第7話 貸家

 貸家は参拝した一宮とは真逆の方向で、乗船場から海岸線を北上して十分ほどの海浜の一軒だった。両隣が二棟ずつすでに空き家になっており、三軒離れた家を両隣というのかはさておき一応の挨拶をした。「話しは聞いとる。行事があるわけでもねえから、まあのんびりすごせや」と言ってごみ収集場所とごみ収集カレンダーをくれたおじいさんと、「ああ、あんたかい。なら、はい」と言ってさつまいもをくれたおばあちゃん。田舎はこんな感じなのかと素朴に思いながら、依頼主はいったいどんな経緯でこの貸家の手続きをしたのかが非常に気になった。しかも玄関やら家の裏に野菜が放置され、いや干してあるのだろうを見れば、やはり予見通りに畑作は明らかで、はたして早朝作業と言って何時に起きればいいのか、念のため五時半に目覚まし時計をセットしてしまった。

 家に着いてからこの間、お能登さまはリビングというカタカナ語よりも居間と呼んだ方がマッチする空間におり、テレビは一応つけたのだが見る様子はなく、台所にすでに準備されていた粉の煎茶を出しておいた。それも半分くらい飲んだのだろうか。お能登さまはテーブルの上に巻物を広げながら、スマホを凝視していた。

「志朗、ちょっといいか?」

 お能登さまの招きに乗らない手はない。自分用のお茶をさっさと淹れて着席。ご用向きをお尋ねする。

「余暇はあるのか?」

 こちらでの時間なんてまさに農作業によるのだろうが、かといって四六時中従事しなければならない苛烈さはないだろうと甘い考えをしていた。

「おそらく」

 言った直後だった。スマホが鳴った。依頼主からメールだった。「着いた? 一応周りには話ししてあるから。内政不干渉だって」。この文面からすると家の中での作業なのか、ならば畑作ではないのか。「いろいろ不審がっているだろうから安心させてあげる。そこにしばらく、そうだな、いいって言うまで住んでて。それだけ。時間を何に使ってもいいよ。裏に海があるでしょ。体力つけるのに泳いでてもいいし。そうだな、君にはないけどさ、故郷だと思って過ごしてよ、じゃ」。もう不安である。それ以外の心象が浮かぶことはない。まさしく日本海で洗い流せるものなら浄化してもらいたいくらいだ。とりあえず目覚まし時計のセットは解除。

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