第7話


昼休み、カフェテリアは人が多いので辞めてテイクアウトでサンドウィッチを買い中庭にリラと出てきた。木陰にあるベンチに腰掛け、サンドウィッチを食べようとすると、リラが「そう言えば」と切り出す。


「中等部の方でも一悶着あったらしいわ。あなたの異母妹、姉のことを好き勝手に言いすぎたせいで注意されたそうよ、第二王子殿下から」


「第二王子殿下?」


「アリサ嬢、ウォルター様みたいにあからさまじゃないにしろ、自分を持ち上げてあなたのことを貶めてたと聞いたわ」


 「いつものことね。ウォルター様の婚約者はお姉様には荷が重かった、勉強ばかりで面白い話も出来ないから一緒にいてもつまらないだろう、とか?」


リラが驚いたのか目を見開いた。アリサの言うことはワンパターン化しているので予想するのは容易い。実際はもっと遠回しな表現をしたのだろうが。


「それで休み時間に突然第二王子殿下が話に割って入って『コルネリア嬢、君の話は少々品性に欠ける、慎んだ方が良い』と言い放ったそうよ」


「直球ね…アリサの狼狽えた様が目に浮かぶわ」


 令息、しかも第二王子に面と向かって「君の話は下品だから控えろ」と言われるなんて令嬢として、いや人として相当な恥辱と屈辱を味わう。その場から逃げ出したくなる。エリザベスは想像しただけで背中に冷たいものが走った。


「姉の婚約者を誘惑した挙句婚約破棄まで引き起こしたのに、それを嬉しそうに聞かせるのだもの。下品としか言いようがないわ。同じ家で育ったのにリズとは大違いよね、常識が無いわ」


「お父様達が甘やかしたから怒られたこともないと思うわ。家庭教師もすぐに厳しいとお父様に泣きついてやめさせたから、誰も長続きしなかったの」


「彼女の成績、下から数えた方が早かったわね。甘やかしすぎるのも虐待でしょうに」


リラの声音にはアリサに対する哀れみが含まれていた。エリザベスもそう思う。常識を持ち合わせていれば姉の婚約者を奪おうなんて考えない。その後自分達がどう見られるのかを想像すれば、実行に移そうとすら思わないのに。家族は勿論碌に関わろうとせず、姉として何もしなかった自分にも責任がある。


(あの子と関わらなかったのは、羨ましかったから)


 両親から愛情を注がれ、兄に可愛がられて家族の中心にいるアリサ。エリザベスがどれほど渇望しても決して手に入れられないものを持つ異母妹に、子供の頃は嫉妬した。愛されることを諦めてからもアリサを見るのが辛く、距離を取った…アリサの方からエリザベスに関わって来たものの自分の優位性を示したい時や、自慢したい時だけだった。かつては羨ましいと感じたエリザベスだが、今はその気持ちは皆無だ。


「第二王子殿下に忠告されたアリサ嬢は肩身の狭い思いをしていると聞いたわ」


「…そう」


「リズ、絶対同情しちゃ駄目よ?自業自得なのだから」


「それは大丈夫全くしてないから」


 キッパリと告げたエリザベスにリラは思い切り笑う。


 (それにしても第二王子殿下は令嬢相手にも容赦のない方だったのね)


 中等部に在籍していたことは知っていたものの為人まで知らなかったので少々驚いている。


「エルベルト様もだけど、第二王子殿下も曲がったことが嫌いなんて従兄弟って性格も似るのかしら」


 (…ん?)


 リラが何気なく放った一言にエリザベスの頭の片隅にあった記憶が引っ張り出される。


 (そうよ、エルベルト様のお母様は現国王陛下の妹君)


 つまり2人は親戚関係だ。そういえばアランのファンが「アラン様は王太子殿下の側近に内定しているそうよ!」と騒いでいたことを思い出す。王太子殿下は自分達の3つ上。従兄弟同士の仲は良いということも何処かで聞いた。今までアランの身の上を深く考えたことが無かったが、エリザベスは今更自分が本の話に花を咲かせていた相手が雲の上の人だと思い知らされた。アランは高貴な身の上にも関わらず、驕ったところがないから気づかなかったのだ。 


ここでふと、エリザベスの脳裏にある一つの可能性が芽生えた。


(ウォルター様とアリサにお2人が忠告したのは偶然?)


彼ら2人の行動によりウォルター達の立場は厳しいものになった。アラン達が関わらなければ、肩身の狭い思いをしていたのはエリザベスの方だった。それが今、立場は逆転している。もしかしてアランが従弟にアリサに注意するよう頼んでいたとしたら?ウォルターだけでなくアリサも抑えてくれようとしたら?


(流石にないわよね、絶対ない)


エリザベスは即座に脳内に浮かんだ可能性を否定する。たかが趣味仲間を庇うためにしてはやり過ぎだ。いくら正義感が強いと言ってもあり得ない。それは自分がまるでアランにそこまでしてもらえる人間だと、思っているに等しい。自意識過剰であると唐突に恥ずかしくなった。


(大丈夫、勘違いなんてしないもの)


望むだけ無駄。エリザベスが18年間の人生で学んだこと。何も望まなければ叶わなかった時、傷つくことはないから。


(もうこのことに関して考えるのは辞めましょう、気持ちを切り替えないと)


 今日はエリザベスの誕生パーティー。友人達が邸に来てくれる。今日だけはあの息苦しいだけの実家に帰るのが待ち遠しかった。

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