第6話 神社にて

 能登さんは楚々として歩きながら、慇懃とも受け止められるほどに丁重に一礼してから鳥居をくぐった。そう言えば、車で来る途中にも鳥居らしきものがあって、そこでも車内なのに頭を下げていたっけ。神社女子とかいうのだろうか、それとも御朱印女子か。それならば神社のマナーというか、作法というか、礼儀というかに精通していてもおかしくはない。もはやどちらが先導しているのやら。郷に入っては郷に従え。詳しい方の真似をしておくに越したことはない。

 拝殿。二礼二拍手。能登さんが巫女のように流麗な仕草でいるのに対して、俺のまあぎこちないこと。さらには何を神様に祈ろうか、いや祈って叶っても御礼参りはできそうにないから、初めましてとだけ告げて手を離すと、能登さんはまだ手を合わせて目を閉じていた。さぞかし重大な祈念があるのか。見つめ続けるのも不謹慎だし、おみくじでもしようかと音をたてないように後ずさり。木の段を降りる。社務所に向かおうとすると、

「私も行こう」

 能登さんが後ろ向きで段を下りていた。あれも作法なのか。そうか、俺はがっつり神様に尻を向けて降りてしまった。やはり拝殿内で待っていればよかった。そんな不作法のせいか、

「ずいぶん丁重に願掛けしてたんですね」

 などと恥ずかしさを紛らわそうとして、皮肉っぽいセリフをのたまわっていた。

「挨拶をしたのだ」

 着船後、一時間をかけてドライブ。参拝した神社の神様へしたのが祈願ではなく、

「足を踏み入れるのだから、失礼のない様に挨拶をするのが礼儀だ。それとここまで無事に至り参ることが出来た感謝だ」

 無知でさらに恥ずかしくなったが、初めましてを告げたのは挨拶に含めてもらえるだろうか。

「初めて訪れる土地ならば一の宮を参拝するものだ」

 もはやお能登さまとお呼びした方がいいのでは。

 社務所で聞けば、この神社がたしかに島の一の宮だと言う。能登さんはご存じだったのか。だから乗り場から直行して来たわけだ。御札を一枚いただいて駐車場へ。乗車しておみくじをひいてないと気付いたのだが、女性を乗せたままにして戻るのも格好がつかない。そのまま車を出した。

「お能登さま、どこへ向かいましょう?」

 冗談半分で言ったつもりが、能登さんは細い目を真ん丸にして俺を見ていた。地雷を踏んでしまったならば、謝罪文を読み上げなければならない。

「乗り場へ」

 咎められるどころか、気を悪くした様子はなく、さらっとお答えなさった。「お能登さま」は了承いただけた、と受け取っておこう。それにしても、まさかのとんぼ返り。

「船、乗るんですか? 来たばっかりなのに」

「いいえ、宿を探すんです。予約をしてなかったので」

 俺も俺で浅はかだった。段取りが悪すぎた。自戒。出発の時点でそれを聞いて総合案内所経由で予約を入れておくこともできたはず。空室状況は見当もつかないが往復二時間は下手をしたら宿を確保する点においてはまったくの無駄遣いだ。

「だったら、家来ます? といってもこれから初見ですけど。てか、嫌ですよね」

 反省は思わぬことを言わせる。言ってる途中からさらに反省。女性に何を言い出すことやら。なんといっても俺はまだ今日から滞在する家の間取りを知らない。貸家と聞いていたが、古い空き家かもしれない。いや、この車だ。家がアレということもあり得る。

「志朗は宿を営んでいるのか?」

 単純にそう疑問を抱かれてもおかしくはない。実際お能登さまは思案気になっている。

「いえ、仕事の依頼人が準備してくれているみたいで貸家?らしいんです。俺一人しか住まないしと思って」

 実に言い訳がましい説明にドン引きすることなくまっすぐ前を見ながら聞いていたお能登さまは、

「いいだろう。宿賃は払う。連れて行ってくれ」

 意外にも同意をした。そんな毅然として言わんでもいいだろうが、まだ身構えているのかもしれない。遡行していた口調が現代的になっているのは古語辞典が必要なくなるのでありがたいが。

「宿賃は要らないですよ。先方持ちなんで気にしないでください」

「そうか。ならば遠慮なく頂戴することにしよう」

 そんな仰々しいことではないのだが、とりあえずは出会ったお美しい人としばらくは時間を過ごせる心のオアシスができたわけだ。なんといっても依頼主からは具体的な業務内容がいまだに伝えられてない。こういう場所だからなんだかんだ言って漁業だとか、田んぼや畑の農作業とかそんなことがあるかもしれないと覚悟はしてきた。そうなれば肉体的な疲労度は二十代とはいえ不慣れなゆえにうなぎ上りになることは必至で、ネットが使えるとはいえ癒しを求めて何が悪いと言えよう。いや田んぼはシーズン終わっているか。

 真っ赤な軽自動車は法定速度をきっちり守って、当地の本拠地となる貸家へ軽快なエンジン音を鳴らしながら進んだ。

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