてあげないと会話にならない。


「ホーちゃんの中に入るのが、どうして気に入らないんだ?」


「わたしはいつもローちゃんに、わたし以外の中には入らないでって言ってるの。ローちゃんがわたし以外の子の中に入っているのは嫌なの」


 つむりは独占欲が強いようだ。そのくらいローちゃんのことが好きなんだろうけど、ローちゃんからしてみれば面倒なやつだろうな。つむりはローちゃんが好きで堪らないみたいだけど、ローちゃんはどうなんだろう。つむりとの好意のすれ違いが起きていなければ良いけれど。


 僕もマイさんのことが好きだけれど、マイさんが僕のことを好きなくらい、僕がマイさんを好きかと言われると、まだ自信がない。分化していないから自信が持てない。


「なるほど、だから怒っていたのか。ローちゃんはどうしてホーちゃんの中に入ったんだ?」


「それは、わかんない。聞かなかったから」


 それは良くないな。


「つむりが、ローちゃんのことを大好きなのは知ってるよ。だから他の子と仲良くしすぎるのが嫌なんだろう?」


「そう、嫌なの!わたしだけ見ていて欲しいの!」


「うん、それだけ愛されていてローちゃんも嬉しいだろうな。でもローちゃんにも事情があるのかもしれないぞ?」


「事情?」


「僕は中学生になってから、種族の生態や、文化について調べてるんだけどさ。調べてる内容の中で、ブラキマイラ星人の生態について知る機会があってさ」


 異文研のバックナンバーを読み漁っている中で、ブラキマイラ星人について纏められた記事をこの間見つけていた。つむりの友達の種族だったので、気にして読んでいたのだ。


「どうやら、どうしても他人の体の中に入らないといけない事情があるみたいだぞ」


「それってどんな事情?」


「それは、僕が勝手につむりに伝えるわけにはいかない。ローちゃんはつむりに知られたくなくて、話していないのかもしれないからな。つむりの方からローちゃんに、どうしてホーちゃんの中に入ったか、聞いたのか?」


「……聞いてない」


「それなら、まずはどうしてホーちゃんの中に入ったのか聞いてみて、事情を知ることから始めよう。理由を教えてもらえても、もらえなくても、内容に不満があっても、簡単に怒っちゃダメだ」


 つむりは、黙って僕の話を聞いている。赤色が、少しずつ薄くなっている。怒りが収まってきたようだ。


「例えば、僕や父さんは、スラグ人の血が濃いから一定量の葉物を食べないと、体が上手く動かせなかったりする。これはどうしようもないけど、母さんからすれば毎食レタスやキャベツを準備しなければいけないのは面倒だ。母さんが、今日からレタスもキャベツも食べるな、と僕に言って、僕がそれに従った場合、僕は1週間後には死んじゃうかもしれない。理不尽だと思わないか?」


「……うん」


「ローちゃんも、同じように、どうしようもない理由があって、ホーちゃんの中に入ったのかもしれないな。例えば、僕にとってのレタスと同じように、人の体に入ることによって得られる栄養があるのかもしれない。それがつむりだけじゃ足りないのかもしれない。例えばの話だけどね」


「そうかも」


 赤色が消えた。代わりに薄い青、緑、薄い黒のモヤがつむりから立ち昇る。


 悲しみ、動揺、不安といったところだろうか。それにしても種類が多いな。つむりの頭の中はどうなっているんだろう。


「明日、ローちゃんに謝る」


 良い子だ、アホだしバカなことをたまにするけど、素直なのは、つむりの長所と言えるだろう。兄としては、僕みたいに捻くれずに真っ直ぐ育って欲しい。


「うん、それがいいね、仲直りしよう。無理に事情を聞いちゃダメだよ。言いたくなさそうだったら、聞かない方がいい。仲良くなれば、いつか教えてくれるだろうからね」


「うん、おにーちゃん、聞いてくれてありがとう」


「どういたしまして」


 僕はカウンセラーが天職なのかもしれないなと思った。






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